トラブルは必ず起こる 2
「じゃあ、まずあなたの素性について教えてもらおうかしら、北条さん」
寡黙な人間らしい、細い口調で北条は自分について話し始める。
彼は、塩沢の中学時代の二つ下の後輩で、現在は都内の国立大学に通う医学生らしい。そして、九年前のガス漏出中毒事件の唯一の生き残りとも話した。
「……あの事件をきっかけに、異能のこととか、先輩や水葉さんに教えてもらいましたよ。それ以来、僕は相川探偵事務所とは一定のパイプを持っています。今日、先輩たちと会ったのは完全な偶然でしたが、つい先ほど、仕事を手伝ってほしいと頼まれたのです」
そして、その仕事が、先ほどの男を探し出すということだった。
「その男は何者なの?」
「……京浜製薬の社員で、鈴原滝夫という人間です。麻薬売買に関与していて、先輩が追っている人物です。今、このホテルにいるらしく、僕と先輩、水葉さんで捜索中です」
そこまで話して、北条は黙った。しかし、ここから先が大切なことであるのは明白だ。
「それだけなら、塩沢は普通に私たちに話すはず。別にこの程度のことが、周囲に漏れたところで大パニックになるとは思えない。北条、続きを話しなさい」
外見は中学校に入る直前の女の子だが、その口調は年上に向けられたものであるにもかかわらず、かなり鋭いものだった。北条も風華を只者ではないと認識する。
(……姉以上の切れ者だ…彼女は……)
「……ここから先は…先ほど話したことも含めてですが、基本的に信頼できる人以外には話さないようにお願いします。件の三条霧矢君には極力迷惑をかけないようにこちらも尽力するつもりですので……」
霜華と風華は北条をにらみつける。北条は諦めたように口を開いた。
「…その男は、今日、このホテルで麻薬組織の幹部と会うそうです。しかも、彼らは武装している。そして、さらに面倒なことに、爆弾を持っているらしい」
「爆弾ですって……?」
「…情報によれば、彼は拳銃と、プラスチック爆弾を持っているそうです。もしも、爆弾でこの建物で人質を取ったりするようなことになれば、大変なことになります。そうなる前に、彼を押さえてしまいたい。できれば、彼らを一網打尽にしたい」
長い前髪のせいで北条の表情はうかがえないが、彼も何とかしたいと思っているのは、容易にうかがえた。そして、霜華もこれは放置してはいけないことだと思った。
「……霧君に伝えないと……」
「…伝えてどうするつもりですか? 片平社長の娘さんの護衛を放り出して、鈴原を探すのを手伝えとでも言うんですか?」
「……それは、そうだけど……」
「…お姉ちゃん。確かに北条の言う通りだよ。もし私が鈴原で、人質を取るとして最も好都合な人間は誰かと聞かれたら、きっと社長令嬢だと思う。霧矢はその人を守っているわけだし、今、霧矢を動かすわけにはいかないと思う」
北条はうなずく。霜華は腕組みする。
(……こういうのは、私よりもこの子の方が、冴えている……)
「……僕たちで何とかしますから、お二人はパーティーを楽しんでいてください。それと、このことはくれぐれもご内密にお願いします。このことを知っているのは、僕と、先輩、水葉さん、そしてあなた方二人の五人だけです」
それだけ言い残すと、北条は歩き去った。霜華は腕組みしながら彼が去るのを見ていた。
「霧君に、このことを話すべきだと思う? 風華」
「……話すだけなら問題ないと思う。霧矢がどんな反応をするかはわからないけど」
「…でも、どうしたらいいかな。私たち、霧君の携帯の番号知らないんだよ……」
霜華は公衆電話の前で腕組みする。風華は受話器を取り上げる。
「…霧矢の番号はわからないけど、光里の電話番号ならわかるよ。聞き出せばいいと思う」
「それしかないわね。風華、お願い」
硬貨を投入すると、風華は背伸びしながらボタンを押していく。
「もしもし、雨野です。どちら様ですか?」
「光里? 私、風華だよ。ちょっと聞きたいことがあって……」
「ああ、風華ちゃんか。どう、東京は?」
「うん。結構楽しいよ。浦沼にはないものがいっぱいあって、びっくりした」
「それはよかった。それで、何か聞きたいことでもあるの?」
風華は電話の横にあるメモ帳を一枚破り取り、ボールペンとともに霜華に渡した。
「霧矢の携帯の番号忘れちゃって、教えてほしいんだけど。今すぐ連絡を取りたいから」
「一緒じゃないんだ。いいわよ」
風華は雨野の言葉を繰り返す。霜華はメモ帳に書き取っていく。
「ありがとう。じゃあ、光里もよいお年を」
「うん。風華ちゃんもよいお年をね……まあ、今、みんなで一緒にいるんだけどね」
風華は雨野の話を聞きながら相槌を打っている。
「へえ……じゃあ、晴代やセイスたちにもよろしくね。じゃあ、また新年に」
受話器を戻すと、霜華は追加の硬貨を投入し、霧矢の携帯電話の番号を打ち込む。




