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Absolute Zero 3rd  作者: DoubleS
第二章
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いろいろな本性と苦悩 10

 エレベーターホールを兼ねた応接室から、寝室へとつながるドアをノックすると「どうぞ」という猫かぶりの声が聞こえる。霧矢はドアノブを回した。

「調子はいかがですか……て、誰もいないな。じゃあ、さっき同様普通に話させてもらう」

「それでお願いするわ。私の話し相手は、そうでなくてはね」

 美香はドレスに着替えており、面倒くさそうに天蓋付きのベッドに腰掛けていた。

「水葉さんから、さっき話があって、護衛のメインとサブが交代になった。僕がメインだ」

「わかった、別に構わないわ。じゃあ、私をしっかりと守ってね。私のかっこいい騎士様」

「……あんた、貴族趣味は嫌いじゃなかったのか?」

 霧矢は呆れたような口調で答える。貴族趣味が嫌いな人が、霧矢のことをナイト呼ばわりするとは、何とも微妙な感触がした。

「漫画とかだと、そういう展開がよくあるじゃない。私はあんまり読ませてもらえなかったけど、レイがよくこっそり見せてくれた。ちょっと憧れがあったのよ。そういう展開には」

「現実ってのは、無味なものだぞ。そんな憧れるような展開はまず来ない。危険がいっぱいなのは、否定できないが、ラブストーリーなんてそう簡単に起きないと思うんだが」

「そういう危険から、ラブストーリーは生まれるのではないのかしらね。そういうものだと聞いているけれど」

 霧矢は答えるかどうか迷ったが、黙っていても何となく気まずいだけだった。口を開く。

「僕とのラブストーリーなんて生まれるわけなんてないからな。僕はあくまで、腕試しとして、この護衛と話し相手という依頼を受けたのであって、それ以上のことは、サービス対象外だ」

「じゃあ、別料金を支払うのならいいのね?」

 彼女はただ冗談を言っているだけだとわかってはいたが、霧矢は呆れた気分になり、部屋の椅子に座りこんでしまう。足を組んで美香に視線を向ける。

「おいおい、僕みたいな男に興味を持つとろくなことにならないぞ。美香お嬢様」

「あの学界で有名な三条淳史博士の息子さんが何をおっしゃるのやら」

 美香から目をそらし、霧矢は立ち上がって窓の方へ歩く。最上階の窓から夜景を眺めた。

「霧矢、あなたには、好きな人とかいるの? それとも、もう誰かと付き合っているの?」

 霧矢はため息をつくと、窓ガラスに手を当てる。

「さあ……好きな人ねえ……誰だろうな……」

「共学の学校に通っているのに、好きな人すらいないわけ? それって、人生損してない?」

 別に共学の高校に通っていれば、自然と好きな人ができるというのは、必ずしも嘘ではない。しかし、霧矢には当てはまらなかった。霧矢に特定の好きな人はいない。無論、付き合っている相手もいない。完全なフリー状態。

「…僕は、あんまり、そういうのに興味はない。恋愛に積極的になれないんだ。なぜか」

「私は、女子高に通っているから、そういうのに縁遠いのよ。だから、恋愛にちょっと興味があってね。どんなものなのか、気になったのよ」

「……僕の友達で、誰かと付き合っているような人はいないけれど、学校には少なからずカップルが存在するのも事実だ。恋愛を楽しんでいる連中は確かにいる」

「ねえねえ、そういう人たちって、どうやって過ごしているの?」

 霧矢は美香の方に向き直ると、壁に寄りかかった。どれほど安全であったとしても、高層ビルの最上階の窓ガラスに身を預けたくはなかった。

「そういう人たちの生活か……まあ、一部の人にはうらやましがられるものだけどな」


「…へえ、やっぱり、そんな生活をしているのね。何だっけ、さっき言っていた、雲沢さんだっけ、ラブレターを書いて振られても、それでもアピールをやめないっていう」

「ああ、何度振られても、断られても、やめようとしない執念の持ち主だ。ある意味尊敬する。いや、その粘着質には尊敬せずにはいられない」

 霧矢はにやけた笑いを浮かべていると、部屋がノックされる。美香は一瞬で、お嬢様モードに戻る。霧矢も笑いを消して、ドアを見つめた。

「はい、どうぞ」

 ゆっくりと扉が開くと、メイド服を着用した先ほどの少女が立っていた。

「何だ、レイか。まあいいわ。何か用?」

 レイに対して美香は砕けた口調で話している。彼女も、美香の信頼を得ている人間ということだろう。彼女は霧矢を一瞥すると主へ向き直る。

「現在、八時四十五分ですが、あと一時間ほどで移動です。それだけです」

 一応、霧矢とは違って、彼女は主に対しては、簡略な敬語を使用している。おそらく、長年の習慣であり、美香が使うなと言っても、自然と出てしまうものなのだろう。


「あの、レイさんでしたっけ。挨拶がまだでしたね。すでにご存じでしょうが、僕は三条霧矢と言います。よろしくお願いします」

霧矢が呼びかけると、彼女は無言で近づいてくる。

「こちらこそ挨拶が遅れまして申し訳ございません。私は、使用人の大崎礼子と申します。レイとお呼びください。それと…もう一つ、申し上げます」

 彼女と目が合った瞬間、霧矢の神経にある感覚が走った。雨野との訓練でよく感じていた、あの感覚だった。

 壁際に立っていた霧矢はこれ以上後ろには下がれないため、左側によける。そのまま飛び退くと、ベルトのホルダーから力砲を一気に抜き取り、レイの顔に照準を合わせた。

 彼女の握り拳は、先ほど霧矢の顔面があった位置に突き出されていた。しかし、彼女が霧矢を仕留めるよりも、霧矢の回避と反撃への移行の方が早かった。

 自分の顔を狙われ、拳銃相手では敵わないと思ったのか、霧矢の腕前を認めた彼女は霧矢の方に向き直って、一礼した。

「失礼いたしました。どれほどの腕前か興味を持ったので。なにとぞ、ご容赦を」

(……会長よりは弱いが、結構喧嘩慣れしているな。この人も)

「三条様、あなたは結構な腕前です。それでこそ、護衛というものです」

 霧矢は、息を吐くと、力砲をホルダーに戻した。しかし、それ以前に、力砲を美香に見せてしまったことが問題だった。彼女は驚きの表情で霧矢を見ていた。

「……霧矢、あなた、まさか拳銃を携帯しているの?」

「モデルガンだ。単なる威嚇用に持ち歩いているだけだ」

 霧矢が使用した場合、威力は拳銃のそれを軽く越えてしまう代物だが、モデルガンという説明を何とか通すことができた。銃の底面に弾倉入れがないことを見せると、相手も納得した。

(……危ない危ない…こいつを使ったら、大変なことになっちまう……)


「霧矢、あなた、レイに勝ったのか……学者の息子だから、もやしみたいな人間かと思っていたら、結構戦いでもやるのね。意外だわ」

「訓練してきて、その腕試しってことで、この護衛の仕事を依頼されたんだよ。単に、暇つぶしとか、お金目当てで受けているわけじゃない。それに……」

 霧矢が言葉を濁したので、美香もレイも疑問の表情を浮かべた。霧矢は続ける。

「僕は、父さんの頭の良さを受け継がなかった。勉強は苦労しまくっているし、数学や物理は正直苦手だ。そのかわりとして、僕が先天的に得たのが、戦いの素質だった」

 戦いの素質と言っても、物理的な格闘や銃のスキルはそれほど高いわけではない。霧矢の素質は、その魔力の多さにある。常人のそれをはるかに超える並外れた水の魔力。

 普通の人間が扱っても、小石を投げるくらいの威力にしかならない力砲を、大口径のライフル以上の威力で扱うことのできる人間。それが三条霧矢。

(……しかし、力砲の説明をするわけにはいかない……これは表の世界の人間に限らず、科学に支配された世界で生きる人間には、冗談がきつすぎる代物だからな…)


「まあ、今もまだ訓練中なんだ。これから、もっともっと強くなっていくつもりだからな」

「強くなって…ですか。どなたか守りたい方でもいらっしゃるのですか?」

 レイの質問に対して、霧矢は無言でうなずいた。しかし、美香は納得しなかった。

「さっき、あなたは、私の質問に対して、好きな人はいないと言ったけれど、ということは、守りたい人は好きな人ではない、ということかしら?」

 霧矢は目を閉じた。そのまま、二人に背を向けた。

「僕は、あいつが好きなんてことは断じてない。ただ、僕は、危険が押し寄せてくるなら、守ってやってもいいと思っているだけだ。そして、それは自分のためでもある、と思った」

(……素直ではありませんね。三条様も)

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