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Absolute Zero 3rd  作者: DoubleS
第二章
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いろいろな本性と苦悩 9

「はてさて、どうしたものか……」

「……僕に聞かないでください。そういうのは先輩の仕事でしょう」

「これが、廃ビルなら、ガス爆発を装って、敵ごとすべて爆破することも可能なんだがなあ…」

「……先輩は、数千人もの一般人もろとも、皆殺しにするつもりですか…?」

「都内有数の高級ホテルで、しかもそんな非人道的な真似できるか。冗談に決まっている」

 麻薬密売組織の末端メンバーを捕まえて吐かせたところ、やはり京浜製薬社員が関与していた。そして、今夜、このホテルのどこか一室で、麻薬取引に関する会合が行われるとの情報を聞き出した。無論、偽名を使用しているはずで、探し出すのは無理だろう。もしかしたら、会社の控室を堂々と利用している可能性もある。

 ただし、末端だけあって、絡んでいる政治家や幹部の情報は吐かなかった。いや、吐けなかった。本当に知らないのだろう。特に、こういう狡猾な密売組織は、足がつかないように、何回も下請けのようなものを通すのが普通だからだ。

「……しかし、会社のパーティーと同時刻に、麻薬取引の会合をするとは、社長は夢にも思わないでしょうね。灯台下暗しとはこのことでしょう」

「お前とここで鉢合わせになるとは、完全に予想外だった。そして、それはある意味幸運だったのかもしれん。こうやって協力を頼める」

「……ここで、人質でもとられて立てこもられたら、警察もかなり手を焼くはずです」

「しかも、ここはやつらにとって安全な場所だ。そして、人質にするには絶好の相手がいる」

「……それぞれ、違う意味で絶好の人質ですね。表の人間向けと、裏の人間向けの」

 夜空にそびえたつ高い建物を眺める。逃げ込んだ相手は拳銃と爆弾を持っているという情報もつかんでいる。しかも、相手が一人とは限らない。

「もし、あいつが何かやらかして、万が一のことがあれば……九年前のアレと同じ事態になるかもしれない……そうしたら、俺は……」

「……塩沢先輩が弱音を吐くなんて珍しい。今日はいったいどんな風の吹き回しですか?」

 塩沢は顔をしかめながら、コートを羽織ったダークスーツ姿の後輩の顔を見る。

「すまん、柳都。弱気になってしまった。今は、水葉と連絡を取るのが先だな」

 塩沢は携帯電話を取り出す。その間、北条は前髪越しに、ホテルの中を覗いていた。


「……というわけだ。くれぐれもパニックにならないように奴らを押さえる。俺も加勢する」

「仮に護衛を霧矢君に完全に任せて、北条君に手伝ってもらうとしても、私を入れて、三人じゃ明らかに無理よ。いっそ、パーティーを中止させて、客を全員、外に出した方が……」

「そっちの方が余計パニックになるし、俺たちが、あいつを追いかけていることがバレる。人を隠すならば人の中ともいう。おそらく逃げる群衆に紛れて、姿をくらますだろう。あるいは追い詰められたことで逆上して、誰かを人質に取る可能性もゼロとは言えない」

「…結局、そういうことなら、私たち三人で探すしかないわけ?」

 塩沢は、残念そうに「ああ」と答えた。北条は腕時計を見た。

「……現在時刻、七時五十五分。パーティー開始まで、約二時間と言ったところです」

 塩沢は悔しそうな表情で舌打ちする。面倒な事態になってしまった。

「わかったわ。とりあえず、ターゲットの情報を送ってちょうだい。私もできるだけのことはやってみるから」

 塩沢は電話を切ると、ターゲットの情報を水葉に送信する。

「あいつらは、あくまで麻薬取引で大金を得ることだけが目的だ。むざむざ、爆弾や拳銃を使ったりして立てこもるような、自分の立場をさらに危うくするような行動はとらないはず……そういう冷静な判断を、俺は連中に期待する」

「……今にも捕まえようとしている敵に冷静な判断を期待してどうするんですか」

「期待通りに行動してくれたら、俺も殺さずに済むし、事も大きくならない。それだけのことだ。悪人を殺せないのはある意味では残念だが」

 あくまで、依頼の内容は、社員が麻薬取引に関与しているという疑惑の調査であって、組織の壊滅や、構成メンバーの抹殺を依頼されたわけではない。もっとも、後になって気が向いたら、無料サービスとして行うかもしれないが。

 北条は先輩の趣味の悪さに肩をすくめた。もっとも、今回のケースは大物が絡んでいるため、捕まえて警察に突き出したところで、問題は解決しないのも事実である。

「さて、柳都、手伝ってくれ。お前はあいつにノーマークだ。客を装って、探してくれ」

「……わかりました。ですが、命の危険を感じたら、僕は真っ先に逃げますから、よろしく」

「構わないぞ。俺も、一般人に命をかけろなどという無茶な要求はしない。手伝ってくれるだけで感謝感激と言ったところだ。ほら、連絡用のイヤホンマイクだ。こいつをつけろ」

 北条は塩沢から投げ渡された端末を身に着ける。二人は、ホテルの中に足を踏み入れた。広大なロビーにはあまり人がいなかった。無論、ターゲットもいない。

「無駄に広いし大きい……こいつは、骨が折れそうだ……」

「……同感です。これは手ごわそうだね」



(……これがターゲットね……)

 一人きりで、スイートルームの応接室の壁に寄りかかりながら、水葉は携帯電話を見ていた。携帯電話に表示された情報は、あまりこちらに好ましいものではなかった。

 ターゲットの名は、鈴原滝夫。京浜製薬の社員で、麻薬売買に関与していた現場を、塩沢が押さえている。密売人としてのキャリアは長く、これまで数多くの人間を不幸にしてきた。

 さらに問題なのは、この建物は彼にとって、庭も同然であるということ。京浜製薬と結びつきの強いこのホテルは、社員や接待などでよく利用されている。そして、彼はこのホテルを数えきれないほど利用していた。聞き出した情報では、このホテルを麻薬取引に使用したこともあるらしい。つまり、警備の穴や、それらの情報に通じている。

 そして、万が一、取引がバレてしまい、人質を取る場合、このホテルには量、質ともに絶好の人間がいる。彼が爆弾や拳銃を持っている以上、それらは賢明な手段ではないものの、一定の選択肢として存在するのだ。

(……とにかく、探し出さないとまずいわね……特に爆弾が使われたら最悪……ストーカーどころの騒ぎじゃ済まないことになるわ)


「お待たせしました。水葉さん。交代の時間です」

 エレベーターの扉が開き、式服姿の霧矢が歩いてきた。水葉はうなずくと、

「霧矢君。ちょっと、変更が生じたの。伝えておくわね」

「はい……何ですか?」

「私は、しばらく別の仕事をしなきゃいけなくなったの。マニュアルを渡しておくから、クライアントの護衛のメインとサブを交代してもらいたいの」

 霧矢は、面食らってしまう。いきなりそんな大仕事を任されても困る。

「お願い。ちょっと面倒なお願いになるけど、私もやらなきゃいけないことができたのよ」

 水葉の声は本気だった。霧矢は仕方なく、引き受けることにした。

「わかりました。とりあえず、メインの仕事をやっておきます。早めに戻ってきてくださいよ」

「ありがとう。何かあったら、さっき渡した無線機で連絡するから、よろしく」

 それだけ言い残すと、エレベーターに乗り込み、水葉は姿を消した。

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