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Absolute Zero 3rd  作者: DoubleS
第二章
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いろいろな本性と苦悩 8

 有能な部下が、野心を持っていた場合、それは非常に危険な結果を招く可能性がある。もしも、彼自身が、会社の経営権を望んだ場合、倒されてしまうこともないとは言えないからだ。無能な上司よりも自分がトップに立ちたいと考える人間がいないとも限らない。

「彼自身、部下に会社から追い出されてしまうかもしれないと、昔、私に話していたことがある。そういうことを考えると、人の上に立つのもきついものだ」

「……下剋上か。それは確かにあり得ない話ではないかもしれないな」

 淳史はうなずく。霧矢は運ばれてきた肉料理にナイフを通し、口に運んだ。

「もともと、あいつも研究職を目指していた。ただ、うちとは比べ物にならないほど、会社の規模は大きかった。うちは母さんに薬局を任せることで何とかなったけど、あいつはそう上手くいかなかった。結局、卒業後、会社幹部になったというわけだ」

 メインディッシュが運ばれてくる。霧矢は豪勢な皿を曇った表情で見ていた。

(……整理してみるか……)

 一、ストーカーからの護衛を頼んだのは、現社長、片平義仁である。

 二、社長令嬢、片平美香は、ストーカーのことを、それほど疎ましく思ってはいない。

 三、片平美香は、社長令嬢としての生活に飽き飽きしている。

 四、片平義仁は、無能であることを理由とする失脚を恐れている。

 これらに薄い線が引かれているが、これはすべて霧矢の勝手な憶測に過ぎない。そして、この想定は、とんでもない大事件を暗示しているものだ。

(……さすがにこれはぶっ飛び過ぎてるな。ない、これはないね)

 味わうこともなく、思索にふけりながら、メインディッシュを平らげていく。ナプキンで口を拭うと、霧矢は腕時計を見る。

(……あともう少しで、警備交代だ……それまでに食べてしまわないとな……)

 デザートが運ばれてきた。霧矢は片目を瞑ってコーヒーを飲みながら、横目でホールの入り口を眺めていた。不審な動きをしている人間は今のところいない。

 すべてを食べ終わると、霧矢は、疲れたと言い訳をして、部屋に戻ろうとする。事情を知らない淳史は、不審そうな面持ちで霧矢を見たが、霧矢は何も言わずに立ち去った。

(……どうして、こんな嫌な予感しかしないんだ……)

 ポケットに手を突っ込む。力砲と魔力分類器を握りしめながら、エレベーターのボタンを押す。いったん先に部屋に戻り、少し休むことにしようと考えた。


 部屋に戻り、霧矢は鏡台の前の椅子に腰かけた。パーティー開始まで今しばらく時間はあるが、もう着替えても問題ないだろう。紺色の式服を取り上げると、霧矢は着込み始める。

 一通り来て、鏡の前に立ってみると、またまたなんとも微妙な格好だ。

(……正直、制服の方がよかったな。僕には似合わない……)

 馬子にも衣装ということわざがあるが、今の霧矢にはそれを信じることはできなかった。適当に櫛で髪を整えると、霧矢は先ほどまで着ていたコートのポケットから、力砲と魔力分類器を取り出した。

(……こんなものまで、用意されるとは、さすがは相川探偵事務所……)

 塩沢の使っていたものと同じベルトにつけるタイプの拳銃のホルダーだった。霧矢は力砲をそのケースにしまうと、部屋を出た。

 無線イヤホンを耳に、マイクを胸元に取りつけると、霧矢は霜華の部屋のドアを叩いた。


 霜華がドアを開ける。ツインルームのテーブルの上に、ルームサービスで頼んだと思わしき、食べ終えた夕食の皿が並んでいた。ベッドに腰掛けながら、テレビを見ていた風華は、霧矢を見ると、急に笑い出した。

「何その格好。霧矢には似合わなさすぎるんだけど……」

「うるさいな…自分でもそう思ったさ。それよりも、お前らも式服とか届いてるんだろ」

 風華に悪態をつきながら、霧矢は部屋の椅子に乱暴に座る。

「私たち二人とも、振袖よ。霧君の背広とは違って、いつも通りという感じだけど」

 クローゼットを開けると、霜華の普段着をさらに豪勢にしたようなサイズの違う和服が二着入っていた。

「ところで、私たち、パーティーの間、どんなふうにしてればいいの?」

「……普通に客らしく振舞ってればいいだろ。間違っても、魔術を行使したり、マジックアイテムを使ったりはしない。父さんや母さんとの接触は極力避ける。これだけ守っていれば、別に自由にしててくれても問題ない」

「あ…そう…霧君は、パーティーの間、どうしてるの?」

「会場のすみっこで、会場に不審人物がいないか、チェックするだけだ。僕に話しかけたかったら、好きにしてくれ。ただし、相手できるかどうかは別だろうけど」

 霧矢は、霜華を見る。

「どうだった。初めての東京は」

「すごく楽しかった。ありがとう。連れてきてくれて」

「礼なら晴代に言えばいい。僕はもともとお前らを連れて行くつもりはなかったんだから…」

「でも、連れてきてくれたじゃない。風華だって、霧君に感謝してるんだよ」

「ちょっと! お姉ちゃん、何言ってるの!」

 憤慨した様子で、風華は握り拳を突き上げる。霧矢は苦笑いすると、

「まあ、楽しめたなら、僕もそれに越したことはない。突然の計画だったけど、なによりだ」

 霧矢は息を吐くと、ポケットが振動した。携帯電話を開くと、水葉からメールが来ている。

「そろそろ、警備交代みたいだな。じゃあ、僕は行くけど、大人しくしてるんだぞ」

「はいはい。じゃあ、しっかり頑張ってきてください、と言っておくね」

 霧矢は手を振ると、部屋を出た。

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