いろいろな本性と苦悩 7
「おう、霧矢、来たか。ここだ」
夕食時になり、霧矢は淳史に食事に呼び出された。純白のテーブルクロスの敷かれた円卓に淳史と理津子は座っていた。霧矢は用心のため、コートを脱がずに、椅子に座った。
(やっぱり、万が一ということもある…力砲はすぐ使える状態にしておかないとな……)
もしも、力砲を使わなければならないような事態になったとしたら、それはそれで大問題だが、備えておくに越したことはないだろう。
「こうやって、家族全員で食事をするのはかなり久しぶりねえ……」
ゆっくりと前菜が運ばれてくる。霧矢は水を口に含むと、レストラン内の客を見回した。本来なら、魔力分類器を使って調べるべきだが、ここで望遠鏡のようなもので覗こうものなら、明らかに挙動不審だ。あくまで妙な人間(自分以外)がいないか目視で観察することが限界だ。
「霧矢、何か、気になることでもあるの?」
「い…いや、こんな高そうなレストランは初めてだから、気になって……ははは……」
適当にごまかすと、霧矢は神経をとがらせたまま、前菜にフォークを突き刺した。
霧矢のメインの仕事は、あくまで美香の話し相手であって、護衛はおまけの仕事であったことが判明したが、それでも、一応、危険なやつがいないか確かめておかなければならない。
前菜に続き、スープ、魚料理と運ばれてくるが、霧矢は味よりも、他のことに注意が向いていた。脳内では、せっかくの機会だから、高級ディナーを堪能しろという意見と、仕事をきちんと果たすために、まわりに注意を払い続けろという意識が葛藤している。
「……霧矢、さっきから様子が変だぞ。どうした、変なものでもあったのか?」
適当に返事を返すと、両親はお互い目を合わせて首を傾げた。霧矢はコップの水を飲み干す。
「ごめん、どうもさっきから、神経が敏感になってて…どうも人から見られてるような…」
「まあ、都会に慣れてないと、そういうことも感じるかもしれないな。特に、今のお前の格好はちょっとみすぼらしいしな。その点では、見られているかもしれないぞ」
霧矢はため息をついた。正直、近辺にあるファミレスで食事したいというのが本音だった。こんな高級ホテルは霧矢の肌には合っていない。
「ところで、霧矢、母さんから聞いたが、お前、最近、まわりに女友達が増えてきたそうだな。ご近所でも噂になっているって話じゃないか」
霧矢はむせてしまう。咳き込みながら、涙目で理津子をにらみつけた。だが、まわりに女の子が増えているというのは、否定することが難しい。
晴代は元からだが、霜華、風華、文香、雨野、有島、セイス……などなど。
「べ…別に、そういうわけじゃ……単に、いろいろあって知り合ったというだけで……」
「後ろから刺されないようにしとくんだぞ……京浜製薬の社長、美香さんの父親だが、かなりの女好きでな、大学時代、しょっちゅうまわりに女の子をはべらせて、今でも、いろいろ変な噂が絶えないやつだからな。あいつみたいにはなるなよ」
ニヤニヤ笑いを浮かべながら淳史は、まだむせている霧矢の肩を叩く。霧矢は思い出したように、気になっていたことを尋ねた。
「そう言えば、ここの社長ってどんな人なのさ。そこは美香さんからも聞いてなかった」
「片平義仁か……私の大学時代の友人というとことは前にも話しておいたと思うが、別に女癖が悪いことを除けば、それほど悪い人間でもない。ただ、ここだけの話だが、あいつの会社経営のセンスはお世辞にもいいとは言えない」
声を潜めて、淳史は顔をしかめた。
「今、京浜製薬って赤字なのか? とてもそうには見えないんだが……」
「いや、潰れそうとかそういうわけではない。あいつは、自分が経営には向いていないということがわかっている。だから、もっと有能な部下に任せきりになっている。逆に言えば、自分は会社の顔としての役割しか果たしていないとも言えるな」
自分を無能だとわかっていて、もっと優れている人間に任せるということは、無能ではない証というのが、なんとも皮肉な話だ。
「だが、そういう場合、一つの危険がある。霧矢、お前は、何だと思う」
「……わかんないな。それだったら普通にうまくいくと思うんだけど……」
淳史は残念そうな顔をした。これくらいはわかってほしいという表情だった。霧矢はバツの悪そうな顔で、正解を待った。