いろいろな本性と苦悩 6
東京とは遠く離れた魚沢市の浦沼温泉商店街にある、閉店後の喫茶・毘沙門天では、渦中のメンバーが全員集合していた。その中の数人は、外泊禁止という校則を無視した所業を現在進行形で行おうとしている人間もいる。生徒会メンバーにもかかわらず。
ちなみに、数時間前に校則違反どころではなく、不法侵入、窃盗という犯罪行為を行ったメンバーも存在する。もっとも、相手も警察を頼ることができるようなまっとうな存在ではなく、その点ではお互い様であるので、気にする必要はない。
現在、喫茶・毘沙門天にいるメンバーは、上川晴代、雨野光里、雨野護、有島恵子、西村龍太、木村文香、ユリア・アイゼンベルグ、セイス・ヒューストンの八人だった。
ちなみに、セイスとユリアはタダ飯目的でここに来ていた。特にセイス。
「さて、今日は、先週大騒動が起こった場所から、あたしたちは調査のためにいろいろなものを回収してきたわけですが……さすがに…量が多すぎるよね。これは」
晴代は困ったような表情で、部屋に山積みになったマジックアイテムや、書籍を見た。
クリスマス・イブの日、霧矢と霜華と護は、温泉街の外れにある森の洋館に隠された、秘密研究所で実験体にされていたユリアを助け出してきた。その時はさほど気にしていなかったが、今となって思い返してみると、何か手がかりを得られるかもしれないと、雨野が考え、有志を募って、持ち出せるものは持ち出してきたわけである。
もはや、施設は完全に放棄されており、洋館には人の影すらなかった。本来なら、霧矢か霜華、風華の誰かがここに立ち会うことが望ましかったのだろうが、生憎、この場にはいない。
「どうやら、この本の山は魔道書みたいだね。私もこんなの見たことないな。相当なレアものだと思うけど、トマスのやつこんなのいっぱい持ってたなんて、意外だね」
セイスがパラパラと見たことのないような文字で書かれている分厚いハードカバーの本をめくっていた。ユリアは相変わらず、能面のような無表情で、気の抜けた視線を向けていた。
学者肌の文香にとって、この本の山は宝のようなものだ。古代文字とその辞書を繰り広げながら、文字通り未知の文明の分厚い本と格闘を始めた。雨野や有島も彼女と同様に、読める内容のものは読み込んでいく。
晴代や西村、護といったそれほど異世界の書物を読む知性を持っていないメンバーは、マジックアイテムをつまみながら、日本語で書かれている書物を参照しながら、どういう種類のアイテムなのかを調べ始めた。
それぞれ、魔族文字の理解レベルに分かれて、違うテーブルに座っていた。
晴代がみんなを呼んだのは、この作業をするためということもあるが、実際のところは、みんなで大晦日を過ごしたいという思いが強かったからだ。浦沼温泉街の外れには、毘沙門天を祀った堂があり、みんなで初詣に行こうという計画を持っていた。ちなみに喫茶・毘沙門天の名前はその堂から由来している。
「それにしても、興味深いな。晴代。この本は持ち帰ってもよいだろうか」
「好きにすればいいでしょ。どうせ、私にはそんな難解なものは読めないんだし……」
文香の申し出に対して、晴代は落ち込んだ口調で答えた。普段の勉強ですら苦しい晴代にとっては、魔族の文字の辞書すら読むことはできなかった。
「木村さん、それはどんな本なんですか?」
「いろんな効果の薬の作り方が書いてある。材料も近くにあるものばかりだ。魔族の協力があれば作れるかもしれない。科学的にはありえない作り方だが、最後に魔族の術をかけることで、薬としての効果を初めて得られると書いてあるな」
文香は、妙な笑いを浮かべながら、効能を読み上げていく。全員が微妙な表情になった。
「爪の伸びるスピードを倍増させる薬、一時的に片目の視力を上昇させるかわりに、もう片目が一時的に失明する薬。運動するときにおいて脂肪の燃焼を抑えられる薬など……実際役に立つかどうかは別として、面白そうなものが多いな」
「……ほんと、文香、あたしはそんな物作っても使う機会ないと思うんだけど……」
万が一これらの薬を使う場面といったら、深爪してしまったとき、誰かを狙撃するとき、餓死寸前のときに限られるだろう。
「まあ、でも、その薬を使って、霧矢にドッキリでも仕込んでみたら面白いんじゃないの?」
全員が乾いた声で笑う。文香の手癖の悪さは、ここにいる大体の人間が知っていることだ。
「なあ、上川。こいつは何だと思う? 俺としては…何かの方陣だと思うんだが…マジックカードとはまた違ったものだし……」
西村は厚紙に得体の知れない紋様が描かれたものをつまみ上げた。晴代は何なのかわからず、魔族のセイスに助けを求めた。セイスはトコトコと歩いてくると、紙をまじまじと見つめる。
「セイス、これ何かわかるか。マジックカードではないと思うんだが……」
彼女の顔が曇ると、彼女は腕を組んだ。それは心当たりがあるということを意味する。
「…それは、マジックアイテムじゃなくて、救世の理の何かじゃないかな。私よりもユリアの方が詳しいはずだと思うけど……」
セイスはユリアを見てため息をつく。彼女は一言も発することができない。文字を読むことはできるようだが、何かを見て判断できるほどのレベルまでには回復していないのだ。
「じゃあ、こいつは後回しだ。しかし…量が多いな……」
日本語ではあるが、西村たちが読んでいた本は非常に難解なものだった。西村は、分厚い本にしおりを挟んで閉じると、首を回した。
「しかし、三条の野郎、霜華ちゃんたちと東京旅行に行ってるんだろう?」
「正確に言うと、東京に仕事に行っているというべき。霜華ちゃんや風華ちゃんにとっては旅行だけど、霧矢にとってはあくまで仕事らしいわよ」
晴代が片手間にガラクタだと判明したマジックアイテムをゴミ箱に放り捨てながら答えた。西村は、霧矢のうらやましさにため息をついている。
「確か、護衛の仕事だったよなあ……わがままお嬢様とやらの」
「そ、京浜製薬のお嬢様をパーティーで護衛するみたいだよ。塩沢さんに頼まれたんだって」
西村はうらやましさでテーブルに額を打ちつけた。
「あいつは、どこまで女の子に縁がある人間なんだ? ここ最近あいつおかしいだろ……」
自分はこんなにもモテないのに、どうしてあいつはあんなにモテるのか。身長だって成績だって(差などないくらいわずかではあるが)霧矢より上なのに、無能力の彼とは違って契約異能だって持っているのに、なぜなのか……
「ちなみに追い打ちをかけるようで悪いけど、今回霧矢の仕事のパートナーは、塩沢さんの元相棒で、これまた女性みたいよ」
西村は力なく立ち上がると「トイレに行ってくる」とだけ言い残し、うなだれて歩き去った。
(……俺は…俺は……何でこんなにかわいそうなんだ……)