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Absolute Zero 3rd  作者: DoubleS
第二章
12/49

いろいろな本性と苦悩 1

「は……初めまして、三条霧矢です」

 噂で聞いていたのとは、かなり違ったイメージだった。わがままなどころか、普通に小奇麗な身なりをして、丁寧な口調で話している。

 霧矢が何も言わずに黙っているのを見て、水葉は本題に入った。

「それでは、ストーカーの件ですが、パーティー開始までは、私と彼の交代であなたの護衛に当たります。パーティー開始後は、私がメイン、彼がサブという形で、あくまで客として目立たないように護衛を行います。万が一に備え、あなたの礼服には発信器を取り付けておきました。以上ですが、我々に警備等のご質問はありますか?」

 静かに美香は首を振った。水葉は霧矢と目を合わせると、

「じゃあ、私は、会場の警備関係者と打ち合わせしてくるから、霧矢君、一時間ほどお願いね」

「わ…わかりました。お気をつけて」

 執事とメイドに見送られ、水葉はエレベーターに乗ってそのまま消えた。霧矢は、沈黙を保ったまま、調度品に飾られた部屋を見回す。しかし、この窮屈さは消えなかった。

 精神的に落ち着くために何かしたいと思っていると、霧矢はティーカップに視線が止まった。

「……すみません。お茶をもう一杯いただけますか」

「かしこまりました。少々お待ちください」

 メイドが丁寧な口調で、ティーセットを支度していく。霧矢はプルプルと震えながら、無駄な高級感に耐えていた。貧乏暮らしの田舎者にはきつすぎる。


「では、私どもはここで失礼させていただきます。御用がございましたら、そこの呼び鈴でお呼びください」

 お茶を注ぎ終えると、執事とメイドは部屋を出ていき、霧矢と美香だけが残された。

(……こ…この空気は……潰されそうだ……)

 とにかく、この雰囲気を何とかしたいというのが、霧矢の思っていることのすべてだった。

「あ…あの、美香さん」

「何でしょうか」

「……い…いえ。ただ、聞いていたのと違うイメージの方だなあ…と…」

 今の霧矢は焦りが礼儀を上回っている。普通だったらこんな唐突なことは言わないはずなのに、なぜか口から出てしまっていた。

「…と、言いますと、どういうことなのでしょう?」

「……依頼を受けたときは、あなたが相当なわがままな人間だから注意するようにと、警告を受けていたのですが、今は、まったくそんな印象がないと思ったんですよ」

 汗をかきながらもぞもぞと視線を泳がせている霧矢を、美香は無表情のまま凝視する。霧矢は本格的に焦りだしてしまう。

「す…すみません。お気を悪くしたのなら、謝ります!」

 霧矢は頭を下げたが、彼女は答えなかった。自分の靴を見たまま、霧矢は居心地の悪さで、目を回しそうになっていた。

「あ……あの、お願いですから、何か言ってください。でないと……僕としては……どうしたらいいのかわかりません」

 上目づかいで美香を見上げるが、彼女は無言のまま表情をまったく変えない。霧矢の表情も、焦りから不満へと変わっていく。クライアントに怒鳴るわけにもいかないので、霧矢も美香を負けじとにらみつけた。

 奇妙なにらめっこかしばらく続いた。霧矢は内心ではどうしたらよいのかまったくわからず、惰性でにらめっこを続けていた。

 数分ほどその状態が続き、折れたのは、美香の方だった。霧矢から目をそらし、ため息をつくと、やっと口を開いた。

「……もういいわ。あなたはそれなりに筋のある人間のようだし、私が私らしく振舞っても、大丈夫かもしれないわね」

「……だったら、初めからそうすればいいでしょう。僕は一向に構いません」

「敬語を使わないで。それと、私を呼び捨てにしなさい。私もあなたには敬語を使わないし、呼び捨てにする。お互い立場は対等、わかった?」

「わかりま…わかった。じゃあ、何なんだ。何が言いたい」

 よくわからないが、敬語を使わなければいいのだろう。彼女が何を求めているのかはわからないが、今は彼女の言葉に従った方が賢明と思われる。

「あなた、あの三条淳史博士の息子だそうね。何で私の護衛なんてやっているの?」

「……それは…まあ、こっちの事情というやつだ。相川探偵事務所のメンバーと知り合いで、そのつてでこの仕事の手伝いを頼まれただけだ」

「あなたの家のことは、あらかじめ事務所から来た資料で読んだけど、何で、山奥の薬局なんか営んでいるの? 三条博士と一緒に海外で生活すればいいと思うのだけど」

「……薬局はうちの家業だから、そう簡単にやめるわけにはいかない。それにじいちゃんの残した数少ない大切なものだしな」

「そんなものだったのね。意外と普通というか、ステレオタイプそのものだったわね」

 先ほどまでの、お嬢様らしい態度はどこへやら、美香は腕組みしながら足を組んでいる。わがままお嬢様というのは本当らしい。霧矢は息を吐いた。

「じゃあ、今度は僕から聞くけれど、何で、本性を隠すんだ? 自分らしく振舞いたいなら、そうすればいいじゃないか。やっぱり、アレか、お嬢様のたしなみってやつか?」

「わかっているなら聞かないで。結構、私も堅苦しい生活を送ることを強いられているのよ。資料で読んだけど、あなたは十六歳、高校一年生で私と同い年だそうね。田舎の男女共学の公立高校ってどんな感じなの?」

(……もしかして、僕が呼ばれたのは、護衛というよりも…)

 そう考えると、霧矢の格好をとがめないのも、敬語づかいを拒絶するのも納得がいく。おそらく、彼女は、自分とは違う世界の人間と対等に話がしたかったのだろう。

「…あんたも資料で読んだけど、相当なお嬢様学校に通ってるそうじゃないか。私立の女子高とは、すごい話だな」

「マリア様がどうだとか想像しても、そんなのは実際には幻想に過ぎないわよ。私も、むしろ、あなたみたいな学校生活を送ってみたいな……」

「あまりおすすめはできないな。楽しいことは否定しないが、いつも生徒会長の鉄拳制裁から逃げたり、悪友と女子の品定めをしたりとか、そんなことだ。まわりには田んぼの他は何もない。田舎そのものだ。高校生活を謳歌するには、少し田舎すぎる」

 勉強が厳しいというのはあるが、美香の高校とは比べるまでもない。田舎の進学校と、東京の私立名門校を同列に並べること自体が問題外である。

「学校に不良とか、いるの? アフロとかモヒカンとか」

「さすがにそこまで殺伐とした学校じゃない。田舎だからこそそういう連中がいないというのもあるかもしれないけどな」

 霧矢は、砕けた口調で話すことで段々緊張が解けてきた。冷めてきた紅茶を飲み下すと、笑いながら、話を続けることにした。

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