第五話 しょせん世の中、金 前編 (改稿版)
さて、今回は気になる「そいつ」の話をしようと思う。誰もが知ってる「そいつ」はいつもみんなの人気者で、老若男女問わず世界中のほとんどの人間がすっごく仲良くしたいと思ってるんだ。勿論俺だって例外じゃない。一方「そいつ」に嫌われると縁の切れ目とばかりに友達や、ひどいときは嫁さんだって逃げ出しちまうこともあるらしい。
だからといって「そいつ」とばかり仲良くしてると周りのみんなから嫌な扱いされたり、ケチっていわれたりするんだから難しい話。
そんな時間と同じように貴重で、仲間同士で集まるのが大好きなくせに、世の中をいつもぐるりと忙しく飛び回ってる「そいつ」。何でも地獄の閻魔様の判決だって「そいつ」次第でどうにかなっちまうっていうんだから驚きだよな。
まぁ何が言いたいかっていうと、前世も今も世界をまたごうがなぁ~んにも変わらない。
――結局世の中先立つものは「金」ってことだよ。
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俺の初めての冒険の代償は思った以上の期間、ヘビーに尾を引いた。だってその後しばらくの間、とにかくどこに行くにも母上が一緒。朝起きた時から母上の腕の中、食事の時もお膝の上だし、体力づくりのための運動中も母上は笑顔で俺の事を見ながらお茶してるし、当然寝るときもおんなじベッド。
……トイレの中までついて来ようとしたのは全力で阻止したがな。
まぁ見た目幼児とはいえ中身は24歳+α、そんな俺がお母さんと常に一緒とか相当な羞恥プレイだったので何度も隙を見て離れようとしたんだけど、その瞬間母上の青い瞳に涙が浮かぶわけで。
事あるごとに泣くんだよ、うちの母上。それはもうわんわんと、まるで子供みたいに。息子としては勘弁して欲しいんだけどこればっかりは逆らえない。
昔から泣く子と何とかには勝てぬっていうだろ?
とまぁそうやって母上の気持ちが落ち着くまでのそう短くはない期間、俺はほとんど身動きが取れなかった。当然2度目のお出かけ、自由への逃避なんて夢のまた夢。
ただ……、だからといってそのまま無為に時間を過ごすような俺じゃなかったんだよな。
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久方ぶりに感じるはねかえるような石畳の感触に、思わず逸る足を押さえきれず俺は駆け出す。
あのお出かけの日からおよそ半年。季節をまたぎ、一つ歳を重ね無事6歳になった俺は、日差しが肌を刺すように焼く季節まで後わずかとなったそんなある日、ようやく屋敷の外へと出かけることを許され文字通り屋敷を飛び出したのだ。
半年振りのワトリアの街を真っ黒で粗い麻の上下と少し大きな麦わら帽子、そして小さな布製の背嚢を身につけて歩く子供。その姿を見て貴族の子弟だと思える人間は多分いなかったと思う。
「若様、あんまりお急ぎになると転んでしまいますよ?」
ただし俺の後ろに影のように付き従う執事の姿がなければだが。
イギリスのヴィクトリア朝時代を思わせる執事服を身にまとい、初夏の日差しの下を顔色一つ変えないどころか微笑さえ浮かべて着いてくるこの初老の紳士こそサバン・トランド。我がテオフラストゥス家に俺が生まれる前から仕えてくれている執事、正確には屋敷の使用人全ての頂点に立つ家令である。
その仕事ぶり、その姿、その整った口ひげ、どこをとってもまさに執事の鑑と呼ぶに相応しく、もちろんそんな彼のことを俺は生まれた時から「爺や」と呼んでいる。ロマンスグレーの香りが濃密に漂う厳しくも優しい理想の「爺や」だ。テンプレ過ぎだといわれるかもしれないが逆にそれ以外の呼び方があったら教えてもらいたいぐらいなんだよな。
そんな両親の信任も篤い爺やのこの時のお仕事は当然俺のお目付け役。俺を自由にすると何をしでかすか分からないからと理由で。我ながら信用がまったくなかったことで。……まぁ正しい判断だったんだけど。ただ無茶というのは命の危険が伴うものばかりじゃないことをうちの両親は読みきれなかったようで、この後俺が何をするのかこの時点では誰にもばれてなかったんだよな。
というぐあいに監視付ではあるが様々な人で賑わうワトリアの中心部を抜け、俺はある店を目指して歩く。この日のお出かけは久々に町を歩いてみたい! っていう子供らしい我儘とは一味違ったのである。そう、俺はちゃんと初めから目的を持って石造りの街を歩いていたのだ。
そうしてゲーム時代の記憶を頼りにひといきれするほど賑わう広場から離れ、いくつか路地を抜け、たどり着いた先。そこは薬ビンの絵を看板に掲げた店、そう道具屋である。各種回復アイテムや状態異常アイテムなんかを取り扱うMMOのみならずRPGゲームではお馴染みの存在。
薬草とかポーションとか毒消し草とかアンチドーテとかまぁ名前は何でもいいけどそういう類のものを売ってる店である。
店の名前は『風の始まり亭』。『New World』のヒューマンプレイヤーなら誰でも知ってるこの店がこの日の俺の目的地だ。店主の名前はブエロ・カターシュ。そう、その名も高き『道具屋ブエロ』である。
何故ヒューマンプレイヤーなら誰でも知ってるかって? それは『風の始まり亭』、ひいては『道具屋ブエロ』が普通の『New World』ヒューマンプレイヤーにとって最初に必ずお世話になるといっていいNPCだからだ。
『New World』の世界では、《クエスト》というNPCから頼まれた依頼を達成して報酬としてお金やアイテムなどをもらうシステムが存在する。
中でも『道具屋ブエロ』から受けることが出来るクエスト『道具屋の配達依頼』は、通称『おつかいクエスト』といわれるもので、ワトリアだけではなく各種族ごとにスタートポイント最寄の街や村に設定されており、スタートポイントのNPCから教えられてプレイヤーが初めてクエストを受け、その過程でアバターの操作方法や街にどんな施設があるかなどを学ぶためのクエストであり、いわばクエストそのもののチュートリアルである。
ちなみに報酬は『初心者用ポーション』10個。同じ効果のポーションは、買えば一個100Gするので初心者にとっては非常にうれしい。まさに初心者にとっては必須のクエストといえる。
ちなみにこの『初心者用ポーション』の転売は不可能だ。『New World』の運営はそれほど甘くない。むしろ辛い、激辛。
初めて自分の肉眼でみたその店は前世ディスプレイ越しに見たそれを現実に再現したそれであった。その店構えもその少し煤けたような雰囲気も。この世界に『生まれなおして』何度目になったであろう感動がしばし俺の体を貫いた。
いや~、あの感動を例えるなら高校時代に青春18切符で見に行った大阪の某有名水族館のジンベエザメを見たときのそれが近いかもしれない。ずっと想像や映像の中にしかなかったものが現実となって目の前に現れた感動。いや~アレもすごかった。そういえば今から思い返せば俺って結構多趣味だった気がする。まぁおかげで現世で助かってるんだけど。
そうして感動に軽く打ち震えながら俺がしばらく突っ立ってると爺やがいぶかしげに声をかけてきた。
「どうなさいました若様。……おや、こちらはカターシュ様のお店でございますね」
そう、今日の俺の獲物はこの店の中にいる。
「爺や行こう。実は僕、今日はブエロのおじさんに大事なお願いがあるんだ」
そういって戸惑う爺やの手を強引に引っ張りながら俺は昼でも薄暗い道具屋の中へと足を進めた。
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「失礼致します」
その良く通る爺やの声とともに俺は『風の始まり亭』の中へと入ると、様々なポーションや薬の材料などが所狭しと並ぶ薄暗い店の奥から荒っぽいだみ声が俺たちの耳に返ってきた。
「おう、誰だい?」
その声の主は俺の視線の先にいた大男。やや赤毛がかった茶色の髪に顎ヒゲを生やした筋骨隆々のごつい親父こそがこの店の店主『ブエロ・カターシュ』である。
見た目は正直『ドワーフ』族といわれたほうが納得できるのだが、実際にはこれでも『ヒューマン』族。職業も鍛冶屋のほうがしっくり来るのに何故か道具屋、薬屋の店主。当時は何でだろ? と思ったもんだがこのおっさん実は元冒険者でしかも魔法職だったらしい。人は見かけによらないというが似合わないにもほどがあるよな。
「どうも、カターシュ様。テオフラストゥスのトランドでございます」
「おぉ、これは失礼した。トランド殿ですか……ってなんで坊主がいるんだ?」
爺やの声に返事を返したブエロのおっさんの声に驚きが混じった。そのまま俺たちのほうに近づいてきた。
「お~、おっきくなったな坊主」
そういって俺の頭を乱暴に撫でるこのおっさんと我が家の関係は結構深い。
何故ならこの店は冒険者たちの命をつなぐ薬を扱う『道具屋』。そして俺の父上はエルトリン王国はおろか大陸中に名を知られた『アルケミスト』である。つまり凡百の薬師では作り出せない秘薬を作り出す優れた薬師でもあるわけだ。
だからこの店では調合の難しい秘薬は父上から直接仕入れている。正しく製造元と小売店の関係なのだ。さらにこのおっさんと父上は冒険者時代からの知り合いでおっさんは今でも父上に頭が上がらない。ていうか何度も二人が会ってるところを見たが、その関係性はどう考えても体育会系の先輩後輩のそれだった。
と転生してからこんな風にゲームでは語られなかった裏設定で驚く事が多すぎるだよな。あの『テオフラストゥス』とあの『道具屋ブエロ』が先輩後輩関係とか当時の仲間に言っても絶対信じないと思う。裏設定作りすぎですよ、スタッフさん。
とまぁそんな『New World』の知られざる裏事情はちょっとおいといて、俺は頭の上で繰り広げられる自分が生まれた当時いかにかわいらしい子供だったかという話で盛り上がる二人の話をぶったぎるかのように俺は本題を切り出した。
「おじさん! 今日はおじさんにお願いがあって来たんだ! これ見てよ!」
そういってポケットから赤い液体の入った小さなビンを取り出す。
「ん? 『ポーション』か、こりゃ。ふむ、悪くない品物だな」
そういいながらビンのふたを開け、匂いをかいで品質を確かめるブエロのおっさん。
そしてかかった、とそう内心でほくそ笑んだ俺はすかさず追撃をかける。
「えへへ~! それね、僕が作ったんだよ!」
「あ? 坊主、嘘はいけねぇ。こんな見事なポーションは冒険者だって駆け出しでは到底作れない代物だ。お前が賢いのは親父さんから散々聞いてるがさすがにそいつは信じられんな」
俺の言葉を取り合おうとしないおっさん。その一方で爺やの顔がヤバイとばかりに困惑していく。感じたのだろう、俺が『何かやらかすつもり』だと。……大正解である。
「え~、そんなこというなら試してみてよ!」
青い顔をしだした爺やに心の中で軽く謝りながら俺はブエロのおっさんに背嚢に詰めた材料を見せつけた。中身は当然全部この日のために少しずつちょろまかした材料。
「む……。レッドリーフに、グリーンリーフ。確かに材料は揃ってるな。いいだろう、そこまでいうならこの俺が坊主の腕前を見てやろう」
「カ、カターシュ様! 少しお待ちを! 若様、一体何をお考えですか? お願いとは何です?」
面白い話を見つけたとばかりににやりと笑うブエロのおっさんとは対照的に慌てる爺や。
そんな爺やに俺は幼女様から習った(?)直伝上目遣いでお願いする。
「爺や……、お願いだから最後まで黙って見てて? 危ない事はしないから!」
眩しいものを見たかのように目を細める爺や。そして大きく一つため息。
「……若様。後ほどゆっくりと旦那様たちを交えてお話を伺います。お叱りはお覚悟なさいませ」
そういって苦笑いとともにこの場での追求をやめてくれた。さすが爺や、話がわかる。
そんな心配そうな爺やとは対照的に楽しそうなブエロのおっさん。これは俺にも父上にも共通する事だが、例え祝福があろうが常に『死の恐怖』と隣り合わせである冒険者になろうという物好きは総じて好奇心が強いヤツが多く、そしてそういうやつはいつまでたってもガキのまま。わずか5歳の子どもが自信満々に大人のメイジでもそう簡単には作れないポーションを目の前で作ろうといっている、そんな面白いイベントが突然飛び込んできて好奇心を押さえきれるほど元冒険者のこの赤毛のヒゲ親父の心は枯れていなかった。
――俺の計算通りに。
それこそが俺の付け入る隙。そんなことを考えていた俺の口元は幼児が浮かべる事を許されないほど邪悪な笑みを浮かべていたに違いない。
というわけで第一関門突破。次は実際に俺の腕前を見せる番である。
――さて、ここでもう一度問題だ。自由行動禁止令が出ていたその間、俺が一番長くいた場所はどこだったでしょうか?
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