第四話 冒険心は足取りを軽くしすぎる (改稿版)
気がついたときには俺の視界は真っ白な空間で神様の並ぶそれから、その神様を祀る荘厳な石造りの神殿のそれに変わっていた。周りでは神官が大騒ぎしており、それを何とか父上と母上が鎮めようとしていたが。
随分経ってから、というか割と最近になってから聞いた話なのだが、その時の神官は俺のために現れた数多の神々の神気に当てられたとかなんだとかですっかりパニックを起こしてしまっていたんだそうだ。
そんなこととは露知らずその時の俺はぼーとする意識の中で自分の選択がもたらしたものを思い出し、あらためて事の重大さに大きく溜め息を一つ。とまぁこの時の欝な精神状態で考えていたことなんて誰も興味がないだろうから、代わりに肝心のスキルの話を少しだけ。最終的に俺がもらったチートスキルは全部で7つ。その7つ全部の説明を一度にするとかなり長くなるのでとりあえず一つだけ説明しておこうと思う。他のはまた説明する機会があるだろうからな。
パッシブスキル『英雄の運命 ver2.0』――ヒューマンの戦士系職と魔法系職の2つの職を同時に持つことが出来る。
俺が望んだ全てのMMORPGプレイヤーの夢ってやつは、とんでもない地雷スキルに姿を変え俺の人生を決定付けたわけで。
――『英雄』。
それは本来時代の節目に現れる象徴的人物のことを指し示す言葉だけど、『New World』における『英雄』となると少し意味合いが変わってくる。
『New World』の世界において『英雄』とはイコール『公式ストーリーの主役』である。
そのことを説明する為にはそもそも『公式ストーリー』とは何ぞや? ってところから話さなきゃなんないだろうから簡単にいうと、MMORPGの多くにその世界観をわかりやすく説明するために作られた『物語』が存在する。公式ホームページにのっていたり、漫画やノベライズの形で出版されていたりその媒体は様々ではあるが、これのことを『公式ストーリー』というのだ。勿論『New World』の場合もこの例に漏れず実に9つの『公式ストーリー』が存在した。
当然ストーリーの数だけ主人公がいて、彼らは時にその道を交えながら『大侵攻』が迫る世界において人々の希望を担うべくそれぞれのストーリーで躍動する。そんな彼らにだけ与えられる称号、それが『英雄』である。その『英雄』たちに共通するのが、『本来使えないはずのスキルが何故か使える』という設定。例えば猫人族の『英雄』、『デブ猫キッド』の活躍を描いた『デブ猫の大冒険』において主人公のキッドは物語の途中、艱難辛苦の果てに細剣の二刀流というありえないスキルを手にすることになる。ただでさえ『デブ猫キッド』の職は攻撃速度全職最速と名高い『ナイトオブキャット』、それが2倍の手数で襲い掛かってくる恐怖。もし実際に『New World』内で対戦する事になればはっきりいってそれは悪夢だろう。普通の奴ならなすすべもなく一方的に切り刻まれて終わるしかないからな。少なくても俺はアイツと2度とやりあいたくねぇ。
対して一般プレイヤーはその他大勢の一般冒険者という扱いになる。まぁこの図式は割とどこのMMORPGでも変わりはしない。ちょっと一般プレイヤーの扱いが悪いようにも思えるが、MMORPGってそんなもんだよな、うん。
まぁ少し話が脱線したが、このように設定上一般プレイヤーのアバターには不可能な『本来ありえないことができる』存在。これこそが『New World』における『英雄』である。
だが別の見方をすれば――それは『New World』世界における最大の死亡フラグだ。
何故そうなるかって? ちょっと想像して欲しい。漫画でもゲームでもいいが『バトルもの』の主人公の人生は悲惨だと思わないか? だってあまりにも死にそうになる機会が多すぎる。俺の言葉だけじゃ実感が沸かないなら有名なバトルものの漫画を何でもいい、一つ選んで一般人の目線でその作品の主人公にどれだけの死亡フラグが立っているか一つずつ見ていけばいい。どう考えたって一般人なら生きているほうがおかしいと思うはずだ。思わない場合は脳神経科で一度検査をお勧めするね、俺は。
要するに『戦士系職と魔法系職のダブルジョブ』=俺の『英雄』化=『バトルものの主人公の人生』というわけでして。何という芸術的な三段論法的地雷変化なんだろうな。気づいたときには正直、驚くより先に感心したわ。
とまぁ、つまり、なんだ。そんな死亡フラグが乱立する『バトルものの主人公の人生』が自分の身に降りかかったんだよ。いや確かに自分で選んだ結果なんだが、とはいえだよ?
だから――俺が三日ほどベッドに篭城しても仕方ないと思わないか?
こうしてたった5歳にして幼少期という人生のプロローグは終わり、この日から波乱万丈の2度目の人生の幕が本当の意味で上がった。自らの生存をかけて。いや、今振り返っても俺の人生色々ありすぎて困るわ、ホント。
◇◆◇◆◇◆◇◆
三日後やけくそ気味で無理やり立ち直った俺は未来の生存確率を少しでもあげるための活動を開始した。普通の言い方をするなら「自分を鍛える」なんだが。というわけでそれからというもの俺の毎日は加速度的に『そういう』小説の『そういう』主人公のそれそのものとなっていったんだ。ランニングしたり、勉強したり、もっと大きくなってから始めるはずの魔法の練習したりな。というわけで『そういう』の部分は各自で脳内補正を頼むよ。自分で説明すると死ねるレベルで恥ずかしいからな。
そしてあの神様勢ぞろいの『神祝の儀』、そう悪いことばかりじゃなかった。もらった7つのチートスキルはどれも程度こそ違えどイイモノばかりだったし。……ただいくつかやばいのが混じってただけで。
とそれはひとまず置いといて、まず良いことの代表格だったのがステータスが確認できるようになったことだろう。こんな感じでな。
《ジオ・パラケルスス・ラ・テオフラストゥス Lv1 ファイター/メイジ》
HPととかMPとか力とか細かい事を説明してもそういうマニアックなことは『New World』経験者しかわかんないだろうから説明しないけど、さすがにこれを見たときには感動した。仮にそれが死亡フラグを確定させた原因だとしても。
だって戦士系職と魔法系職のダブルジョブとかMMORPGプレイヤーの誰もが一度は夢見る妄想だったから!
しかしこの時大事だったのはそこじゃない。既にこの時点で『Lv1』だったことであり、そしてドキドキしながら次に確認したアクティブスキル欄に存在したそのスキルであった。
『火球Lv1』
それを見つけた時の俺の喜びをどう表現したらいいのか? 刀剣マニアが初めて真剣を手にしたときのような、ガンマニアが初めて外国で拳銃を持ったときのような感動といえばいいのだろうか? いや、もっと分かりやすい例えは他にもあるんだがあまりに厨二臭くなるのでこのあたりがいいと思うんだよな。とまぁとにもかくにも笑いが止まらなかった。まさか本当にこの時点で! と。そう思ったらいてもたってもいられなくなった俺は、前々からの計画を前倒しにする事に。
そう、お外への旅立ちである! 何しろ当時うちの両親はとにかく俺が街に行くことはおろか屋敷の敷地内から出ることさえ厳重に禁じていたからだ。まぁ5歳の貴族の子がふらふら勝手に外に出たら勿論問題なんだが、実は禁じられていた理由はそういうことではなかった。その理由を俺が痛みと自分の愚かさと両親の俺への愛情とともに知るのはもう少し後の話になるのだが、その時は上がりすぎたテンションのあまり、その禁止令のことは完全に頭の中から綺麗さっぱり消えうせてしまっていたんだよな。
……俺『忘れる』事は不可能なんだけどなぁ。
まぁ端的にいうと完全に暴走してた。もっといくらでも他にやりようがあっただろうに。ただ初めて鉄砲渡されたアホの子はとりあえず撃つのを我慢できない。そういうことだよな。
ここからしばらくの話は俺の人生の中でも5指に入る黒歴史である。どうか大いに笑ってくれると嬉しい。
◇◆◇◆◇◆◇◆
そんなわけで俺は急いで服を着替え、お気に入りの黒いマントを羽織り、父上がおもちゃ代わりにくれた小さな杖を持って誰にもばれないように隠してあった数枚のシーツを繋げてロープみたいにして3階にある自分の部屋から屋敷を抜け出したのだ。
まぁ今になって当時を振り返ると元々スキルが使える可能性がでた事がなくても結構限界だったんだよな。屋敷の敷地は前世、サラリーマンの息子をしていた頃とは比較にならないほどの広さがあったので遊ぶ場所や運動するところに困った事はなかったし、何かにつけて世話を焼いてくれる優しいメイドさんたちも大好きだったのだが、それとは関係なく体が精神を引っ張ったのか、それとも元々俺の中に眠っていたガキンチョ魂が押さえきれなくなったのかは定かじゃないが、当時の俺は1人で遊びに行きたくて行きたくて仕方なかったのだ。
『男の子』だった経験があるやつらであれば、その時の俺の気持ちは分かってもらえると思う。結局いつまで経っても、例え2度目であっても男ってやつは永遠にガキなんだと思うよ。
俺の家はワトリアの街の中でも貴族が屋敷を構える北の一角にあるのだが、街から外へと繋がる出入り口はワトリアの中心街を通る必要があったので、5歳の俺はテレビの中でしか見たことがなかったヨーロッパの古都を思わせる石造りの街を歳相応の視点から見上げながら隠密よろしく人に紛れ馬車の影に隠れるなどしてようやく初めて外へと飛び出したのであった。
そうして初めて1人で見た外の景色は忘れられない。いや、元々スキルの関係上忘れるってことが本質的に出来なくなってるんだけど、そういうのとは別に何というか感慨深かった。
鮮やかすぎるくらいに鮮やかな新緑の緑と空の青のコントラスト。屋敷の庭のそれとは比べ物にならないほど濃い自然の匂い。その時初めて「冒険の世界に来た!」と実感できたのかもしれない。
そうして記憶と目の前の現実とをすりあわせながら、南へと延びる街道を少し行ったところで俺は目当てのやつを見つけた。
街道を呑気に横切っていた体長1mに迫る大きなネズミ。それこそがその時俺が探していた『New World』における最弱モンスターの一つ、ウェアラットだった。その姿はほとんどカピパラそのまんまなんだが顔がいただけない。全然かわいくないんだ、これが。
普通ネズミってかわいく作るもんだと思うんだけど、スタッフが何かネズミに敵対心でももってたんじゃないかっていうぐらいかわいくないんだよなぁあいつら。何というか絶妙にグロい顔というか。
にしてもゲームだった頃と違うのはその存在感。そのネズミにしてはあんまりな巨体とグロテスクな顔があいまって……、たぶん小さな子供なら泣くと思う。
初めて見たモンスターにドキドキしながらも気持ちを落ち着けてやつのことを良く見る。集中しながら目の前10mほど先にいたそれにターゲットをあわせ、杖を構えて意識の中でスキルを行使した! 『火球Lv1』と!
それと同時に杖先に見たこともない光で出来た文字が展開し、知らずの内に自分の口が何やら呪文を唱えていると思った次の瞬間、杖の先端に小さな火の玉が浮かびあがった!
俺が自分が起こした奇跡、いや魔法に感動しているとその小さな火の玉は宙を切り裂いてウェアラットに直撃し、その毛むくじゃらの体を火達磨にした。
やがて倒れたウェアラットはうっすらした光りとともに消えうせ、そこに残ったのは2Gと素材アイテム『動物の皮Lv1』。
「うおおおおおおおおおおお!」
とまぁ正直情けない話なんだが、この後俺は興奮しきって大声をあげて大喜び。だって自分が魔法使いになったんだぜ? あの万能感はちょっと前世では味わえなかった。そして初めて拾う金とドロップアイテム………。
何ていえばいいのかな? とりあえず最高に楽しかったんだ。あればっかりは体験しないと分からないと思う。とりあえずその時思ったことはファンタジー最高だぜ! ってこと。
なぜ丸焼きにしたネズミからアイテムや金が落ちるのか? なんて突っ込みどころ満載なことも完全にスルーしてな。
完全に暴走した俺はウェアラットを探し回り、見つけたら『火球』の繰り返しで……。いや、お恥ずかしい。サル以下だな、我ながら。
気がついたら妙な光りが俺を包んでいたんだ。そしてそれがレベルアップのエフェクト(画面効果)だと気がついた。
急いでステータスを確認すると、
《ジオ・パラケルスス・ラ・テオフラストゥス Lv2 ファイター/メイジ》
となっており再び歓喜の雄叫びを爆発させた俺。
その後も日が暮れるまで休憩と戦闘と繰り返し、日が暮れる頃にはレベルは3になっていた。
冷たい風が頬を叩いた事でようやく冷静になった俺は、今日の大冒険に満足しながら街道を一路北へ我が家のあるワトリアに向かって帰っていったんだが、街の南門まで帰った俺を待っていたのは一大事が起こったかのように走り回る街の衛兵達と両手を組んで激情を必死に押さえ込んでいる父上と泣きはらした顔で俺に文字通り飛びついてきた母上。
その後俺は父上のゲンコツによるお叱りを頂いてから今後絶対に勝手な事をしないと約束させられたあとご迷惑をかけた街の皆さんに謝って回ったのだった。
まぁ男なら誰もが一度は通る道とはいえ、我ながら自業自得にも程があるって話だよな。
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