第三話 驚きの連続はまるでドミノのように (改稿版)
世にも珍しい体験というやつは、一つ体験するとどうやらドミノ倒しのように連続して起こるものらしい。よくテレビの珍しい人の特集で「自分の母親のお腹にいたときの記憶がある人」っていう話があるだろ? そんなことまで自分で体験する事になるなんて夢にも思わなかったわけで。まぁ人生二回目ともなれば色々あるよな。
ちなみにその時どんな感じだったかっていうと、何というか灰色の小さな部屋で温かいものに守られている。そんな感じ。
でもそれだけじゃなくて、すごくいいことがあった。それは小さな部屋の外からの声。
――はやく生まれておいで、私の愛しい赤ちゃん。
――安心して生まれてきておくれ、私の子よ。
生まれる前から2度目の親にも自分は愛されている。そう思えたから俺は2度目の人生に何の不安も持たずに飛び込むことができたんだ。
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ということであらためて自己紹介。はじめまして、「中村秀人」改め「ジオ・パラケルスス・ラ・テオフラクトゥス」だ。我ながら長ったらしい名前なんだが、これはいわゆる貴族名ってやつである。つまり俺の生まれ変わり先は貴族様。まさか由緒正しいサラリーマンの次男坊だった俺が貴族様の1人息子になるなんて予想すらしなかったぜ。
ていうか前世の知り合いに言っても絶対誰一人信じちゃくれない。間違いなく鼻で笑われて終わりだ。
それはさておき、生まれなおしてから初めて自分の姿を鏡に映された時は衝撃的だった。これが自分か? とさすがにまだ良く見えなかった目を疑った。だって映っていたのは真っ白なおくるみに包まれたかわいらしい赤ん坊だったんだが、髪の色は日本人の特徴である黒髪ではなく西洋人のようなふわふわの金髪、いや黄金色で、おまけにこの世界でも極めて稀らしい紫水晶色の瞳が鏡越しに自分を見ていたのだから。
思わず口をあんぐり開けてしばらく自分自身とにらめっこしちまったよ。あと自分のことをかわいらしいとかいったことについては勘弁してくれ。あの時は鏡に映ってるのがとても自分だとは思えなかったからそう思ったんだって。
……あとその辺の時代の話はこれ以上聞かないでくれると助かる。おしゃべりな俺だが、あの極限を超えた羞恥プレイの数々の話だけ(・・)はしたくないんだ。絶対に。
だって最高に黒歴史だと思わないか? 赤ちゃんプレイってさ。分かるだろ?
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そんなみんなに愛されながらも最高に恥ずかしい乳幼児時代が何とか過ぎ、俺は5歳になった。この年は俺の人生にとっての最初の分岐点だったから、その時の話を少ししておかないと。
まぁ5歳になるまでにも周りの大人達からすれば、俺は盛大にやらかしていたらしいがその辺の話は割愛する。さすがに普通の子供の真似を5年間もやるのは元24歳的には随分無理があったんだよ。そのせいであまりに子供らしくない子供だったのだろう、屋敷のみんなから「神童」とか「100年に1人の天才」とかあまり言われたくない類の褒められ方をしたのはご愛嬌ってやつだ。
……3歳で四則計算どころか2次連立や3次連立を完全にこなしたのはやりすぎだったと思うけど。さすがにもう時効。
そんな転生物の小説の主人公そのまんまだった俺の5年間だけど、こうみえて別に遊んでばかりいたわけじゃない。その間に母上の抱擁タイムの合間を縫って家所蔵の書籍をかたっぱしから読み倒し、愛くるしい子どもという隠れ蓑を最大限に利用してまるでどこかの国のスパイのように情報収集に努めた結果、実に数多くの重要な事実が判明した。
中でも重要なことは3つ。まず1つ目に現在地。俺が生まれたテオフラクトゥス家があるのが《New World》世界においてヒューマン族のスタート地点から最寄の町であるエルトリン王国の『始まりの街ワトリア』だということ。
ちなみにヒューマン族のスタート地点は、戦士系職の場合は『戦神の鍛錬場』、魔法系職の場合は『エルトリン魔法学院』という。ありがちな名前だろ? 俺もそう思う。
2つ目は俺がそんな街にある魔法ギルドのギルドマスターの息子として生まれたこと。これにはびっくりした。というかそうだと知ったときには驚きのあまり、絶叫する代わりに大泣きしたほど。その名は、《New World》で《アルケミスト》を使っていた人間なら絶対に忘れたくても忘れられないものだったから。そう、今生の俺の父の名はフィリップ・パラケルスス・ラ・テオフラストゥス。
NPC、つまりRPGゲームにおける登場人物だった彼は、《アルケミスト》関連の転職イベントでは必ずお世話になる設定上大陸有数の《アルケミスト》であり、そして彼から命じられるその転職クエストのあまりの難度とうっとおしさの為、プレイヤー達に必ず一度は「殺す」決意をさせることで有名なお方だった。どれ程恨まれていたかというと「『テオフラストゥス』をどうやって殺す?」っていうスレッドが某所に立つほどに。
勿論俺自身も例外じゃない。というかむしろ率先して殺る側の人間だった。
そんな彼の息子になるとは……。テンプレ転生なんてありえない出来事に巻き込まれてもうそれ以上驚く事はないのかな? と思った時もあったがそんなことはまったく無かったな。
そしてそんな父上の伴侶であり、俺を生んでくれた母の名がエレーヌ・メルキオル・ラ・テオフラストゥス。その姿はまさに深窓の令嬢といった風情の儚げなブロンド美人なのだが、その実体は愛情をエネルギー源にした大型ブルドーザー。エンジンがかかったらほんと誰にも止められやしないんだから、あの人。そんなわけで俺が生まれてから3歳になるまでの間、やれ貴族の奥様同士の付き合いだの、やれどこぞの貴族様主催の夜会だので忙しいはずの貴族の奥様が、その辺の事をほとんど放り出して俺にべったりだったんだからその溺愛ぶりは想像してもらえるだろう。まぁ俺といえばそんな事とは露知らず、前世のおふくろにしてやれなかった分の親孝行という気持ちもあり当時は母上のなすがままにしていたのだが、その過剰なほどの愛情がうれしくありながらもかなりくすぐったかった。
理由を知っている今となってはそういうことだったのかと素直に納得できるようになったし、もう少し子供らしく甘えてあげればよかったかと思う。ただ中身24歳+αとしてはどうにも定位置母上の膝の上というのはキツかった。すげーいい匂いで、すげー柔らかかったけど。
ちなみに俺を溺愛したのは母上だけじゃなかったとだけ言っておこう。ヒゲは痛い。
まぁうちの両親が親バカだったということはひとまずおいといて3つ目は貨幣価値。色々話を聞いて判断した結果おおよそではあるが、1Gは100円だという事が判明した。その事実が判明して一番最初に心配したのはインフレだったんだが、どうやらその辺はファンタジーらしい。さすがだね、ファンタジー。気にしたら負けだわ、うん。ちなみに1G100円換算が正しいとすると、俺の《New World》での総資産は日本国全てのそれとさほど変わらない程度の額の金を持っていたことになるんだが……。この辺も気にしたら負けだろうな。
そしてこれが一番知りたかった事。つまり『今』が『いつか』だ。そしてそれは生まれてから割と早い段階で分かった。他ならぬ自分の誕生日が前世でいうところの元旦だったから。そして俺の誕生した年は神聖帝国暦535年、すなわち《New World》のサービス開始(オープンβ)の15年前だった。何故それが分かるのかというと神聖帝国暦550年のアサイオンの大神官マルフィアの神託によって、モンスターの大侵攻が始まるという予言を聞いた多くの冒険者たちがこの困難な時代に立ち向かう為、それぞれ種族の訓練施設から旅立っていくっていうのが《New World》というゲームがそのサービスを開始した時の設定だったからだ。
そのことを知った俺は乳幼児にも関わらず邪悪にほくそ笑んだ。内心では狂喜乱舞で大笑い。だってさ、全ての情報で最も価値があるものは何だと思う? 答えは「未来の情報」。この時点で俺の勝ち組人生は決定した、そのはずだったんだが。
……まぁそうは問屋がおろさない。転生しようがチートになろうが人生ってやつはやっぱり甘くなかったわけで。
もう一度言おう。神様に何かお願いするときは用量、用法を守って「きちんと正確に」。さもなくば間違いなく俺の二の舞になるから。
……えぇ、盛大にやらかしてくださいましたよ。あの幼女様。とはいえ半分以上は俺の自業自得なんだけどな。我ながらうかつな選択をしたもんだ。言われてみればそうだったんだがそこまで考えられなかったんだよな、あの時の俺は。
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「ジオちゃん! 準備はいいかしら? あら、かわいい! この子はどうしてこんなにかわいいのかしら!」
自室でメイドさんたちから着替えさせられていた俺は、そう言いながら部屋に飛び込んできた母上に突然抱きかかえられた。母上は割といつもこうなので俺もメイドさんたちも慣れたものだ。
そんな母上が身につけているのは、おろしたてではあるが素朴な印象の袖の長い麻のワンピース。そういう俺も似たようなものを着ている。麻でできた長袖と長ズボンの服で飾り気など一切無いそれは、一応貴族である俺たちが着るには若干そぐわないものだろう。
言い方は悪いが何故親子揃ってそんな粗衣を着ているのかというと、勿論理由がある。それが俺がこれから受ける《神祝の儀》だ。《神祝の儀》とは簡単にいうと子どもが5歳になったときその健やかな成長を神に感謝するこの世界での七五三である。七五三が分からないってことはないよな? あの3歳と5歳と7歳の時に綺麗な服着て、神社に行って、千歳飴もらうアレだよ、アレ。七五三との見た目の大きな違いは綺麗な服を着ないこと。この世界では神様は実在しているので、神様の前で華美な服装はNGなのだそうだ。
所変われば常識変わるってやつだよな。ちなみに俺はこの服が好きになり、これ以後プライベートなところでの普段着はこの麻の上下を黒く染めたものを愛用するようになった。エルトリン王国のある大陸西部は雨季と乾季が存在し、前世でいうところの地中海式気候に近いため、こういう肌触りが荒い代わりに風通しがいい服が過ごしやすかったからだ。
と、服の話はさておいてこの時の俺はワトリア市街中心部にある神殿に行って《神祝の儀》に臨む直前である。
母上に抱きかかえられ、メイドさんたちには微笑ましいものを見る目をされているこの時の俺なんだが、平静を装っているように見せかけていたのだが、内心はまるで荒海に乗り出す前の手漕ぎボートのような状態で。何故かというとこの《神祝の儀》、ただの七五三ではなかったのだから。
この世界ではヒューマンだけでなくエルフやドワーフなどの人族はもれなく全て神の祝福を受けて生まれて来るそうだ。ポピュラーなのは光と正義を司る大神や戦神である《アージェント》などだろうか? 人族はそういった神々の祝福を受けて生まれるのだが、子供がどの神様から祝福を受けているのか初めて分かるのがこの《神祝の儀》。これは思いの外重要な事であった。何故なら冒険者になるには勇気と冒険の神である《アルリオン》の加護が必要なのだというのだから。
もし加護無しなら俺何の為にこの世界に来たか分からん……、と俺が思ったのも無理がないと思うだろ? さすがにそれはないと言い聞かせていたが、やはり一抹の不安は拭えなかったのだ。
そんなわけで割とブルーな気分で神殿に向かった俺を待っていたのは――
「あの、もし、聞こえておられますでしょうか? 『御子』」
俺を『御子』呼ばわりする神様の群れだった。
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何故こんなことになった……。2度目の経験だが頭を抱えざる得ない。確かつい先ほどまで父上と母上に連れられて《神祝の儀》を受けていたはずの俺はいつの間にかあの『神様空間』に再び拉致されていたからだ。
そして目の前には片膝立てて座るこの世界の神々――
え~と。どうしろっていうんだよ、凡人の俺に。
呆然とする俺に、困ったような顔で比喩でも何でもなく光り輝く人が丁寧な口調で話しかけてきた。
「御子。混乱しておられるご様子とお見受けしますが、まずは自己紹介をさせていただきます。ご存知かとは思いますが、私この世界をお預かりさせていただいております神の一柱で《サーアリオン》と申します」
そう俺に語りかけてきた光る人を皮切りに次々とゲーム知識で名前を知っている神様たちが俺に名乗りを上げてきてくれる。
設定上闇を司り暗黒神と呼ばれる《エリファリアン》までいたのには吹きそうになった。お前ら仲悪いんじゃないのかよ、と。
そうして話を聞いていくとつまりはこういうことだった。
便宜上俺が元々いた世界は『大きな世界』、そして俺が今いるこの世界が『小さな世界』とする。そして世界は誰かに認識された段階で初めて存在する事ができるようになる、と何か哲学の真理みたいな事を言われたのだが、さすがに俺の理解の限界を超えていたのでこの辺はパスさせてくれ。つまりどういうことかというと『大きな世界』の神様であるあの幼女様にこの世界に渡らせてもらった俺は、彼ら『小さな世界』の神様たちにとってはお預かりした大切な『御子』なのだそうだ。そして本来自分たち神々が一人間の前に雁首並べるのはよろしいことではないのだが、この《神祝の儀》を機会に一度目通り願いたくてこのようなことになったらしい。
つまりは親会社の社長の息子を出迎える下請け会社の重役さん一同みたいなノリ。話のスケールがでかいのか、小さいのか。
あたふたと戸惑う俺をニコニコ見ている神様達。どんな光景だと突っ込まざる得ないのだが俺にはとりあえずまず聞かなければならないことがあった。
「え~と、《アルリオン》様。俺に貴方の加護はいただけるんでしょうか?」
もらえないとなれば俺にとっては死活問題、だって冒険者になれないんだもの。だから本人(?)に確認したのだ。
「勿論ではございませんか! 御子! 御子は尊くも冒険者としてこの世界で生きていかれたいとお思いになり我らの世界にお越しになったと伺っております! そのことはこの《アルリオン》の末代までの誉れ! これに勝る喜びがありましょうか!」
とそんな事を涙を流しながら言う白き鎧をまとう美丈夫が、冒険者を守護する勇気と戦士の神。キャラは見たまんまの熱血系。扱いに困るよな、こういう人。いや、人じゃないんだけどさ。何ていうか某テニスの人とよく似た臭いがするんだよな、この神様。
とはいえご本人の確約をいただいてほっとした俺に代表者である《サーアリオン》が再び声をかけてきた。
「御子、名残惜しゅうございますがあまり長々とお引き止めいたしましても失礼かと存じますので、端的に我らの方針をお伝えいたします。
まず我ら神々は貴方様の人生に対し何か特別扱いをさせていただくわけではありません。非常に残念ではありますが。我らにも役目があり、例えばそこにいる《エリファリアン》と私は兄妹にも関わらず対立しているという役割を演じなければならぬのです」
この世界の安定のために、と苦笑いとともにそう話す《サーアリオン》と彼の後ろで同じような笑顔を浮かべる《エリファリアン》。それを聞いて幼女様もそうだったが神様というやつは気楽な人間よりも遥かに大変だと思わざる得なかった。
そんな俺の内心を察したのか、それとも心を読んだのか知らないが明るい声がかかる。
「御子が御気になさることはありません、御子は御子の思うように生きてくださいませ。直接の手助けこそできませぬが我ら神々は全て貴方の味方でございますから」
そういって今度は快活に笑う《サーアリオン》。そうしてからおもむろに懐から手紙を取り出した。
「そしてこのたび突然こちらに来ていただいたのは御子宛にこのお手紙をお預かりしていたからです。勿論あの御方から」
そういって彼から手紙を受け取る。封筒を開き、中身を見て、卒倒した。
それは俺が幼女様の時候の挨拶からはじまった俺へのプレゼントの目録。
そして自分の選択が予想もしない形でごん太の死亡フラグを立てていたことを俺に悟らせたそれは――
大幅に改変、そして追加されたチート能力の一覧表だった。
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