プロローグ (改稿版)
――青い燐光を放つ化学式に酷似した魔術文字が虚空に展開した刹那。
『爆発』(エクスプロージョン)が炸裂。鼓膜を破りそうな爆音とともに爆風が吹き荒れ、鎧人形たちを塵へと還す。
だが次の瞬間、部屋の四隅にある宝玉の輝きとともに再び現れる完全武装の鎧人形たち。
――まったくうっとうしい。おまけに中身ががらんどうなもんだからガシャガシャとうるさくてかなわない。
俺は大量の鎧人形共に囲まれて喜ぶ趣味なんてこれっぽっちもないので、人形には守護者とばかりに、思念をもって命令を飛ばす。
――いけ、パラスアテネ。
――御命承リマシタ、マスター。
その呼びかけに、俺の背中を守っていた黄金の輝きを放つ美しき戦女神《オリハルコンゴーレム/パラスアテネ》が進み出て、鎧人形たちに躍りかかり左手に握った長槍でなぎ倒した。
西洋史に燦然と輝く都市国家アテナイの守護女神、ギリシア神話最強を謳われる女神の名を冠する彼女こそ美の極みと力の極みを体現する俺の無敵の守護者。
その名に違わず次々に群がり来る人形どもをまるで寄せ付けず、その振るう一撃ごとにやつらをまるで薄紙でも切り裂くかのように蹂躙していく。
それでも宝玉の輝きとともに無限に復活するやつらの猛攻が止まる事はない。それでもパラスアテネが作り出してくれたわずかな空間分、俺が前に歩みを進めるとようやく視線の先に出口が、それを塞いでいる小さなアンティーク調の扉が見えた。
こんなところで悠長に時間と体力を使ってる場合じゃない。そう判断した俺は一気に移動力強化スキル『スプリント』と回避率超上昇スキル『ミラージュステップ』を発動させ、強行突破を図る。
『スプリント』も『ミラージュステップ』も一分少ししか持たないがそれで十分。
多少強引でもあの扉さえ吹き飛ばせばこの厄介な鎧人形どもは消える。俺はそれを『知っている』からな。
「テト、俺は今から強行突破する! 殿は任せた! アリア、エリア、テトのサポート! リューネ、シルウィは俺を弓で援護!」
「ジオ様?」
「そんな! むちゃくちゃです!」
「兄様! アリア! 言ってる間に手を動かして!」
「了解だにゃ!」
「……任せてください」
戦いの喧騒に負けないように叫んだ俺の指示に返ってくる俺の従者たちの声。
――テト、アリア、エリア、リューネ、シルウィ。
あんなに小さかったのに大きくなったものだと、いつの間にかこらえきれずに口元に小さな笑みを浮かべながら俺は一歩前へ。修羅場の真っ只中へわが身を滑り込ませ、群がり来る敵の攻撃を自分では余裕を持って、見た目には全て紙一重でかわしながら進み、数十秒後ようやく『射程範囲』に到達した。
――己の感覚が告げる。『ミラージュステップ』の効果が切れるまで残り十秒。
部屋のほぼ中央、殺到する剣群を全て回避しながらの『爆発』を行使しようとしている俺は、周りから見ればダンスでも踊っているように見えたのかもしれない。スキルの効果と、そして極度の集中力で自分の回りが全てスローモーションに見える中、目の前を無数に交差する鈍色の線。
そんなまったく笑えない現状に逆に余裕ができてしまったのか、僅かに残った脳の余裕で今までの道のりを思い出してしまった。
――七秒。ホントにここまでいろいろあったなぁ、いい事も悪い事も。
俺の後ろには仲間たちが富と栄光と名誉、そして俺の我儘のために死力を尽くして戦ってくれている。轟く爆音、絶え間なく響く剣戟の音、それがどこか遠いもののように聞こえるから不思議だ。
――三秒。そんな事考えてる場合じゃないのにな、まったく。そう思いながら一瞬閉じたまぶたに映る俺の女神様の花の顔。
零! ……惚れた女を待たせてるんだよ! さっさと消し飛びやがれ!
『爆発』を示す魔術文字の完成とともに再度俺の目の前で吹き荒れる破壊と爆音の双子のワルツ。『アルケミスト』職が誇る強力無比なその一撃の余韻が消えた時には、重々しく閉じていた扉もそして鎧人形たちの姿もどこにもなく、背後から上がる歓声に振り返りながら、ふとらちもないことを考えてしまった。
今振り返ったのは後ろの歓声の景色か、それとも俺が今まで歩いてきた道のりか。
こんなことを考えてしまうところをみるとどうにも今日の俺は、さすがにいつも通りにとはいかないらしい。
それはそうかもしれない。長かったからな。ここまで来るのに25年……。
やはり”ゲーム”と”現実”は違う。
”ゲーム”だった時には5年ちょっとでここまで来たのになぁ、と。
俺の名前はジオ・パラケルスス・ラ・テオフラストゥス。
ヒューマン族の魔法6職の一角、『アルケミスト』の3次職であり到達職 『ヘルメス・トリスメギストス』であり、冒険者ギルド『十七人の賢者』のギルドマスター。
前世の名前は中村秀人。
いろいろあってMMORPG『New World』に酷似したこの世界に転生した、さえない元大学院生だ。
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