表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
New World   作者: 池宮樹
ある男の回想 前世から幼年期まで
18/22

第十四話 運命とは常に後ろからひき殺す勢いでやってくるものである (1)

 さてさて、記憶を順繰りに、要点だけ抜粋して思い返してきたがようやく来たな。この世界に生まれて九年目。よく考えてみれば今までの八年間はこの年のための伏線だったんじゃないか? とさえ思える。


 ……ていうか改めて考えたらどう考えてもそうとしか思えん。何て漫画みたいな俺の人生。年齢一桁のころから波乱万丈、イベント満載とかマジで笑えねえ。俺は某日本一売れてる週刊少年誌の主人公か。


 だが逆にいえば死ぬほど思い出深い……いや、黒歴史だな。思い出したくはないけどここを抜かすと、その後の俺の人生何のことやらになっちまうし……抜かすのは無理だな。


 とりあえず俺が九歳になったこの年はいろんなことが分かった年である。


 父上たちが幼い俺をろくに外に出さず、人にも会わせず、屋敷の中に抱え込んでひた隠しにしていた理由わけ。それでいて幼い俺が積極的に冒険者として力をつけようとすることに誰も反対しなかった理由わけ。異常な才能を持っているとはいえ、たかが年齢一桁のガキ一人のためにレベル60台、Aグレード冒険者にして『世界樹の守護者』たる『黄道十二星座ゾディアック』の一角、『氷刃』アリエス・イナ・サラシアスという大陸屈指の実力者を招いた、いや招かざるを得なかったその理由わけが。


 そして俺が今の俺になる第一歩を、自分の足で踏み出した大事件の起こった年でもある。


 ターニングポイント。俺の人生における『最初の転機』。


 いや、我ながらなかなかヘビーな人生送ってると思うわ。誰か褒めてくれ。


 

◇◆◇◆◇◆◇◆


 

 毛布をかぶって布団の中でうずくまるかのように脅えながらも、色んな人間の優しさに甘え、そして先生から渡された刃を時折手に取って自分の傷の深さを確認する。その繰り返しの中で一歩もどこにも動けないようなときでも日は昇り、そして日は落ちる。そうして容赦なく時は過ぎるわけで。


 その年俺は表面上は平静を装いながら、しかし内心で恐怖と諦めでいっぱいにして九歳となる新しい年を迎えた。

 

 そんなヘタレな俺にやってきた切欠は、またも外から、雨季の名残の細い細い、霧のような雨が降るある日、いつものように唐突にやってきた。


「久しいな! ジオ! 私のかわいい孫! お爺様がお前のために最高の許婚フィアンセを決めてきてやったからな!」


 来客ということで呼ばれた俺が応接室に向かいドアを開け部屋に入ったその瞬間、いきなりすくい上げて実に熱烈に抱きしめながら、久々に出会ったその人はそういっていきなり特大クラスの爆弾を投下したのだ。


 爺やではなく、お爺様。


 つまり、シルヴァン・メルキオル・ラ・アングレーム公爵である。


 数少ない幼少期の我が家に来るお客様であり、王国西部に広大な領土を持ち、さらには王室に連なる、つまり王家の外戚にあたるエルトリン王国屈指の大貴族のアングレーム公爵家の当主。いかにも貴族的な優雅さを誇るリッパな口ひげをたくわえた長身かつ痩身のダンディな初老の男性。その挙措は優雅でありながら眼光は鋭く、まさに百戦錬磨、海千山千の大貴族というに相応しい我が母上の父。しかも開明的で進歩的、貴族という言葉から連想されるようなネガティブな部分などほとんどない、まさに貴族の中の貴族、貴族の鑑のような人物らしいのだが……。


 あいにくそんな姿、俺は今まで一度も見たことがない。残念ながら俺にとっては、今も昔もただの愛すべき爺バカである。


 とりあえずこの爺バカは普通のそれとは桁が違う。


 特に末の娘であり、様々事情があって我が父に嫁ぐこととなったかわいい愛娘の、その愛息であり、外孫でもある俺に対するそのバカさ加減は、はっきりいって過剰を通り越してもはや異常。その証拠に幼少期の俺がもらったプレゼントの目録の中に、毎年大量のおもちゃや服などだけではなく、宝石や貴金属、果ては『島』や『領地』などが紛れ込んでいたことでも容易く分かると思う。


 ……『島』や『領地』とかギャグじゃないので念のため。実話だよ、実話。怖いよ? 大貴族。庶民の常識とか一切通じないよ? マジで。


 ちなみに他の孫にはここまで暴走などしないのが、余計にタチが悪い。割と最近従兄弟のアンリ兄様やシャルル兄様と酒を酌み交わしながら話す機会があったんだが、どうやら二人の前では、御爺様は実に厳格な祖父であり、貴族の何たるかを体現したような人物であったらしく、俺が事実をありのままの伝えても異口同音に「嘘だ!」といわれてしまった。


 えぇ、俺のほうが耳を疑いましたともさ。話していても全然内容かみあわないんだぜ? 同じ人間の話なのにな。


 それはさておき、当然俺はそんなお爺様のお節介、もといご好意に対して精一杯の抗議をした。だって俺は貴族の許婚フィアンセなんて面倒くさそうなものはまっぴらごめんだったし、それ以上に俺には大好きなマリエルがいたからだ。故に俺は精一杯いった。暑苦しく執拗な、もとい熱烈かつ熱心な抱擁からまるで手づかみされた魚のごとく体をじたばたしてなんとか逃れ、赤いカーペットが一面に敷かれた床を雄雄しく両足で踏みしめて! 「僕には許婚フィアンセなど要りません! 自分の結婚する相手くらい自分で決めます!」と!


 しかし、馬耳東風、ぬかに釘、そしてお爺様の耳になんとやらである。俺の言葉はさも当然のように華麗かつ完全にスルーされてしまい、気づいたときにはいつの間にやらお披露目の場で俺が着る服の採寸が始まっていやがった。


 いや、理屈はというかおかしなことをいっているのはこの場合俺のほうだというのはよく分かる。俺は貴族であるテオフラストゥス家の長男で、嫡男で、一人息子である。一般常識に照らし合わせれば自由恋愛など出来るはずもなく、同じような貴族の婚約者がいて当たり前。ましてやマリエルのような平民を嫁さんに迎えることなど出来るはずもないことくらいは、頭では理解していた。いや、今ならよく分かるというべきか。ただ、お見合いでさえもどこか敬遠されるような雰囲気のあった恋愛結婚至上主義のような時代(これでおよそ俺がいつの辺りの年代の人間か想像がつくと思うが)に、現代日本で生まれ育った経験を持つ俺にとってはそれは未だに受け入れがたい感覚であったことはいうまでもなく、自分の身の回りに既に最高だと思える女性がいたためにその現実がどうにも受け入れがたかったのだ。


 とはいえそんな俺のささやかな反抗など、暴走するお爺様の決定に何の影響も及ぼすことなどできず、さも当然といった風情の強権発動によって、誰もその勢いに抗することなどできずに運命という名の大河は、俺という船を激流へと追いやっていったのである。


 ちなみにえぐかったのは、流れの激しさ以上に角度。急転直下、ウォータースライダー以上の急斜面。しかもところどころ滝があったから、さぁ大変。俺はジェットコースターとかバンジージャンプとかの絶叫系、大嫌いだったのになぁ。


 ……人生二回目ともなると色々大変なのである。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆



 そんなお爺様の突然の来襲から数週間後。


 四角い小さな小窓の外に広がるのは、緑のパノラマ。自転車ほどのスピードで少しづつ視点を変えながら流れる景色は、乾季の初めだけ、雨季の潤いがわずかに残り柔らかな光が降り注ぐこの季節にだけ見せる青々とした緑の山々。この世界に生まれてから初めて見る美しい車窓からの風景は、ただでさえ何もかも初めてこの目にする俺には、何もかもが感動的に映るはずだった。はずだったんだが……俺はその美しい景色を瞳に映しながらも、ほとんど何にも見てやしなかったし、ましてや感動などまったくこれっぱっちもできなかった。


 理由はいくつかある。一つ目。

 

 とにかく馬車というやつは、自動車や電車に慣れた現代人のケツには耐え難いものがあるんだよ。そもそもサスペンションがないどころか、衝撃を吸収しようとするその概念すらない。道が街道で舗装されているとはいえ当然石畳のそれ。地面からつき上がってくる衝撃の重さは、アスファルトのそれとは比べ物にならない。


 それに伴う形で揺れもひどい。小刻みでそして時にダイナミックな揺れが、上下はもちろん前後左右に手を変え品を変え襲い掛かってくるのだ。


 ……とにかくこれが辛い。現代人には分からないあの辛さ。何というかバーテンダーのシェイカーを想像して欲しい感じというか。そんな尻に優しくなくて、そして文字を読んだら一瞬で吐きそうな環境が、俺から景観に感動する余裕というものを根こそぎ奪っていってしまっていた。


 そして二つ目。


「ジオちゃん! きれいね~! どう? 久しぶりのお外は!」


 ……そんな揺れる狭い狭い馬車という名の密室の中でも元気いっぱい、常時愛情過多気味な我が母上に密着マークされていたからだ。さすがに九歳になり、随分と大きくなっていた俺をひざの上に乗せ続けるのは辛かったのか横に座る形ではあったが、その密着振りはサッカー海外リーグの一流DFのそれであり、俺ごときの脱出スキルではあの溺愛という名の密着ガードから逃れることなどできるわけもなかったのだ。ていうか逃げようとしたら母上が泣きそうになるから、その時点で果てしなく無理ゲーである。


 さらに三つ目、そんな馬車の中は俺と母上だけではなく、


「……奥方様。本当にわたしも同乗してよろしかったのですか?」


「いいのよ、マリエルさん。あなたはジオの一番のお気に入りなんですからもっと自信を持って!」


 主人たちが乗る馬車に申し訳なさそうに一緒に乗っているマリエルがいたわけで。


 つまり『激しく揺れ動く馬車という名の狭い個室の中、自分の惚れた女の子の前で、いつまでも若くて美人な母親に密着されながら移動する』という突発的に発生かつ一種変わった拷問が俺に襲い掛かっていたのだ。しかも当然俺の精神なかみは成人男子のそれである。これは地味にきつい。いや、家である程度慣れているから免疫がないではなかったが、それでもきついものはきついのだ。


 ちなみに馬車は俺たちの乗るもの以外に五台ほど連なっていた。貴族の旅行というのは短い期間でもとかく物入りなのだ。


 そして、当然この後会うことになるであろう許婚フィアンセの存在。


 正直、俺自身この世界に貴族として生まれついたが、前世で学んだ歴史の知識や、生前好んで慣れ親しんだファンタジー世界をベースにした多種多様なゲームや小説などの影響から、どうしても我が家や親戚以外の『貴族』というものにあまりいいイメージを持っていなかったんだよな。ましてや『貴族のご令嬢』のイメージと来たらある意味もう最悪だ。我ながら完璧にリアリティのある想像できたから余計に泣ける。


 ようするにこういうこと。『とりあえず偉そう』、『とりあえず上から目線』、『とりあえずツンデレ』、『とりあえず金髪縦ロール』な感じじゃないかと俺はがっくんがっくん揺れながら頭の中でキーワードを繋ぎ合わせてしまったわけである。


 そして最後に。この話を初めて聞いたときに聞いた、いや響いた声が俺を不安にしていたんのだ。そう、お爺様に抱えあげられ驚いているその最中、俺の頭に響いたその声。


 ――パッシブスキル 虫の知らせ(アラート)が発動しました。今後の行動にはくれぐれもご注意ください。


 という《New World》ゲーム内そのままのインフォメーションが繰り返し思い返され、俺の心を不安の中へと深く沈めていったのである。



◇◆◇◆◇◆◇◆



 そうやって馬車に揺られる事丸三日。ワトリアの街から王都エルトリンシティへと向かうその道の途中に、今回の俺たちの目的地はあった。


 そこは首都エルトリンシティと副都ともいえるワトリアの間にある要衝に領地を持つ大貴族、サーペンディア家の屋敷であり、その場所で俺の社交界でのお披露目と婚約をおこなうことになっていたのだ。


 まぁ、そんな風に相手のお屋敷に向かうラストスパートの途中、俺は実に腹黒であった。何しろ考えていたのが、「婚約を破談にする20の方法」という少しなにかが間違ったらベストセラーが達成できそうなことだったから。我ながらとても九歳児の考えることではないが、俺の精神なかみはこの時点でトータル三十路オーバーである。非道も邪道も関係ないとばかり悪い考えにふけっていたのだ。


 そんな真っ黒な俺を乗せた馬車がついに止まり、長時間密室に閉じ込められていた鬱憤を一刻も早く晴らすべく馬車を飛び出した俺の目の前にあったのは、城であった。


 ポカーンである。いきなり目の前に城。そんな俺に母上が暢気にいう。


「あぁ、ジオちゃんは初めてだものね。すごいでしょう? こちらが今回お世話になるエルトリンはおろか諸外国にもその名を轟かせるサーペンディア伯爵家の『白蛇城』よ。ビックリした?」


 ええ、ビックリしましたともと言葉には出さずに答えながら、どうやらこのドでかい城こそが、今回お世話になるサーペンディア家のお宅と納得せざるを得なくなった俺。


 久々に思った。貴族マジでありえないと。実家の屋敷の広さだけでも許容範囲超えてたのにどんだけだよって話だよ、まったく。


 だって自宅が城とかありえない。俺の常識的にありえない。この時点での俺は母上の実家であるアングレーム家やエルトリン王宮といったさらにやばい場所にいったことがなかったから余計に驚いた。


 取り合えず一言でいい表すなら、城でした。ていうか実際に城でした。


 いや、うちとかまだまだ軽いもんだったんだな~と思い知らされたわけだ。そんな考えで頭の中をグルグルさせながら、城の周辺に広がる広大な緑をしばし呆然とそれらを見つめる俺。よほどあっけに取られていたからだと思うんだけどそんな俺の前に、いつの間にやら彼女が立っていたのだ。


 いくらぼ~としていたとはいえ、さすがに目の前に隠す気のない気配があったら、それに気づかないほど俺もバカじゃないから、急遽ピントをかなり遠くから自分の目の前に合わせてみたところ……もう一度驚いた。


 そこには、美しい金髪をいくつも細かく縦ロールにした淡いピンクのドレスを着た女の子が立っていた。美少女といっていいその彼女の整った顔立ちの中で最初に俺の目に印象的だったのは、気の強さを強く感じさせる少しつりあがった目じりと緑色の瞳だった。それから全開の綺麗なおでこ。綺麗な鼻筋、形のいい唇と俺の視線がたどったところで、彼女の口から吐き出された言葉に俺はビックリするやら仰天するやら。


 つまり、こういわれたわけなんだよ。


「は、はじめまして、ごきげんよう! 私がクリスティン・アレシエル・ラ・サーペンディアよ! 貴方がジオ・パラケルスス・ラ・テオフラストゥスね? 仕方がないから貴方を私のフィ、フィアンセにしてあげるから感謝しなさい!」


 ……それはこの数日前、馬車の中でシェイクされるという最悪な状況の、最悪な気分の時に想像した俺の妄想と寸分違わず。それはもう、見事なまでに『とりあえず偉そう』で、『とりあえず上から目線』で、『とりあえずツンデレ』ぽい言動の『とりあえず金髪縦ロール』のお嬢様が俺の目の前にいたわけで。


 テンプレートとは、決まった場面で最もよく用いられるが故にテンプレートになりうることは知っていたが、実際にテンプレートそのものに出会ったときの衝撃を再び思い知らされた。そして死亡→神様→転生以来の完全無欠のテンプレートにぶつかって、とりあえず俺の頭は真っ黒から一気に真っ白へと急転直下。


 いや、瓢箪から駒とはいうけど実際自分の身に降りかかったら本当にビックリするから。


 そんなこんなでこれがクリスとの初めての出会い。思えばあいつ、笑えるほど子供のときからほとんど変わってないなと俺は思う。まぁ、そういうところがかわいいんだけどさ。

お読みいただきましてありがとうございます。

ご意見、ご感想、誤字脱字の指摘など幅広くお待ちしております。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ