第六話 しょせん世の中、金 後編 (改稿版)
慣れた手さばきで薬草をすりつぶし、分量を量り、水を加え、火にかけて、そしてゆっくりと冷やす。
その全てが流れるような手さばきで。自分でいうのもなんだけどな。
そうして俺は店の奥にあった薬の調合室で、30分もかからず5本分のポーションを作り上げた。
そう、俺は謹慎期間だった半年のかなりの時間を父上専用の調合室でポーションの調合の練習に費やしていたのだ。
その結果がこれ。トマトジュースみたいな色のちょっとチープな感じがする赤い液体。直前に見せたポーションとまったく変わらぬ出来のものがそこにあった。
「どうかな!」
満面の笑みで結果に胸を張る俺。
「こいつは……、びっくりだな。ポーション作りの基本中の基本とはいえここまで完璧に出来るやつはそうはいねえ……。坊主、お前さんはいったい……」
一方先ほどまでの好奇心に満ちた顔つきが嘘のように狼狽した顔をした『道具屋ブエロ』。そう、驚かないはずがない。こんなことが普通の6歳児にできるはずがないのだから。そもそも6歳児というのはまだまだべったりお母さんにへばりついているもので、まだ小学校にも行けず幼稚園や保育園でお遊戯したりしている時期の子供なのである。
そんな6歳児の俺が冒険者の街ワトリアでその名を知られた道具屋の店主をうならせるポーションを作る……異常としかいいようがないよな。
1つ1つ手にとって実際に中身を確かめるおっさん。
「……どうかな?」
「……これ以上のもんはまず望めんだろうよ。単純なポーションだとはいえ俺が知る限りここまでのものを作れる人間を俺は片手の指で数えるほどしか知らん」
その言葉とともに今度は重々しく口を閉ざす。
そうしてしばらく小さな部屋に薬独特の匂いと沈黙が満ち、そして匂いが少し薄れだした頃、ブエロのおっさんは目に肉食獣を思わせる剣呑な輝きを宿して自分を取り戻していた。
「坊主……、いやジオ。お前さん何を考えてこれを俺に見せにきたんだ?」
その言葉に俺は第二関門の突破と自分が本番までこぎつけた事を知った。
「あのね、おじさん。僕……お金が欲しいんだ」
そう、俺が今日ポーション作りの技を携えてこの店を訪れた理由、それは商売の為。
MMORPGで最も大事な金の為だったのだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆
よく《New World》のプレイヤー同士で言われていた格言の一つにこういうものがある。「金5割、レベル3割 腕と人脈が1割ずつ」と。
これはMMORPGにおける金の重要性を端的に語った非常に分かりやすい言葉だと今でも思う。
金の力というのは恐ろしい。金さえあれば初心者であろうがプレイ開始直後からグレード最強装備だって揃えられるし、各種回復アイテムやこまごまとしたものをそろえるのにだって困ることがないのである。
グレード最強装備さえあれば、それが初心者であろうと適正レベルの敵にやられる事はほとんどありえないし、各種消耗品があればその元々低い死亡確率を限りなく0に近づけることが出来る。
故に俺はレベル上げができなくなった謹慎期間に如何に時間を有効に使うかを考えたとき、真っ先に『金儲け』の方法を考えた。そして結果として『ポーションを作ろう』という答えに行き着いたのだ。
もちろんそう考えたのには理由があった。それは何故か『スキルで作成可能』だったからだ。スキルで作成可能でさえあればMPと材料の続く限り、簡単かつ安全に金を得る事ができるだろうからである。
初め『スキルで作成可能』なことに気がついた時にはさすがに唖然とした。あごが外れるかと思ったくらいだ。
何故だか《New World》での俺のアバター『ぱらけるすす』が覚えていた製作系スキルが持ち越しで使えたんだから。
そんな生前のゲームで使えたスキルの持ち越しなんていう超ウルトラCを可能にしたのが幼女様からもらった7つのチートスキルの一つ、『写し身の経験』だ。
パッシブスキル『写し身の経験』――写し身の経験を引き継ぐ。但し一部スキルはレベルの制限を受ける。
厳密には多分こっちだと思う。未だに正直断定は出来ないけどな。
こいつのおかげで俺はどうやらゲーム内の自分のキャラクターの知識を一部引き継いでしまったようなんだ。多分理由は製作系は通常のスキルとは覚え方が違ったからだと思う。
ここで勘違いして欲しくないんだが、このスキルはレベルや職、そして戦闘系スキルの引継ぎをしてくれるスキルじゃない。だから当然他のスキルは全て覚えなおす必要があったし、このスキルで数字に換算できる形で俺が強くなれたわけじゃない。だがこのスキルはそんなものを完全に度外視にする超極悪チートスキルだったんだよ。詳細についてはまた今度。かなり長くなるからな。まぁ一ついっとくとすごいを通り越してえぐい。
さて、製作スキルの話だったな。製作スキルってのは冒険に必要なアイテムを作りだすスキルの総称で、使用するためにはそれに対応するレシピを登録すればOKだ。これもMMORPGの楽しみの一つだといえるだろう。だって何かを作るって楽しくないか? 少なくても俺は大好きだ。
まぁ、一口に製作っていっても製作スキル自体『特殊製作』と『一般製作』に分けられており、その作り出せる品物は本当に多岐に渡る。前者で代表的なのが何といってもドワーフ族限定の製作スキル『アイテムクリエイト』だろう。上級の武器防具は基本ドワーフの製作でしか手に入らないからな。その他だと召喚魔法職限定の『上級スクロール製作』とかが有名。
一方『一般製作』のほうは特に職の縛りがなくどの職でも利用する事ができた。こっちは弓職の矢とかが代表的だろうか。
そして『特殊製作』スキルの中の『上級ポーション製作』っていうのが『アルケミスト』の専売特許だったことがこの話のそもそもの始まり。
次にこの話になるとどうしても自慢話になるんだが、話したとおり俺は前世《New World》でも有数の『アルケミスト』だった。厳密にはその到達職である『ヘルメス・トリスメギストス』だったが。
正直レベルは当時の上限レベルだったし、装備も他の最高ランクのどのプレイヤーにも劣らないものを装備していた。
ちなみにMMORPGで上限レベルに達することを俗にカウンターストップ、略してカンストという。
そうしてアバターのレベルがカンストしたプレイヤーは次の目標を探し始めるわけで。新しいアバターを育てる、仲間集めを頑張る、対人戦の練習に励む……他色々。そういう代表的な目標の一つにコレクション収集があった。
あるものは見た目カッコいい装備だったり、あるものは『キャンペーンアイテム』と呼ばれる運営からの限定アイテムだったり、その方向は様々であるがそうなる事は割と誰でも納得してもらえると思う。だって世の中には変なものを収集しているコレクターがごまんといるるから分かると思う。だってものを集めるっていうのは多分それだけで楽しいことだから。
少し話がずれたな。ではここからが本題。
『New World』のプレイヤーの場合、コレクションにはある程度の傾向が存在した。戦士系職なら武器や防具、召喚系魔法職なら『各種スクロールのレシピ』といった具合にである。では『アルケミスト』は? その答えが『各種ポーションレシピの収集』である。
『アルケミスト』は職業特性としてポーション類の作成に特殊なボーナスがついたり、ランクが高くなると高レベルの『アルケミスト』だけが習得可能な『上級ポーション製作』があったりして『ポーション作成』に関しては他職にぬきんでた存在だった。当然の帰結として高レベルプレイヤーは各グレードの有用なポーションのレシピを集めた。そして一部のプレイヤーたちはそれだけに飽き足らずコレクター心を発揮し、本来不要なレシピすら登録していったのだ。
レシピは俺が知りうる限り47種類。だがレベルをカンストまであげても普通ならレシピの枠は最大で30。コンプリートするためには枠を増やす為に軽く10億G以上の無駄金が必要であった。
実際金になる、もしくは自分で使うために必要なレシピの数はどう数えても20を超えなかったからあとは完全に自己満足。ちなみに10億あればSグレード武器が買えるとだけいっておこう。
この時作った一番ノーマルな『ポーション』のレシピもその一つ。自作にはそれなりの手間がかかるし、おまけにNPC商店でいくらでも買えるからはっきりいって無用の長物であったこの完全なる自己満足レシピが役に立つときが来るとは、前世は考えたこともなかった。……『人生万事塞翁が馬』まさにこのこと。
まぁ随分回りくどい話になっちまったけどそういうこと。これにより材料とMPが続く限り、スキルでのらくちんポーション作成が約束されたのだ。
スキルの場合、超簡単である。材料を集めてスキルを行使すればそれだけで完成だ。ちなみに下級のポーションの場合は成功率は100%である。
ただしここでもう一つの問題にぶち当たる。『作れること』はそれを『売ること』は必ずしも直結しない。如何にいいものを作る技術があろうとも、それを売る場を確保しなければその技術は宝の持ち腐れにしかならないんだよな。
そして俺は考えた。どうやって売るかを。最初はMMORPGらしくオーソドックスに街に座って露店売りがいいかと思ったが、そのためには俺が外に長時間いる必要があるからダメ。そもそも家から出れないし、こう見えても貴族の子どもだから色々と覚えないといけない事も多い。社交ダンスとか色々あるんだよ。
次に冒険者への外部委託も考えた。が、伝手がなかったため却下。さらに出所が俺だとばれたら騒ぎにしかならない。
そうして数日悩んだ末に思い出した。以前父上が夕食の時にこういったのを。
「今日、ブエロのやつがギルドに訪ねてきたのだが、ポーション類の納品量をまた増やして欲しいといってきた。まったく困った奴だ。あいつは道具屋の癖にポーションも満足に調合できんからな」
そういいながら肩をすくめた父上の姿を思い出し、俺は突破口をみつけた気がした。それから下調べを重ね、各種ポーションは需要が供給を大きく上回っている事、店の売価100Gのこのポーションを父上が60Gで納品していることを知ったとき、それは確信へと変わったのである。
――濡れ手に粟の、な。
ブエロのおっさんなら販路は完璧だ。何しろ店が道具屋。放っておいても冒険者達が買いに来る。さらにどれだけ売っても怪しまれる事はない。父上という目くらましがいるからな。
そしてブエロのおっさんなら安心だ。おっさんが俺に、ひいては父上にとって不利益なことを外に漏らすわけがない。
そこまで考えて腹が決まった。――おっさんに俺の作ったポーションを買ってもらおうと。
あとは如何に俺がブエロのおっさんにアピールするか。如何に自分の手札を隠しつつ、おっさんの利益になることだとアピールするか。
スキルをおっさんの目の前で使うのは論外。そんなことをすれば父上に永久外出禁止令が出されかねなかったから。
自作した大量のポーションをただ持ち込む。これも却下。父上が作ったものをこっそりもってきたといわれて叱られて終わりだと考えたからだ。
目の前でスキルを使ってのポーションの作成はダメ。かといってただポーションを持ち込んでもダメ。
何とか突破口が見出せないかと数日ベッドの上でバタバタしながら考えた末に俺は閃いた。目の前で作るとき『スキルでさえつくらなければいい』のだと。
そう、スキルがダメなら手作業でポーションを作っちまえばいいと。
そうと決まればあとは実行あるのみ。すぐに父上にせがんでマンツーマンでポーション作りを教えてもらった。父上は最初「まだ早い」だとか「危ないから」とか色々いっていたが、俺が「一日でも早く父上の跡を継げる立派なアルケミストに……」とかいったらあっさりとOK。むかしも今も変わらずあの人はこういう時ちょろいのである。
そうしてわずかの間に父上という当代随一のアルケミストを教師の技術を盗んで盗んで盗みまくって、瞬く間に俺は一端の薬師になった。父上曰く「もうそれだけでも一生食うには困らない」らしいところまでな。
というわけで俺は謹慎期間のかなりの時間をこのポーション作りにつぎ込んだ。いや、最初は必要に駆られてだったんだが、元々大学の学部は化学系。そういう作業はお手の物。そもそも実験がやりたくてわざわざそういう大学を選んだ俺にとって設備の整った家の調合室はまさに天国だった。それからの日々は楽しくて仕方なかったな。毎日ヒャッハー状態でポーションを作る。まさにミイラ取りがミイラ、実験バカに試験管を与えてはいけないのである。
……逆に篭り過ぎて母上に心配されこの時の外出許可が出たのはなんといっていいやら。
そうして一時、手段と目的を逆転させながらも何とかこぎつけたこの機会。無邪気を装っていたがこの時の俺はまさに獲物を狙う肉食獣そのものの心境。
ただブエロのおっさんは見た目が熊。対する当時の俺はいいとこ子猫だったが。にゃおー。
◇◆◇◆◇◆◇◆
俺の「お金が欲しい」の一言の後、それは始まった。
狭い調合室にさらに狭く感じさせる空気が満ち、緊張で喉が渇き始める。手のひらにじっとりと感じる汗。室内には俺と鋭い目で俺を見るブエロのおっさんと何かいいたいのを必死でこらえる爺やだけ。
すでにこの場に甘さなどスプーン1さじ分もなく、そこが戦場だといわれても違和感のないものになっていた。
思えばこれが俺のデビュー戦。この後数え切れないほど経験する事になる真剣勝負のな。
ただ当時の俺は阿呆そのもので、行く、見せる、おっさん驚く、契約即成立という想定しかしていなかったので、この空気はまったくの予想外。
「ねぇ……、おじさん。どうかな? 僕のポーション買ってくれない?」
何とか活路を見出そうと身長差のため自然と上目遣いになりながら問いかける俺に、依然ブエロのおっさんは真一文字に結んで口を開かない。
沈黙を続けるおっさんが怖いのなんのって。思い出したのは就職活動中の圧迫面接。思い出すだけで胃が痛くなるあれと同じものがその場を支配していたんだから、俺が冷や汗垂れ流して回れ右して逃げたくなってたのは当然のことで。
そうしてそんなことを思っていた俺的には相当の時間をおいてから、おもむろにブエロのおっさんは口を開いた。
「……モノに関しては何の問題もない。値段次第だがむしろこっちからお願いしたいくらいだ。ここまできっちり用意してきたんだ。旦那がうちに同じものをいくらで卸してるかも知ってるんだろう? ……まったく生意気なガキだ。一端の冒険者でもここまでのやつはそうはいねえのにな。が、それもこれも旦那との話し合いしだいだな。俺の一存でどうこう言えん」
そういって常温まで冷えたポーションを見つめながら大きくため息をつくおっさん。そして重々しく口調で言葉を続ける。
「……トランド殿。旦那から散々話を聞かされて正直親の欲目が過ぎると思っていたんだが、今やっと実感した。確かにとんでもない坊主だな、こいつは」
爺やが同じ重さでその言葉に答える。
「……はい。改めて私もそのことを痛感いたしております。まだ6歳におなりになったばかりだというのに」
そうして二人の目が俺に向けられた。
「……そんなに脅えた顔をすんな。別に取って食おうと思ってるわけじゃねえ。坊主、一個だけ聞かせな。何の為に金が欲しい? お前さんは仮にも貴族の息子だ。金なんてそのうちいくらでも手に入るさ。何をそんなに急いでいる?」
その言葉はやわらかであったが甘い言い訳など許さない、逃げ道をふさぐもので。
――だから俺も真正面から真剣に答えるしかなかった。
「僕……、ううん、俺は父上やおじさんのように冒険者になりたい。いや、なる。だから今からできるだけのことがしたいんだ!」
そうまっすぐにブエロさんの茶色の目を見据えて告げた。
そうしたらしばらくしておっさんが豪快に笑い出したんだよ。熊そのものって感じでな。
「ぐはは! そうか、そいつは豪儀なこった! 『冒険者になる』か。なぁトランド殿、こいつは大物になるぞ。俺もいろんな人間を見てきたがこんなに面白いガキはさすがに初めてだ!」
そういいながらまた俺の頭を乱暴に撫でるおっさん。
ふと爺やを見てみると困ったような嬉しいようななんともいえない顔で俺を見つめながら頷いているばかりで。
「よおし、坊主。いいだろう、一本いくらだ?」
急な風向きの変化についていけない。そんな俺をまるで弄ぶ強風のようにおっさんは畳み掛けてきた。
「まぁどうなるかは旦那との話し合い次第だが、お前の希望は聞いておいてやる。いくらで俺に売る気だった?」
あたふたしながらも考えてきた値段をいう。
「……え~と。一本50Gでどうかなって考えてた。ダメかな?」
ちなみに50Gでも材料費を含めても1本30Gくらいの利益が出る計算になる。なかなかおいしい商売。
そんな俺の回答にさらにヒゲ面をにんまりさせておっさんは笑った。
「ぐはは! いい子だ! 旦那には俺が何とかいってやる。まったく面白いガキだな、お前は!」
そういって先ほどまでの重苦しい空気はどうなったのやら肩が擦れ合うほど小さなはずの調合室が何故か広く感じるほどの開放感と何が何やら分からない脱力感に包まれながらそのまま俺は机へとへたり込んだのであった。
その後どうなったのか? って?
その夜父上とおっさんの話し合いが持たれ、俺の希望がほぼ100%通る形で俺の初めての真剣勝負は幕を閉じた。
……自分的には未だに完敗なんだけど。まぁ試合に負けて勝負に勝ったのかな?
さらにその翌日父上と母上、爺やの3人がかりでみっちりと絞られた俺に、ブエロのおっさんからのいきなり300本の大量発注が入り、結局スキルでの作成だけでは到底間に合わず俺は半泣きになりながら大慌てでそれに答えるべく孤軍奮闘することとなったんだよ。
おかげでしばらくはまた調合室篭りの日々が続く事になり、心配した母上に庭に連れ出されるという何とも子供らしくない日々が幕をあけたんだから俺の人生、子供のときからホント休んでる暇がないなぁ。
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