短冊に書いた願い事は、空に溶けて
少し?遅れましたが、七夕の話です。
「おーい、そろそろ行くぞー!」
「あ、そっか。ゴメン、すぐ準備する!」
彼女はそう言うと、パソコンを閉じた。
***
今日は七夕だ。近くで七夕祭りがあるので、それに同棲中の彼女と一緒に出かけるのだ。そんなに大きな祭りではないけれど、近所の人たちが集まってそれなりに賑わっている。
「せっかくだし、願い事書いていこうか?」
「そうね!」
大きな笹には、すでにたくさんの願い事が書かれた短冊が飾られている。彼女の視線が数ある屋台に向かっていることには気付いていたし、俺も「何食べようかな」と思っていることは事実だけど、せっかくの七夕なのだから願い事くらい書くべきだろう。
短冊をもらって、借りたペンで願い事を書いていく。「んー」と考え込んでいる彼女をチラ見して、俺はさっさと短冊を笹へ飾り付けた。
「ん、よし、決めた!」
彼女はなぜかそう宣言して、短冊に書き始める。それをのぞき込んで……俺は半眼になった。
『書籍化作家に、私はなるっ!』
「……無理じゃね?」
「なんで勝手に見てるのよっ!」
「いや、勝手に見たのは悪いけどさ」
何年も前から、彼女は自分で書いた話を無料小説サイトに投稿している。けれど、悲しいくらいに読まれていない。
俺は彼女らしいその世界観が好きで読んでいるけれど、じゃあ万人受けするのかと聞かれたら、迷わず「NO」と答える。少なくとも書籍化されるような小説ではない。
「書籍化されたいなら、パクリは駄目だろ」
俺はどうも絵が苦手で読んでいない、有名な漫画。アニメ化もされてるんだったか? そんな俺でも知っている有名なセリフ、そのままだ。
「お願い事にちょっと書いただけで、なんでパクリなのよっ!」
「いや、だってなぁ」
「別にいいでしょっ! それより、あんたは何を……あれ、短冊は?」
「もう飾っちゃったよ」
「ええっ!? ちょっと、私の見たんだから、あんたのも見せてよ」
笹の木に突撃する彼女を、俺は慌てて止める。あんなもの、恥ずかしくて見せられない。
「いいから、早く飾って屋台行こう」
「誤魔化されないわよ!」
「いや、だからさ……」
「ねぇちょっと、兄ちゃん姉ちゃん」
二人でわいわいやってたら、後ろから声を掛けられた。小学生くらいの子どもが数人いた。
「さっさと飾ってどいてよ。待ってるんだから」
不満そうな子どもたちに、さらにその後ろにいる大人たちが何やら微笑ましそうな顔で俺たちを見ていた。
一気に顔が赤くなった俺たちは、早々にその場を離れたのだった。
***
「んんー、おいしいっ」
「そうだな」
彼女がベビーカステラを食べてる横で、俺はたこ焼きを頬張る。こういうとき、俺たちはそれぞれ好きなものを食べる。食べ歩きをしつつ、次に何を食べようか、屋台を見回す。
「あ、浴衣の子がいる」
彼女の言葉に、視線を追うと確かに浴衣を着た子どもだ。七月とはいっても、今日はまだ少しヒンヤリしている。寒くないのかと思うけど、子どもは元気に動いている。
「私も着れば良かったかなぁ」
「着付けできたっけ?」
「もう、いちいち茶々入れないでよ。――あ、でもそれを習ったら、小説に使えるかも?」
プクッと頬を膨らませた彼女は、しかし何かを思いついたように言った。けれど、と俺は思う。
「そんなの何に使うんだ?」
彼女が書いているのは、異世界を舞台にしたファンタジーだ。現代物はまったく書いていない。これから書く気でもあるんだろうかと思って言ったら、また彼女の頬が膨らんだ。
「書いてみなきゃ分かんないでしょ。異世界に転生した人が、その世界で着付けをするとか、色々あるじゃない」
「そもそも、異世界に浴衣がないんじゃないか? 作るところから始めないと」
だとすると、着付けだけだとどうにもならない。最低、和裁ができる人が必要になる。
「そ、それは……、その、昔そんなのを作ったけど、誰も着る人がいないとか、そんな感じにしちゃえばいいのよっ!」
「そうなると、昔誰が作ったのかとか、その人はどんな人だったのかとか……」
「いちいちうるさいのっ! そんなの、書いていけばどうにかなるわよっ!」
なるのか? と思うが、怒ってそっぽを向いてしまった彼女にそれ以上言ったら、最悪口をきいてもらえなくなる。けれど、やっぱりそんなんじゃ書籍化作家は夢のまた夢だろうとも思うけど。
「――ゴミ」
「え?」
「食べ終わっただろ?」
彼女のベビーカステラの袋とたこ焼きのトレーと一緒に、俺は会場のあちこちに設置されているゴミ箱に捨てる。そしてまた、彼女と一緒に歩く。
「小説に使えるかどうかはともかくさ、着付けの練習してみないか? 夏祭り、浴衣を着た結と一緒に出かけたい」
「……あんたって、突然恥ずかしいこと言い出すよね」
「そうか?」
別にそんなつもりはないけれど、確かに彼女の頬は赤い。
「……しょうがないから、練習してあげるわよ」
何だかんだ言っても、俺の言ったことを叶えてくれようとする、彼女が愛しい。
『これからの人生をずっと、彼女と一緒に過ごせますように』
短冊に書いた、俺の願い事。
その夏祭りの会場で、花火が上がる中でプロポーズしたら、彼女は受けてくれるだろうか。
願い事は空に溶けて、花火と共に降ってくると、俺は勝手に思っているから。降りてきた願い事を必ず掴んでやるんだと、彼女の赤い頬を見つつ誓ったのだった。




