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皇帝への道 ― ナポレオン・ボナパルト  作者: レモンティー


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第四十話:エピローグ ワーテルロー後のグルーシー、スールト

■グルーシー元帥(Emmanuel de Grouchy)のその後


・ワーヴルの空白

グルーシーの3万の騎兵は、ワーヴルでプロイセン軍の後衛と交戦していた。

銃声は遠い。だが、確かに戦場のどこかで鳴り続けている。

「本隊はどこだ……」

誰かが呟いた。

しかし、その問いに答える者はいない。

そのとき――伝令が駆け込んだ。

泥にまみれた顔。

息を切らし、声は掠れていた。

「陛下が……敗れた」

空気が、止まった。

しばらく誰も動かなかった。

次の命令を出す声すら、誰の喉にも生まれない。

グルーシーは、ただ一度だけ目を閉じた。

そして静かに言った。

「撤退する」

怒号も、混乱もなかった。

それは敗走ではない。

“秩序ある後退”だった。

部隊は崩れない。

追撃してきた連合軍を一度押し返し、隊列を保ったまま離脱する。

戦場が崩れていく中で、そこだけが異様に整っていた。


・パリへの帰還

パリまでの道のりは長かった。

だがその長さは、恐怖ではなく“空白”だった。

敗北の実感だけが、静かに隊列の中に沈んでいく。

そして彼らはパリへ戻り、兵を預けた。

“無敗の将”として知られる

常勝将軍ダヴー元帥(Louis-Nicolas Davout)のもとへ。


・ダヴーの判断

ダヴー元帥は陸軍大臣兼パリ防衛軍司令官として首都パリに留まっていた。

政情不安なパリを抑え、新兵の徴集と物資の確保を任せられる存在――ナポレオンが最後に残した“最も信頼する留守役”だった。

ダヴーは地図の上に手を置いたまま、動かなかった。

すでに全てを理解している顔だった。

「……ワーテルローか」

短い言葉。

それだけで状況の全てが確定する。

グルーシーは一歩前に出る。

「私の判断が、遅かった」

ダヴーは視線を上げない。

「いや。お前は命令通りに動いた」

それは慰めではなかった。

ただの事実だった。

やがてダヴーは、静かに地図の一点を指す。

「皇帝はここで終わった。だが、戦争は終わっていない」

その瞬間、部屋の空気がわずかに変わる。

グルーシーの目が細くなる。

ダヴーは続けた。

「パリを落とされるわけにはいかない」

外では、遠くから砲のような音が響き始めていた。

まだ敵軍ではない。だが、時間そのものが迫っている音だった。


・次の戦争へ

グルーシーが初めて、自分から問いを発した。

「ならば、私の役目は?」

ダヴーはようやく顔を上げる。

その目に感情はない。あるのは戦場だけだ。

「お前は“敗走した将軍”ではない」

一拍。

「パリへ軍を持ち帰った将軍だ」

さらに低く続ける。

「その違いが、この都市の寿命を決める」


そして――生涯無敗の将軍ダヴーは、連合軍の波を幾度も押し返し、パリを決して落とさせなかった。

鉄壁の防御で守り抜いたのである。


・亡命

ワーテルローの敗北の責任は、誰か一人に必要とされた。

そして、その役目はグルーシーに落ちた。

グルーシー元帥はワーテルロー敗北の責任を問われてフランスを追われ

アメリカ合衆国へ亡命。

アメリカへ渡り、名誉も軍も失ったまま時間を過ごした。

だが1830年。

七月革命がフランスを揺らす。

王政が再び揺らぎ、過去の価値が再編される中で——

彼は呼び戻され、

「元帥」の称号の称号を取り戻し

1847年に亡くなくなった。


■参謀スールト元帥(Nicolas Jean-de-Dieu Soult)のその後


ワーテルローの敗北は、戦場だけでは終わらなかった。

命令系統は崩れ、判断は遅れ、戦争そのものが分解されていく。

その中心にいた男がいる。

参謀スールト

彼は最前線にはいない。

だが、戦場の“中枢”にいた。

伝令は途絶え、命令は歪み、前線は分断された。

机の上の地図だけが、まだ秩序を保っている。

「なぜ、連携が取れない」

答える者はいない。

答えはすでに戦場の中に散っていた。


・責任の後

敗北の責任は、細かく分解された。

誰か一人ではなく、“仕組み”として処理された。

その中でスールトは消えなかった。

沈むことも、称えられることもなく、ただ残る。


・転身

帝国崩壊後、彼は戦場を離れ政治へ移る。

王政復古、そして新たな秩序の中で、再び中心へ。

やがて彼は

ルイ・フィリップ王政下で首相、陸軍大臣として権力の中枢に立つ。

かつて軍を動かした男は、今度は国家を動かした。


・結び

戦争は終わった。

だがスールトは終わらなかった。

グルーシーが「歴史に追放された敗者」なら、

スールトは「敗北を政治に変えた生存者」だった。

戦場の後に残るのは、勝者ではない。

残れる者だけだ。

そして彼は知っていた。

勝敗より残酷なのは――

“まだ立てる場所があるかどうか”だと。


ナポレオンをくじいたのは、銃弾でも将軍でもなかった。

ロシアの夏が熱で奪い、冬が兵を飲み込み、そして大地そのものが軍を拒んだ。


ぬかるんだ泥と、果てしない暑さ、厳しい寒さの中で――

ナポレオンが誇った60万のグランダルメ(大陸軍)は、静かに崩れていった。


そしてその光景は、約一世紀後。

ナチスドイツが動員した数百万の兵力が、同じ大地に踏み込んだとき、再び繰り返されることになる。


敵は人だけではなかった。

それは気候であり、距離であり、そして大地そのものだった。

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