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皇帝への道 ― ナポレオン・ボナパルト  作者: レモンティー


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第四話:最高司令官

戦場に静寂が戻ったあとも、兵士たちはしばらく動かなかった。

勝ったという実感よりも、ただ“生き残った”という感覚だけがそこにあった。

倒れた仲間。破れた軍服。泥に沈んだ靴。

それらすべてが、ようやく現実として重さを取り戻していく。

ナポレオンはその中心に立っていた。

勝利の歓声を求めるでもなく、誇るでもなく、ただ遠くを見ている。

「……これで終わりではない。」

誰に向けた言葉でもなかった。

そのとき、遠くの丘の向こうから伝令が駆けてくる。

「将軍!さらに別動の敵軍が接近中です!」

兵士たちの間にざわめきが走る。

勝ったはずの戦場に、まだ“続き”があるという事実が、疲労を重く沈めていく。

だがナポレオンは表情を変えない。

「規模は。」

「……我々の倍以上と推定されます。」

一瞬の沈黙。

しかし次の瞬間、彼は静かに言った。

「想定内だ。」

兵士の誰かが思わず顔を上げる。

ナポレオンはゆっくりと歩き出し、再び軍を見渡した。

「諸君。」

その声に、もう霧はない。だが、同じような重さがあった。

「諸君はすでに限界を超えている。靴は壊れ、銃も満足ではない。眠る時間もない。」

兵士たちは黙って聞いている。

「だが、それでもなお、諸君はここにいる。」

彼は一歩、前へ出る。

「ならば問う。——諸君は何者だ?」

沈黙。

そしてナポレオンは言い切る。

「勝者だ。」

その一言で、空気がわずかに変わった。

疲労の中に、かすかな火が戻る。

遠くから再び地響きが近づいてくる。

敵軍だ。

だがナポレオンは動じない。

「隊列を立て直せ。」

短い命令。

兵士たちはゆっくりと立ち上がる。

崩れた列が、再び形を取り戻していく。

そのとき、ナポレオンは小さく呟いた。

「戦いは、終わらせるものではない。作り変えるものだ。」

そして彼は軍帽を深くかぶる。

「前へ。」

新たな軍が、再び動き出した。


遠くから迫っていた敵軍は、やがてその全貌を現した。

疲弊したフランス軍の前に立ちはだかる、最後の大規模戦力。

だが、もう戦場の空気は変わっていた。

兵士たちは壊れた靴を踏みしめ、泥にまみれた銃を握り直す。

恐怖よりも先に、“ここまで来た”という感覚が全身を支えていた。

ナポレオンは静かに地図を広げる。

「敵は中央に重心を置いている。左右は薄い。」

短い沈黙。

「ならば、砕くのは一箇所でいい。」

彼は顔を上げる。

「全軍、左翼へ集中。」

命令は簡潔だった。だが、その瞬間に戦場の形が決まった。

敵軍は正面からの衝突を想定していた。

しかしフランス軍は、霧の中で鍛えられた“動く一点”として、側面へと流れ込む。

砲撃が始まる。

轟音が大地を裂く。

だが今度の兵士たちは、もう崩れない。

「進め!」

誰かの叫びが連鎖する。

ナポレオンは最前線に立ったまま動かない。

敵の砲弾が地面を抉る。

それでも彼は視線を逸らさない。

「ここだ。」

静かに手が振り下ろされる。

その瞬間、集中された砲撃と突撃が敵左翼を貫いた。

敵陣の均衡が崩れる。

一箇所の崩壊が、全体へ伝播していく。

「崩れたぞ!」

兵士たちの叫び。

ナポレオンはただ一言。

「押し切れ。」

戦いは、崩壊の速度に変わった。

整っていた敵軍は、もはや“軍”としての形を保てない。

秩序は裂け、命令は届かず、戦場は分解されていく。

やがて、旗が倒れた。

沈黙。

砲声が止み、風だけが残る。

勝敗は完全に決していた。

ナポレオンはゆっくりと軍帽を外す。

その場に、歓声が広がり始める。

「勝った……!」

「我々は勝った!」

泥と血と疲労の中で、兵士たちは初めて“勝利”を実感する。

その中心に、ナポレオンは立っていた。

数日後。

パリからの急使が到着する。

軍は整列し、静まり返る。

伝令は高らかに告げた。

「共和国政府より通達!」

一拍。

「このたびの勝利と軍の再編成における功績により——」

ナポレオンは一歩前に出る。

「ナポレオン・ボナパルトを、イタリア方面軍最高司令官に任ずる。」

静寂。

次の瞬間、兵士たちの間から歓声が爆発した。

「将軍万歳!」

「ナポレオン最高司令官万歳!」

その声は、霧の戦場で始まった名が、ついに国家そのものに認められた瞬間だった。

ナポレオンはただ静かに目を閉じる。

「ここからだ。」

誰にも聞こえないほど小さく呟く。

勝利は終わりではない。

それは、始まりだった。

そして彼は、新たな軍とともに、次の戦場へ歩き出す。

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