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かなりや  作者: やうた まゆ 
Ⅰ.春の午後の日差し
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5.雨模様


足取りは軽かった。


手には、摘んだ花がまだ残っている。

名前を知らないピンクの小さな花びらが可愛らしい。

春に見かける野草だ。


ーーあなたの奏でる音は、優しくて心地良い……


愛は言われたことを思い出しながら、目を閉じて、野草の花に思い切り鼻を押し当てた。

かすかに、甘い香りがした。


野をとおりぬける風はやわらかい。

あたたかな午後の日差しの中で、二匹の蝶が舞っている。

鳥や虫、花達が春の喜びを歌っている。


なんて素敵な日なんだろう。


愛は空を見上げながら、何度も丸太小屋での出来事を頭の中で反芻していた。


しばらく歩くと、日がかげってきた。

空気に少し、湿り気がまじった。


ふと、足をとめた。


いつの間にか、鳥の鳴き声がやんでいる。

風もとまっていた。


辺りはひっそりと静まりかえっていた。


背後から草を踏む音が聞こえた。


「朱さん?」


振り返ったが、誰もいない。


愛は首をかしげた。気のせいだろうか。

なんとなく、不安が胸をかすめた。


再び歩き出そうと前を向く。

愛は驚き、びくりと立ち止まった。

 

目の前に誰かが立っていた。


最初は子どもだと思った。

背の低い、小さな姿だった。


赤錆色の外套に帽子。


ーー妖精だ。


皺のある顔。

帽子の下で爛々と光る細い目。


じっとりした赤錆色が重々しく、景色から浮いて見えた。


「……忌々しい」


低くしわがれた、憎しみの声。


瞳が愛を見ている。

鋭利な憎しみがまっすぐ愛に突き刺さった。


愛は、背筋がぞくりと寒くなるのを感じた。


「お前も邪魔だ」


声が腹の底に響く。愛はごくりと唾を飲み込んだ。


「目障りだ」


声がより低く、大きくなった。


「……あなたは誰?」


愛が必死に発した声は小さく震えていた。

妖精は口を歪めた。


「お前など……」


妖精は愛へ一歩近づいた。


ーー逃げなきゃ


だが、足が地面に張り付いて、思うように動かせない。愛の手がじっとりと汗ばんだ。


「昼間から何してんのさ」


軽やかな声が、風にのって重い空気を割った。


愛が振り返ると、シンが長い棒を片手に、のんびりと立っていた。


愛の頭にぽんと手を置き、そのまま一歩前に出る。その間、妖精から目を離さない。


愛の体に温度が戻ってきた。景色に色がつく。


愛と対照的に、妖精の空気はより張り詰めた。


「お前は……もっと邪魔だ……」


妖精の声が憎しみで歪んだようだった。

愛は胸の前で手を固く握った。


「逆恨みするなよ。この子は関係ないだろ」


シンはポケットから何かの袋を取り出した。


「まだあんたの時間には早いでしょ。ほら、帰ってお休みよ」


そう言って、妖精に袋を軽く投げた。


中身が空中で弾けて、細かい粉がふわりと広がった。

妖精の顔が歪んで、大きく舌打ちをする。


「奪ってやるからな……」


妖精はそれだけ言い残して、消えるようにいなくなった。


ヒバリの声が、頭の上をかすめた。

風が吹く。

野原はいつも通り、歌っていた。


「大丈夫だった?」


シンがいつもの調子で振り返る。

愛は、ようやく息を吐いた。


「……今の、なに?」


声がまだ少し震えていた。


「まあ、いろんな奴がいるのさ。中にはあんなのもね」


シンは愛の肩を優しく叩いた。


「一人であいつのところに行ったの?」


少し、呆れたように言う。


「……うん」


「危ないって言ったでしょ?」


「……ごめんなさい」


シンはため息をついた。

愛の頭をポンポンとなでる。


「あとさ」


少しだけ声を落とす。


「外で、あんまり名前言わない方がいいよ」


愛は顔を上げた。


「どうして?」


シンは、少しだけ笑った。


「さあね」


それ以上は、何も言わなかった。


帰り道、愛は、シンについて歩きながら、何度か後ろを振り返った。

まだ、どこかで見られている気がした。


手の中の花は、いつの間にか萎れていた。




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