20.はじまり
裏道にたたずんでいたそれは、一目で妖精と分かった。
背はアキトと同じくらい。
帽子を深く被って、細長い目を爛々と光らせている。
肩から斜めに紐をかけて、何かをぶら下げていた。
街の人とはあまりに違う、シワのついた長いコート。
その妖精が建物の影から、アキトをじっと見ていた。
「あの……こんばんは。あなたは妖精さん?」
アキトは緊張しながら挨拶した。
恐ろしい見た目だったけれど、不思議と怖くはなかった。
「……ああそうとも。礼儀正しい子どもさん。おまえさん……この街の人間か?」
「僕、街の外から歩いてきたよ」
「街の外……」
妖精は柵の方を見て目を細めた。
「俺は街の外へはほとんど出たことがない。街の外には何があるんだ?」
「原っぱと、森と、川かな」
「お前さんの家は?」
「丸太小屋に住んでるよ。この街は綺麗だけれど、ちょっと眩しすぎるね」
「お前さんの家は眩しくないのか?」
「夜は暗くて静かだよ。丸太小屋はね、ダルマストーブがあって薪を燃やすんだよ。僕、電気より火の明かりが好きだな」
妖精は俯いて考え込んだ。帽子の影に隠れて顔は見えない。
「そうか……。そこには、お前さんの他にも誰かいるのか?」
「うん、僕みたいな子どもが何人かいるよ」
「いいなあ、そこへ行ってみたいなあ」
妖精は口元を横に広げて笑った。
「うーん……僕以外の子どもたちは、妖精さんに会ったら、びっくりしちゃうかもしれない」
アキトは少し考えてから、口を開いた。
「あの……あのね、妖精さん。もし、知っていたら教えてほしいんだけれど」
アキトは少し迷いながら、思い切って聞いてみた。
「僕たち、本当は街へ入れてもらえないんだ。でも、どうしてなのか分からなくて……妖精さんは、何か知らない?」
妖精は黙って、しばらくアキトを見た。
そして目を細めた。
「お前さん……妖精の匂いがするな。お前さんも妖精か?」
アキトは戸惑った。
「……僕、分からない。そう言われることはあったけれど……」
「聞いたことがあるな。取り替え子だったか。妖精かもしれない子どもを、街の外で世話していたはずだ。お前さん、そこの子どもだな」
「僕たちが妖精かもしれないから……街の外なの?」
妖精は口の端を思い切り広げて笑みを浮かべた。
「怖いからだ」
「僕たちが……?」
「ああ。分からないものは怖いんだ。遠ざけようとしても、無駄なのに」
妖精は嘲るように笑った。
「あの……教えてくれてありがとう。よかったら……また、会えないかな。今度、丸太小屋の近くの川辺に来てみない? そこは景色がよくて、とても気持ちがいいんだ」
「川辺……」
「そこを流れている川に沿って、川下にずっと歩いてきてもらえれば、僕、川辺で待っているよ」
「……お前さんは優しい子どもだな。……わかった。七日後の夜明け頃に行こう」
妖精は口の端を持ち上げて笑った。
アキトもにっこり笑って、右手を差し出した。
妖精も右手を差し出し、二人は握手した。妖精の手はひんやりしていた。
「……僕、そろそろ帰らなきゃ」
言いながらアキトは思い出した。
街の入り口の鍵は閉まっている。どうやって外に出よう。
まごついたアキトを見て、妖精は怪訝そうな顔をした。
「どうかしたか?」
「街の外に出たいんだけれど、鍵を閉められちゃったんだ。どうやって帰ろうかな」
アキトは考え込んだ。
珍しく、後先考えず、無鉄砲に街へ飛び込んだのだ。
「それなら俺が手伝ってやろう。ついてこい」
言うなり、妖精は歩き始めた。
アキトは慌ててついていった。
妖精は草をかき分けて、柵の前に立つと、柵を手のひらで撫でた。
すると、妖精が触れたところが切れて、柵の棒がカランと地面に転がった。
子どもが通れるくらいの穴ができていた。
「ここは草の影になってて見えにくい。次からここを使えばいい」
「あ、ありがとう。魔法使ったの?」
「いや……」
妖精はそれ以上言わなかった。
「それじゃ、七日後の夜明けに待ってるね」
「ああ、川下に歩いていく」
アキトは微笑んだ。
そして真っ暗な夜の中に帰って行った。
アキトの後ろ姿を見送った妖精は、ペロリと舌で口を舐めた。
赤錆色の帽子を指で押し上げる。
「あの子はもったいない……」




