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かなりや  作者: やうた まゆ 
Ⅰ.春の午後の日差し
15/39

15.日暮れ前


風が生暖かく草原をかけめぐっていく。


重い空。灰色の小さな雲がいくつも、風に流れていく。


変化の激しい空を、立ち止まって愛は見上げた。


肩に下げたバッグが、急に重くなった気がした……。


腕に鋭い痛みが走り、片手を添えた。

ぬるりとした。

バッグが落ちて、楽譜が開いたまま地面に滑った。


ーー何が起きたかすぐには分からなかった。


落ちたバッグの向こうに男が立っている。

手に鈍く光るナイフが見えた。


赤く染まったシンの袋が、愛の手からこぼれ落ちて、楽譜の側に転がった。


ナイフを持った手が、一歩、二歩と、愛に近づいてくる。


理解できなかった。

ただ、気づいた時には走りだしていた。


どこを走っているのか分からない。

呼吸の音が、どこかで聞こえていた。


視線を下げると、腕が赤く染まっていた。

別の誰かを見ている様な気さえした。


草を踏む音が、近い。


振り返れなかった。


✴︎


シンはハンモックから起き上がって、ドアを開けた。


膝丈くらいの小さな妖精が、焦った様子で早口でまくしたてた。


シンは言葉を遮って、何度か聞き返す。


妖精が走り去ると、シンも棒と袋を引っ掴んで、外へ飛び出した。


風のように街を走り抜け、野原を駆けた。


ーー野原の道に、見覚えのあるバッグが落ちていた。


土にまみれた楽譜。

赤く染まった妖精よけの袋ーー。


「愛!」


シンは叫んで辺りを見渡した。

ーー返事は、なかった。


道の向こうから小さな妖精達が何人も現れた。


「頼む!」


シンの一声で、妖精達が野原へ、街の方へ、消えるように散って行った。


楽譜とバッグをしまいこむと、シンは赤く染まった袋を手に握りしめた。


ーーすぐに、数人の妖精達が戻ってきた。


申し訳なさそうに首をふる。


「街にはいない。近くにもいない」


「頼む、もう少し探してくれ。それから……」


「お前、そんな顔もするんだな」


妖精達がつぶやきながら、再び散っていった。


一人の妖精が、シンの元に残った。

恐々した様子でシンを見上げる。


「心配すんな。あいつ、妖精には手を出さないから。ちょっとだけ、辛抱してくれ」


言われた妖精は走りだした。


一呼吸おいて、シンも走りだした。丸太小屋の方に向かって。


✴︎


決まったリズムのノックが、いつもより大きく丸太小屋に響いた。


先に到着していた妖精が、ベランダから心配そうにシンを見ている。


中からノックが返ってくると、シンはドアの前にかがみ、両手と額を当てた。


「愛に何かあった……見つからないんだ」


当てた両手の爪が、ドアに少し食い込んだ。


「このままじゃまた、手遅れになる」


ドアの向こうは、静かだった。


「クマさんも……ユキ姉も……」


初めて、ドアの向こう側で朱が身じろぎした。


「シン。すぐ離れてくれ」


ドアの向こうで、朱が立ち上がる気配がした。


「俺が行く。明日の朝、また来てくれ」


それだけだった。


シンは楽譜とバッグ、それに妖精よけの袋をドアの横に置いて、その場を急いで離れた。


夜まで、あまり時間がなかった。


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