表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/4

初めてのお茶会

「申し訳ございません、申し訳ございません」

 慌てて濡れたズボンの裾を拭こうとするメアリーは、ちらりと私に目配せをする。

『リアム様がお怒りになった時がチャンスよ』

 彼女の心の声が、手に取るように分かった。

「ここのメイドはどんな指導を受けているんだ!」とリアムが噴火したら、「あら、そんなことで腹を立てるなんて、なんて器の小さな男なの」と嘲る。で、嫌われて、その後婚約破棄。完璧だ。



 なるほど。初めからこぼすつもりだったから、冷めた紅茶を用意していたのか。

 湯気の立っていないティーカップを見て、私は納得した。



「――君、名前は?」

 布巾を手にしたメアリーの動きを遮りながらリアムは訊いた。

「メアリーと、申します」

「そうですか、メアリーさん」

 リアムはゆっくり立ち上がって彼女の方を向く。そしてその右手の拳を斜めに振り上げた。

 殴られる。私もメアリーも、少し遠くから見張っているクラリス様もロルドも、そう思った瞬間。


「頭に葉っぱ、ついてますよ」

 そう言って彼は手に取った緑の葉を見せた。

「へ?」

「あ、紅茶は気にしないでください。ほっとけば乾きます」

「いや、でも、ズボンが汚れてしまいます」

「じゃあその布巾、ちょっと貸してください」

メアリーは明らかに動揺した様子で布巾を手渡す。

リアムはズボンの裏に自分のハンカチをあて、手際よく布巾でシミのあたりを叩いた。


「これで大丈夫です。人間、誰しも失敗くらいします。なので気にしないでください」

リアムはにっこり微笑み、布巾をメアリーに返す。「ハンカチお洗いします」「ではお言葉に甘えて」なんてやりとりが続く中、私は一人ボーッと考えていた。



いや、そんな気、してましたよ!!!

さっきの私の失礼な態度にも不満一つ見せなかったし!!

ほんと何だ、この男は。何か企んでいたりするのか。



「いやいやいやいや」

私は小声で呟く。

体罰覚悟でメアリーが作ってくれたこのチャンス、無駄にするわけにはいかない。そう、目的は嫌われること。そしてそれは、相手を怒らすこととは限らない。


「メアリー、立ちなさい」

「は、はい」

立ち上がりざま、私はメアリーの頬をぶった――振りをした。

メアリーは私の意図をよく分かっていて、派手に後ろに倒れこむ。

パンという音はしなかったが、これなら私が殴ったように見えるだろう。


「荷物をまとめなさい。明日は来なくてよろしい」

「そんなっ」

「そこまでしなくても」

困ったようにリアムが口を挟む。

「あなたがよくても、私が許しません」

鋭い視線で彼を捉える。

「アルセイン侯爵家の格を陥れるような者は排除するまで。客人に紅茶をこぼすメイドなんて言語道断。紅茶だって無尽蔵なわけではないのです。一杯一杯大切に飲まなければ貴族としての示しがつきません」


リアムはポカンと口を開けた。

「明日は茶畑の手伝いに行きなさい。一日中茶葉と向き合って、自分がしたことの償いをするのよ。それ相応の仕事をするまで屋敷には入れないわ」


「あ、今日の仕事は全うするのよ」

木の影でクラリス様が「茶畑って何よ!」と嘆いていたのは、もちろん私には聞こえていない。



どうですか。あなたは貴族では珍しく使用人に寛容な人なんでしょう。それならば、使用人に厳しい女性には幻滅するでしょうね!



私はリアムの顔を盗み見た。

目が細まって、口角が上がっている。


微笑んでいる、、、?!


「そういう考え方もあるんですね」

フッと笑みをこぼすリアムを前に、私は顔をしかめずにはいられなかった。

「そうですね、紅茶も無尽蔵ではありませんよね。メアリーさん、茶畑の手伝い頑張ってください」

「何かおかしいかしら」

「いえ、何も。私はクラリス嬢のことを少々勘違いしていたようです」

「どのように?」

リアムは少しためらいながらも、ゆっくり言葉を続けた。

「あなたについて良くない噂を聞いたことがあります。……情けないですね。根も葉もない話を、疑いもせずに信じかけるなんて」



私もまた、クラリス様の噂を知っていた。

正直に言えば、怖かった。

けれど、こうして向き合ってみると――怖く……ないことはないが、それ以上に、噂が当てにならないものだと分かる。



「まあ、私も同じようなものね」

「同じ、ですか?」

リアムが聞き返してきて、私はしまったと思った。

失言だ。今の言葉はクラリスではなく、エマのものだ。私としたことが、素が出てしまった。

しかしやってしまったことは仕方ない。ピンチをチャンスに変える。それが私のやり方だ。



私は扇を閉じたまま口元に当てた。

「悪く思わないでください。私もあなたの噂を聞いたことがありますの。リアム・ウェードラインは傍若無人で高慢すぎるから、18歳になるまで婚約ができなかったって」

不敵な笑みを浮かべる。

「実際はどうでした?」

リアムは不機嫌になるどころか、少し楽しげだった。


「そうね、私あなたほどおかしな貴族は見たことがないわ。あなたみたいに常にニコニコしていたら私、顔の筋肉が痙攣してしまいそう」

ほら、と私はひきつった笑顔を作り、口元をヒクヒクさせる。


すると驚いたことに、リアムの顔がパッと弾けた。

「はは、クラリス嬢はとても楽しい方ですね」

途端に顔が熱を帯びるのを感じる。

「なっ。この私を、馬鹿にしているのですか!?」

「とんでもない。ただ、可愛いらしいな、と思って」



――木の影にて――

「クラリスの顔は、熟れたリンゴのように真っ赤に染まった。リアム・ウェードラインはその時、初めて彼女の鋼の仮面の下を覗いたのだった―」

「勝手にナレーションしないで頂戴。……私たち一体、何を見せられているのかしら」

使用人に変装したクラリスは、呆れてものも言えない、と首を振る。

もの言ってるじゃないですか、と反論したロルドは、ピンっと額を弾かれた。

「まあでもクラリス様、ここからが面白いんですよ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ