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副業がバレました!

「このアルセイン侯爵家は、250年もの歴史をもつ、由緒正しき名家です。故に当然、その使用人にもそれ相応の振る舞いが求められます」


 アルセイン侯爵家のご長女、クラリス様が、窓の外を見つめたまま続ける。

 その後ろ姿から発せられる威圧感に、私の心臓は締めつけられた。


「我々は、教養・気品共にふさわしい人材を採用しています。……いえ、少なくとも今までは、そのつもりでした」

 クラリス様の肩がワナワナと震え始めた。

 ――怒りだ。確信した瞬間、喉がひくりと鳴った。


「エマ・グレイ」

「は、はいっ」

 私のフルネームを突然呼んだその声は、そこら辺の剣よりも遥かに鋭く、私の耳を貫く。


「これは一体、どういうことですか」

 こちらを振り返ったクラリス様は、その手に一枚の紙を掲げて私に見せた。ヒュッと、息が止まる。


「ルーティア劇団団員『シャーロット・リース』これ、あなたよね」

 名前こそ違ったが、その横に載っている写真。それは紛れもなく、私の顔だった。

 ついに、バレてしまったのだ。

「返事っ!」

「は、はいっ!」


 *  *  *  *  *


 私の父は平民だが、母は元貴族だ。

 子爵家の令嬢だった母は、没落してもなお、私にも貴族としての振る舞いを求めた。

 それは、平民として生まれた私には少し重すぎた。


 5歳の時に父に連れられ、私は生まれて初めて芝居を目にした。庶民の娯楽を毛嫌う母には、もちろん内緒だったが。

 それからだ。私が芝居に夢中になったのは。

「おかあさま。エマはしょうらい、やくしゃさんになりたいです」

「ふざけたこと言ってはいけません。あなたには矜持というものがないのですか!」

 そんな言葉で諦める私ではなかった。

 けれど、現実は私を待ってはくれなくて。


 私が16歳になった春に父が死んで、舞台は一気に遠のいた。

 泣く前に、働かなければいけなかったのだ。


 母に勧められるまま応募して、通ったアルセイン侯爵家のメイド。十分すぎる職だった。これ以上望まなければ。

 それでも私は愚かだった。

 落ちたら踏ん切りがつくから、と思い、受けてしまったルーティア劇団のオーディション。そこはかつて、父が私を連れて行ってくれた劇団。私の始まりの地だった。

 才能がないと突きつけられれば、きっぱりとメイドになれる。そう思っていた。

 だからこそ、通知を見た瞬間、息が止まった。

 受かってしまったのだ。


 *  *  *  *  *


「母には打ち明けられず、夢も諦められず、安定した仕事も手放せず……」

「それでこの二重生活が始まったってわけね。それにしても、こんなにも堂々と副業するだなんて」

 クラリス様はハア、っとため息をつく。


「申し訳ございません」

 私は床に手をついて頭を下げた。

「謝って済む問題ではありません、エマ。侯爵家のメイドが庶民の劇団で芝居をしていただなんて。一歩間違えれば、このアルセインの家名を大きく汚したかもしれない。あなた、一人のせいでね」

 重々しい口調が部屋中に響いた。


「大体、都合が良すぎるのよ。どちらも手にしようだなんて。まあいいわ。エマ、あなたに二つの選択肢を用意しました」

「二つ……?」

「一つ目。今日この場をもって、即刻解雇」

 クラリス様は手で首を切る仕草をした。

「どうか、それだけは。今すぐ劇団を辞めますゆえ、どうかそれだけはっ!」

 下っ端の役者の給料なんて、たかが知れている。私一人ならまだしも、母を養うことなんて到底できない。


「あらぁ。そんな簡単に終われる夢だったの?でもねぇ、エマ。あなたがわざわざ劇団を辞めなくとも、二度と舞台に立てなくする方法なんて、いくらでもありましてよ」

 豪華な扇で口元を隠すクラリス様は、意地悪そうな笑みを浮かべた。その細まった(まなこ)に、背筋が凍りつく。

「……それは、私の両足の骨を折るということでしょうか」

 恐る恐る顔を上げると、鋭い視線が私を突き刺した。

 鎮まれ、心臓。落ち着け、私。


「お望みなら、そうしてあげてもいいわよ」

「い、いえっ」

 違った。良かった。

「エマ・グレイを雇うな、って、全国の劇団に触れ回るってこと。そのくらい、ちょちょいのちょいよ。実際あなたを解雇したら私、実行するわ」

「そんなっ」

「そうしたらあなた、仕事も夢も失うわね。まあ、かわいそう」

 相手を煽るかのようなその口調に、私は歯を食いしばる。

 だが、残念ながらこれは、部をわきまえず欲張った私への当然の報い。私が招いた結果だ。


「エマ。あなたはそうなりたくないですか?」

「えっ」

「解雇されたくないか、って聞いてるのよ」

 私は瞬発的にクラリス様の目を見た。

「はい、解雇は嫌です!」

 本当に!

「それでは二つ目。今から渡す台本通りに演じなさい」

「ふぇっ」

 思わず間抜けな声が出た。……台本?演じる?


「あなた一応役者なんでしょ。これは演技のテストです」

 すると突然、クラリス様の執事が音もなく現れ、私の手に薄い冊子を差し込んだ。

「5分時間をあげます。はい、はじめぇっ!」

 パァンッ、と手を叩く音に私は我に返り、慌てて台本を開いた。


 よくわからないが、演技が上手ければ解雇が免除されるのかもしれない。違うかもしれないが、もしそうならこれは、千載一遇の大チャンス。本気でやらないわけにはいかない。

 クラリス様。私、切り替えの速さだけは自信があるんですよ!あ、演技もですけど!

 そうして私は、台本を読み進めた。


「っ!クラリス様、この台本は……!」

「黙って目を通しなさい」

 有無を言わさぬその視線に、私は従わざるを得なかった。

読んでくださりありがとうございます!

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