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第8話 仲間全員で初の集団戦闘

砦の奥深く、地下広間へ続く石段をアレンたちは駆け下りていった。耳に不気味な唸りが届く。跳ねるような青白い光が通路の先で明滅していた。「急げ…!」アレンが先頭で扉を押し開くと、薄暗い大広間に血紅の魔法陣が妖しく輝いていた。空気は軋むように震え、得体の知れないエネルギーが渦巻いている。中央には石造りの祭壇が据えられ、その上に澱んだ黒い球体が浮かんでいた。球体の中で無数の顔なき魂が蠢いているかのように見える。捕らわれていた人々の精気が集められているのだ。


ヴォルフ将軍と魔導士が祭壇の傍らに立っていた。魔導士は高らかに呪文を唱え、儀式の最終段階に入っているようだ。ヴォルフ将軍は振り返り、闖入者を見据えて嗤った。「よく来たな、小鼠ども」

「将軍、もう終わりです!」アレンが剣を構え叫んだ。「それ以上の蛮行は許さない。人々の精気を解放しろ!」

ヴォルフは鼻で笑った。「ほざくな、小僧どもが…。貴様ら如きにこの儀式は止められんよ」

エリーナが一歩前に出た。「ヴォルフ将軍! あなたは帝国の名誉を汚した。このような所業、決して許されない!」

「ほう、反逆者のお前に説教されるとはな」ヴォルフは軽蔑の目をエリーナに向けた。「貴様は甘いのだよ、エリーナ。力無き正義になど何の意味もない。帝国に真に必要なのは、圧倒的な力だけだ」


魔導士が狂気じみた笑い声をあげた。「力なき正義には意味がない…まさしく。その力、存分に味わわせてやろう!」

魔導士が魔法陣に手を翳すと、黒い球体がぐにゃりと形を変え始めた。次の瞬間、球体は咆哮と共に巨大な獣の姿へと変貌する。漆黒の毛皮、爛々と輝く赤い眼、そして無数の牙を持つ異形の魔獣――囚われた者たちの精気から生み出された魔物が降臨したのだ。


「来るぞ!」アレンが叫んだ刹那、魔獣が四人に向かって突進してきた。大地が揺れ、怨嗟の唸りが広間に響く。同時にヴォルフ将軍も抜刀し、漆黒のオーラを纏った剣でエリーナとガルザめがけ猛然と斬りかかった。「貴様らから血祭りにあげてくれる!」


ガルザとエリーナは目配せし、一瞬で連携して応戦に転じた。ガルザの大剣が上段からヴォルフに振り下ろされる。ヴォルフは嘲笑を浮かべつつ、漆黒のオーラを纏った剣で受け止めた。その一撃で床石が砕ける。「ぐぅ…」ガルザが力比べで押し込まれる。だがその隙にエリーナが低く踏み込み、ヴォルフの懐へ突きを繰り出した。「甘い!」ヴォルフは身をひねり、紙一重でそれをかわすと、肘打ちを見舞ってエリーナを後退させた。「く…」エリーナが息を呑む。


「この…っ!」ガルザは怒号と共に再度斬りかかる。ヴォルフは俊敏な動きでかわし、逆にガルザの脇腹へ斬撃を浴びせた。血飛沫が上がる。ガルザが苦痛に顔をゆがめ片膝をついた。


一方、アレンとリリアは巨大な魔獣に立ち向かっていた。魔獣の鉤爪が宙を裂き、かろうじてアレンは転がってそれを避ける。床に深々と刻まれた爪痕から砂煙が立った。「フレイム・ランス!」リリアが燃え盛る槍のごとき火炎を魔獣に放つ。直撃して爆ぜた炎が魔獣を覆ったが、獣はまるで意に介さず咆哮しただけだった。「なんて耐久力…!」

魔導士が高笑いする。「無駄だ無駄だ! この魔獣の命は半永久に尽きぬ!」


魔導士が杖を振ると、紫電の稲妻がアレンたちに襲いかかった。アレンは咄嗟に盾代わりの剣を掲げたが、電撃に弾かれ吹き飛ばされてしまった。「ぐあっ!」背中から床に叩きつけられ、視界が揺れる。リリアが「あっ…!」と声を上げ、慌ててアレンの前に立ちはだかった。


痺れる腕に鞭打ってアレンは立ち上がり、魔獣の巨体を見据える。その胸部に黒い球体の名残のような瘤があることに気づいた。「あの核を狙えば…!」

「やってみるわ!」リリアが素早く新たな呪文を紡ぐと、魔獣の足元から無数の蔦が生え広がった。大地の精霊が応え、魔獣の巨体を絡めとる。「今よ、アレン!」

アレンは全身に力を込め、一気に魔獣との距離を詰めた。うねる蔦を踏み台に跳躍し、魔獣の膝ほどの高さまで剣を突き上げる。「はあぁっ!」


アレンの剣は魔獣の膝に深々と突き立った。巨体がよろめき、轟音と共に片膝をつく。拘束の蔦が千切れんばかりに軋んだ。アレンは刃を引き抜き、再び地を蹴った。崩れた魔獣の胸元めがけ渾身の突きを放つ。「そこだぁっ!」白刃が黒い瘤へと突き立てられ、魔獣が断末魔の悲鳴をあげた。瘤が砕け散ち、黒い霧が噴き出す。そして広間の天井へと薄く昇っていき、やがて静かに消えていった。「やったか…!」アレンが汗を拭いながら呟く。


黒霧が晴れると同時に、魔獣の巨体が大木のように崩れ落ちてきた。「危ない!」リリアに迫る影に気づき、エリーナがとっさに彼女を突き飛ばした。次の瞬間、床石を揺るがせて魔獣の亡骸が地面に崩れ落ちる。リリアは間一髪で難を逃れ、エリーナに支え起こされながら感謝の眼差しを向けた。「助かりました…!」エリーナは小さく微笑んだ。「今度は私が守る番よ」


「バ…バカな!」魔導士が尻餅をつき、黒霧の消えた魔獣の亡骸を呆然と見つめている。「我が主の究極の産物が…」顔を上げた時には、リリアの掌には淡い光球が生まれていた。「あなたの野望も終わりよ!」光球が一直線に放たれ、魔導士は悲鳴を上げた。閃光に呑まれ、その身体は砕け散る。


ガルザは脇腹の傷から血を流し、片膝をついたまま剣を支えに堪えていた。ヴォルフ将軍が勝ち誇ったように剣を振り上げる。「終わりだ!」刃が振り下ろされる瞬間、銀の閃光がその軌道に割り込んだ。「させない!」アレンの剣がヴォルフの一撃をぎりぎりで受け止めていた。「アレン…!」ガルザが驚愕の声を上げる。


エリーナとリリアも駆け寄り、四人がヴォルフを取り囲んだ。

「ふん、四対一か。だからどうした!」ヴォルフは狂気じみた笑みを浮かべ、なおも剣を振り回した。だが傷ついたガルザですら怯まない。彼ら四人の結束は揺るがなかった。リリアが素早く魔導光を放ち、ヴォルフの視界を眩ませる。「ぐっ…!」一瞬の隙が生まれた。

「はあっ!」エリーナが踏み込み、ヴォルフの脚に斬りつけた。その甲冑に亀裂が走り、将軍が体勢を崩す。

「これで終いだ!」ガルザが渾身の力で大剣を振り抜いた。ヴォルフの胸当てが砕け、血飛沫が闇に散った。将軍の瞳から覇気が失われ、その巨躯がゆっくりと崩れ落ちる。ヴォルフは信じられぬというように一度こちらを見上げ、「ば…かな…」と血混じりの声を漏らしたかと思うと、そのまま絶息した。


ガルザは倒れ伏した仇敵を見下ろし、静かに呟いた。「…これで皆の無念が晴らせた」

エリーナが駆け寄り、脇腹を押さえるガルザを支えた。「傷が深いわ…じっとしていて」

リリアがそばに膝をつき、手当ての呪文を唱える。「ヒール!」柔らかな緑光がガルザを包み、傷がみるみる塞がっていく。

「世話をかけるな…」ガルザが照れくさそうに礼を言うと、リリアはにっこり笑った。「今度はちゃんと『ありがとう』が言えたわね」ガルザは少し照れながら「…ああ、助かった」と素直に答えた。


アレンはエリーナにも目を向けた。「エリーナさんは…大丈夫?」

エリーナは額の汗を拭い「ええ、平気よ」と微笑んだ。その顔は晴れやかで、どこか吹っ切れた表情を浮かべている。


「終わったんだな…」アレンがしみじみと呟いた。胸の鼓動が徐々に落ち着いてゆく。

リリアは目を閉じ、そっと耳を澄ました。「聞こえる…精霊たちのささやきが戻ってきているわ」

エリーナが不思議そうに尋ねる。「精霊の…ささやき?」

「ええ。世界樹の沈黙が、少しずつ和らいでいるの」リリアは朗らかに微笑んだ。


ガルザはエリーナを見やり、ぽつりと言った。「…見直したぜ、人間」

エリーナは苦笑し、ガルザに手を差し出した。「ありがとう。あなたもね」ガルザは一瞬きょとんとしたが、すぐに照れ臭そうにその手を握った。


アレンはそんな二人を眩しそうに見守った後、「さあ、戻ろう。皆が待っている」と呼びかけた。


彼らが砦の外へ出る頃、東の空は白み始めていた。長い夜が明け、新たな朝日が森を照らす。頬を撫でる一陣の風は、世界樹の方角から吹き抜けてきたものだった。それはどこまでも清らかで、四人の新たな旅路を祝福しているかのように感じられた。

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