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第6話:騎士エリーナとの誤解と衝突

朝焼けに染まる街道を、アレンたち三人は歩いていた。東の空が茜色に染まり、朝露に濡れた草原が黄金に輝いている。昨夜の森を抜け、ようやく視界が開けた彼らは、久方ぶりに人里へ向かっていた。ガルザはフードを深く被り、獣人である素顔を隠している。帝国領の近くでは、獣人やエルフは忌避される存在だと知っているからだ。


「人間の町に入るのは久しぶりだ」ガルザが押し殺した声で呟いた。「平気かな、あんたらと一緒で」

「堂々としていればいいわ。何か言われたら私たちが弁護する」リリアが優しく微笑んで答える。ガルザは小さく鼻を鳴らした。「ふん、どこまで通じるか…」


アレンは苦笑した。ガルザの不安も無理はない。帝国の支配下で、人間と異種族の溝は深い。ガルザはかつて、傷ついた仲間を救うために人間の町へ薬を求めに行ったことがあった。しかし返ってきたのは蔑みの眼差しと石つぶてだけだったという。アレンは申し訳なさそうに眉をひそめた。「酷い話だ…」しかしだからこそ、小さな一歩でも互いに認め合うことが大事だと彼は思うのだ。


やがて、小高い丘の向こうに小さな集落が現れた。木造の家屋が十戸ほど集まり、遠目には穏やかな煙が一筋立ち上っている。しかしその煙は朝餉の支度によるものではない。村の入口付近で人々の叫び声が響き、何やら争う気配が伝わってきた。


アレンたちは足を速め、村へと駆け込んだ。目に飛び込んできたのは、燃えさかる小屋と、その前で暴れる荒くれ者の盗賊たち、そして彼らに立ち向かう一人の騎士の姿だった。銀色の甲冑に身を包んだ女騎士が剣を振りかざし、怯え震える村人たちを庇いながら奮戦している。金髪が朝日に煌めき、その眼差しには強い正義感の炎が宿っていた。アレンは一瞬、その凛々しい戦いぶりに見入った。まさかこの騎士と刃を交えることになるとは思いもせずに。


「くたばれ、帝国の犬め!」一人の盗賊が叫び、斧を振り下ろして女騎士に襲いかかる。だが彼女は素早く身を翻し、その斧を剣で受け止めた。「人々に手出しはさせない!」凛とした声が朝空に響く。鍔迫り合いの末、女騎士は渾身の蹴りを盗賊の腹に叩き込んだ。悶絶した盗賊が膝をついた隙に、彼女の剣が柄頭で相手のこめかみを打ち据える。男は糸の切れた操り人形のように崩れ落ちた。


だがまだ数人の盗賊が残っている。一人が悪辣な笑みを浮かべ、怯える少女を捕まえようと手を伸ばした。「やめろ!」女騎士は咄嗟にその間に割って入り、代わりに自分の左腕に賊の短剣を受けた。鎧の隙間を浅く刃が裂き、赤い血が滴る。それでも彼女は怯まない。「大丈夫かい?」と少女に微笑みかけ、後退するよう促した。


しかし、その隙を狙って短剣で切りつけた賊が再び襲いかかる。女騎士は少女を庇いつつ身を屈め、辛くも致命傷を避けた。反撃に転じる暇はない――そう見えた瞬間、彼女は左手で地面の砂を掴み上げ、賊の顔に叩きつけた。「ぐあっ!」悲鳴を上げた賊の動きが鈍る。その刹那、彼女の剣が鋭い弧を描き、賊の足元を薙いだ。バランスを崩した男は無様にひっくり返り、地面に転がった。


盗賊たちは女騎士の毅然とした闘志に気圧され、次々と武器を捨てて退却していく。最後の一人が裏手の茂みに逃げ込むと、ようやく辺りに静けさが戻った。


緊張から解放された村人たちが安堵の声をあげる。「ありがとう、エリーナ様!」誰かが女騎士の名を呼んだ。彼女――エリーナは小さく頷き、流れる血にも構わず「皆、怪我はないか?」と人々を気遣っている。


だが、その時だった。集落の入り口近くに立っていた村人の一人が、ふとアレンたちの姿に気づいて悲鳴を上げた。「ひ、人間じゃないのがいる!」指さされたガルザがゆっくりとフードを下ろすと、獣の耳と鋭い牙を露わにする。本来争う気はなくとも、その異様な風貌に村人たちは後ずさった。


瞬間、エリーナの青い瞳が鋭く光った。「何者だ!」彼女は剣を握り直し、傷ついた腕をかばうことも忘れてアレンたちに向き直った。そこには先刻相まみえた獣人と青年の姿もある。エリーナは乱戦の光景に目を見張っていたとき以上に、その顔を険しくした。


アレンは両手を広げ、落ち着いた声で呼びかけた。「俺たちは敵じゃない。通りがかりの旅人だ」

「黙れ!」エリーナは一喝した。「その獣人と行動を共にしている時点で、ただの旅人ではあるまい。帝国への反逆者か?」

「違う!」アレンは必死に訴えた。「ガルザは仲間だ。彼にも事情がある。何も知らないで決めつけないでくれ」

しかしエリーナの疑念は解けない。「獣人風情を庇うとは…正気か? 人間なら、人間同士で手を携えるべきだ。それを裏切り、この異形の者どもに与するとは!」

ガルザが低く唸った。「異形だと? 好き勝手言いやがる…」怒りに拳を震わせる。リリアはガルザの腕にそっと触れ、首を振った。「今は抑えて」


エリーナは冷然と言い放った。「帝国騎士として命じる。獣人を差し出せ。さもなくば、あなたも反逆の嫌疑で拘束する」

アレンは静かに首を振った。「できない相談だ。どんな理不尽な理屈であれ、仲間を売るような真似はしない」

「愚かな…!」エリーナの顔に怒りが走る。「ならば剣を交えるしかないようだ」


そう言うが早いか、エリーナは地を蹴った。閃光のような速さで間合いを詰め、一気呵成に斬りかかる。アレンもとっさに剣を抜き、彼女の剣撃を受け止めた。鋼と鋼が激しく火花を散らす。激しい打ち合いの最中、エリーナの動きが一瞬鈍った。傷の痛みが彼女を苛んだのだ。千載一遇の好機…アレンの剣先がエリーナの喉元を捉えかけた。しかし、アレンはとっさに剣を止め、彼女との距離を取る。エリーナが驚愕の表情を浮かべた。「なぜ斬らない…?」


アレンは息を整えながら静かに答えた。「あなたを傷つけたくない」


エリーナは一度距離を取り、負傷した左腕を押さえた。傷から再び鮮血がにじむが、彼女は痛みを意地でねじ伏せるように構えを崩さない。その瞳には揺るぎない使命感が燃えていた。「なぜ獣人などの味方をする!」


「ガルザは俺の大切な仲間だ!」激しく打ち合いながら、アレンも叫び返す。「種族が違えば友情を結んではいけないのか?」


「戯れ言を…!」エリーナが剣を横薙ぎに薙ぎ払う。アレンは紙一重で身を引いてかわした。「獣人は人に仇なす存在。我ら帝国は長年その脅威と戦ってきた! 我が故郷でも獣人に襲われた村がある。罪なき人々を殺す輩を放ってはおけない!」


「脅威だって? 帝国が勝手に彼らを脅威と決めつけて弾圧してきた結果じゃないのか!」アレンは剣を受け流しつつ抗議する。「罪のない集落を焼き払い、多くの命を奪った帝国の行いは正義なのか!」


「帝国がそんな無意味な虐殺をするはずがない!」エリーナの表情が怒りに歪む。「何かしらの理由があったはずだ。それを理解できぬ異族に、秩序は守れない!」


リリアは素早く詠唱を開始し、アレンたちとエリーナの間に淡い光の壁を展開した。突然の障壁に両者がたじろぐ。「ここまでです!」リリアが叫ぶ。「これ以上戦えば、無関係の人々を傷つけてしまう!」


「理由だと?」今度はガルザが吠えた。堪えきれず前へにじり出る。「笑わせるな! 貴様ら人間は俺たちを獣と見下し、勝手に踏みにじってきただけだ!」


光の壁越しに、アレンは静かにエリーナを見つめた。「エリーナさん、僕たちは争いに来たんじゃない。誤解されたまま刃を交えるのは本意じゃないんだ」


エリーナは忌々しげに吐き捨てた。「逃げるつもりか」


「必要なら、またあなたと向き合う。だけど今は無意味な戦いを避けたい」アレンは剣を納め、ガルザにも退くよう目配せした。ガルザは悔しそうに牙をむいたが、リリアに肩を押されて一歩退く。


「エリーナ、あなたは立派な騎士だ。人々を守るその姿は尊敬する。だからこそ、いつか分かり合えると信じてる」アレンの言葉に、エリーナは複雑な表情を浮かべた。


次の瞬間、リリアの障壁が眩い閃光を放った。エリーナが目を細めた刹那、アレンたちの姿はすでにその場から消えていた。


エリーナは残光の中、剣を握り締めたまま立ち尽くしていた。やがて光が消え去り、静まり返った村で、老人が恐る恐る彼女に近づいた。「お嬢さん、大丈夫かい?」


「ああ…」エリーナははっとして剣を下ろした。傷の痛みが今になって蘇り、顔をしかめる。「平気だ。それより皆、無事か?」


「ええ、あなた様のおかげで」老人が深く頭を下げる。他の村人たちも口々に彼女を称えた。だがエリーナの心は晴れなかった。先ほどの青年のまっすぐな瞳と言葉が脳裏を離れない。「いつか分かり合えると信じてる」――なぜ敵であるはずの自分に、あんなことを…。エリーナはかぶりを振り、己を奮い立たせるように背筋を正した。「私は騎士だ。惑わされるな」と小声で自分に言い聞かせると、改めて周囲の村人たちに向き直った。「ご安心を。盗賊どもは私が追い払った。もう安全です」そう告げる彼女の声音は凛としていたが、その胸の内には名状しがたい疑問と揺らぎがかすかに芽生えていた。


一方その頃、村から離れた森の外れでは、アレンたちが息を潜めて様子を窺っていた。「ふう、何とか逃げ切れたようだね」アレンが木陰から村の方角を見やりながら言う。


「ちくしょう、あの女騎士め…」ガルザは未だ怒り冷めやらぬ様子で拳を握りしめている。「今度会ったらただじゃおかねえ」


「落ち着いて、ガルザ」リリアが宥めるように肩に手を置いた。「彼女も自分の信念で動いていただけ。憎しみ合っていては、争いは終わらないわ」


「ふん…分かってる」ガルザは顔をしかめてそっぽを向いた。


アレンは静かに息を吐いた。「彼女は人々を守ろうとしていた。それ自体は立派なことだ。ただ、相互の誤解があるだけで…」


「その誤解を解くには、時間が必要でしょうね」リリアが遠くを見つめて囁いた。


アレンは拳を握り締め、悔しそうに地面を見つめる。「彼女と戦うなんて、本当は嫌だった。人を守ろうとしている人と、分かり合えないなんて…」


リリアがそっと微笑みかける。「きっといつか、分かり合えるわ。アレンの言葉は、ちゃんと彼女の心に届いたはずよ」


アレンは目を伏せたまま小さく頷いた。三人はしばし無言で森の奥へと歩き続けた。それぞれ胸に様々な想いを抱えながらも、足を止めることはない。


「それより今は、僕たちにできることをしよう」アレンは顔を上げ、声に力を込めた。「精霊たちの囁きが告げている…東の方角で、何か良からぬことが起きている」


リリアも目を閉じ耳を澄ます。「ええ、感じるわ…闇の気配。東には帝国の砦があったはずよ」


ガルザが眉をひそめた。「帝国の奴ら、また悪さをしてやがるのか」


「確かめてみよう」アレンの瞳に決意が宿る。「世界樹の異変の手掛かりが掴めるかもしれないし、放ってはおけない」


三人は改めて身を引き締めると、東へと歩みを進め始めた。その先に待ち受ける運命も知らずに――遠く東空に漂う暗雲にも気づかぬまま。

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