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第27話 和解と盟約

夕陽に染まる城砦の中庭で、アレンは静かに佇んでいた。遠く壁の上では警備の兵士たちが行き交い、空には茜色の雲が流れている。しかし、アレンの心は別のことでいっぱいだった。

 

足音に気づいて振り向くと、石畳の向こうから一人の青年が歩み寄って来るのが見えた。黒髪を短く刈り込み、鋭い眼差しを持つ精悍な顔立ち。暗色の戦闘服に身を包んだその姿は、かつて共に旅をした戦友——ゼオその人だった。

 

アレンは思わず息を呑んだ。最後に言葉を交わしてから、どれほどの時が経っただろうか。ぎこちなく立ち止まったゼオもまた、強張った表情でこちらを見つめている。周囲の喧騒は遠ざかり、二人の間に張り詰めた静寂が訪れた。


「ゼオ……」アレンは絞り出すように名前を呼んだ。しかしその先の言葉が続かない。ゼオも唇を引き結んだまま、何も言わず立っている。互いに交わすべき言葉が多すぎて、どこから切り出せばいいのかわからなかった。

 

先に沈黙を破ったのはゼオだった。「アレン……久しぶりだな」低く抑えた声には、かすかな震えが混じっていた。

 

「ああ……久しいな」アレンも胸の奥から湧き上がる感情を懸命に抑え、静かに答えた。


しばしの沈黙。二人は互いの顔を見つめ、過去の日々が脳裏をよぎっていた。共に笑い、共に戦い、そして衝突したあの日——。

 

ゼオが目を伏せ、悔いるようにかぶりを振った。「俺は……お前に謝らなきゃならない」

 

アレンは驚いて首を横に振った。「ゼオ、謝るのは僕の方だ。君の考えも聞かず、自分の信じる道を押し通して……。あのときは、本当にすまなかった」

 

「違う、俺の方こそ浅はかだったんだ!」ゼオが顔を上げ、真っ直ぐにアレンを見据えた。その瞳には悔恨の色が滲んでいる。「お前が守護神や世界樹を追い求めるのを、俺は馬鹿にしていた。そんなもの幻だと思って、力づくで何とかしようと躍起になって……結局、何もできなかった」

 

ゼオの拳が悔しさに震える。「仲間たちを危険に晒し、俺は空回りしていただけだ。お前がいればもっと違う道もあったかもしれないのに、俺が勝手に離れて……本当にすまなかった!」

 

「ゼオ……」アレンは静かに首を振り、一歩彼に歩み寄った。「いいんだ。僕だって自信があったわけじゃない。ただ、信じて進むしかなかった。でも君と離れ離れになって、ずっと心残りだった。もう一度一緒に戦えたらって……」

 

アレンの正直な言葉に、ゼオの瞳が揺れた。二人の間の張り詰めた空気がふっと緩む。「アレン……お前、本当に変わったな」ゼオは苦笑交じりに呟いた。「まるで別人だ。いや、お前らしさが戻ってきたのか……以前よりずっと大きな存在に見える」

 

アレンは照れくさそうに頬をかいた。「守護神様に会って、目が覚めたんだ。僕たち皆を救うために、自分がやるべきことがはっきりとわかった」

 

「そうか……お前は本当に、選ばれし者なんだな」ゼオは感嘆するように息をついた。こわばっていた表情が和らぎ、口元にわずかな笑みが浮かぶ。「ならば俺もお前を信じよう。いや、最初からお前のことは信じたかったんだ……俺も一緒に戦わせてくれ」

 

「もちろんだ、ゼオ!」アレンは迷いなく右手を差し出した。ゼオも力強くその手を握り返す。長い間擦れ違っていた二人の心が、今一つになった。「共に闇を討とう」アレンが言えば、ゼオも深く頷いた。


「ああ、共に未来を掴もう」


夜が明けると、前夜に交わされた盟約の報せを受けて、城砦の中は活気に満ちていた。各地から集結した兵士たちが中庭や城壁に溢れ、色とりどりの旗印が朝日に翻っている。人間の甲冑兵、エルフの弓兵、ドワーフの斧戦士——種族の異なる者たちが肩を並べ、互いに言葉を交わしながら士気を高め合っていた。人間の兵がドワーフ兵に水筒を差し出し、エルフの治癒士が負傷した人間兵の治療にあたるなど、かつてない光景が各所で見られた。いつしか城砦全体に希望と緊張が渦巻き、明日に迫る決戦への準備が着々と進められていく。  


翌日、城砦の大広間には各種族の代表者たちが一堂に会していた。石造りの天井は高く、陽光がステンドグラスを通して七色の光を床に落としている。円卓の周りには、人間の王や騎士団長、エルフの長老やドワーフの族長など、錚々たる顔ぶれが揃っていた。彼らは互いに探るような視線を交わしつつ、開会を今か今かと待ち構えている。  


やがて中央の席に人間族の老王が立ち上がった。威厳ある白髭をたくわえた老王は、厳かな声で開会を宣言した。「——闇の脅威が今、我ら全てに迫っておる。種族の違いを超え、英知を結集する時が来たのだ」

 

王の言葉に、一同は重く頷く。しかし広間には不安の色も漂っていた。「本当に闇の司祭団などという者たちが存在するのか」「奴らは我らの領土にも魔物を差し向けている」など、ひそひそと交わされる声が四方で聞こえる。

 

ドワーフの族長が苛立たしげに拳をテーブルに叩きつけた。「わしらの鉱山も奇怪な影の化け物どもに襲われとる! 放ってはおけん。人間もエルフも、共に戦う意志があるのか?」

 

エルフの長老も険しい表情で頷いた。「我らの聖森もまた、闇に侵され始めている。協力を惜しむ時ではない」

 

老王が静かに手を上げ、一同の注意を促した。「すでに各地で闇の異変が起きておることは確認されておる。故にこそ、我らはここに集ったのだ。だが——」王は言葉を切り、居並ぶ者たちを見渡した。「決定打がない。我らが力を合わせても、闇の脅威を完全に払える保証はない」  


重苦しい沈黙が広間を包んだ。誰もがその事実を痛感していた。各種族はいまだ十分に足並みを揃えて戦ったことがなく、共通の指揮官もいない。このままでは烏合の衆となりかねない——そんな不安が誰もの胸にあった。

 

その時、一歩前へと歩み出る青年がいた。アレンだった。全員の注目を浴び、さすがのアレンも一瞬喉が渇くのを感じた。しかし胸に手を当てると、守護神から託された温かな力が脈打つのを覚え、自然と勇気が湧いてきた。

 

「皆さん。どうか聞いてください!」アレンの声が広間に響く。彼の若さに訝しむ者もいたが、その堂々たる態度に自然と耳を傾けた。「闇の脅威を打ち払う決定打がない、確かにその通りです。ですが——希望はあります」

 

アレンは強い眼差しで円卓を見渡した。「私は旅の果てに、世界樹の守護神と出会いました。そして力を授かったのです」

 

どよめきが広間を駆け抜けた。人々の視線が一層真剣さを帯びる。「守護神だと?」「馬鹿な……神話の存在では?」「しかし彼の眼は真実を語っている……」様々な声が飛び交う。

 

エルフの長老が静かに問いかけた。「若者よ、それが真実だと証明できるか?」

 

アレンは頷き、自らの胸に手を当てた。すると彼の身に纏う空気がふっと輝きを帯び、暖かな光が広間に広がった。その神秘的な輝きに、出席者たちは息を呑む。「これは……」「なんと穏やかで清浄な……!」光に触れた者の心から、不思議と不安が薄らいでいく。

 

老王が目を見開いた。「まさしく……神々の加護……!」

 

光が収まり、アレンは静かに続けた。「守護神様は言いました。闇を退けるには、すべての種族が心を一つにせねばならないと。そして、守護神の加護は常に我らと共にある、と」

 

広間に集う者たちの表情が次第に変わっていく。人間の騎士団長は立ち上がり、剣を抜いて高く掲げた。「我が国はこの若者を信じる! この光こそ神の御業。我らは最後まで共に戦おう!」

 エルフの長老も目に涙を浮かべ頷いた。「古き森もまた、あなたと運命を共にします。世界樹の御心のままに」

 ドワーフの族長は大笑いしながら戦槌を振り上げた。「いいぞ! この小僧には度肝を抜かれたわい! 我らドワーフも意地と誇りにかけて最後まで戦おう!」

 

次々に各種族の代表が立ち上がり、アレンへの賛同と決意を口にしていく。「我ら獣人族も従おう!」「海の民も力を貸す!」——その声は大広間にこだまし、いつしかひとつの大きなどよめきとなった。


老王が席につき、改めて静かに告げた。「すべての種族の結束は固まった。残る課題はただひとつ——如何に闇の司祭団を討つか、だ」

 

アレンは円卓の中央に広げられた世界地図を指し示した。「闇の司祭団の本拠地は、北方の荒野にある古代神殿です。名を《影の神殿》といいます。奴らはそこで闇の神を復活させる秘儀を行おうとしています」

 

「影の神殿……」エルフの長老が眉をひそめた。「かつて魔族の王朝が栄えていた地にあるという、忌まわしき遺跡か」

 

「うむ。我が国でも伝承にのみ語られていたが、まさか本当に利用されていようとは」老王が険しい顔で頷いた。

 

騎士団長が鋭い声で問いかける。「我らは如何にしてその神殿を攻略する?」

 

アレンは地図を見つめ、力強く答えた。「各種族の連合軍で正面から攻め、敵軍勢を引きつけます。同時に私と少数の精鋭が神殿内に突入し、儀式を止め、闇の司祭団の首魁を討ち取る——この作戦で行きたいと思います」

 

老王が目を細めて尋ねた。「突入部隊の隊長は、お主が務めるということか?」

 

「はい。守護神の加護を受けた私が行かねば、儀式を止めることはできないでしょう」アレンの揺るぎない返答に、広間の誰もが頷いた。ゼオ、ライラ、カインもそれぞれ誇らしげな表情でアレンを見つめている。

 

「我らの精鋭も幾人か選び、お前と共に神殿に向かわせよう」人間の騎士団長が言った。「必ずや守り抜いてみせる」

 

「感謝します」アレンは深々と頭を下げた。

 

エルフの若き戦士長も静かに前に出た。「私の部下の俊敏な弓兵隊からも、数名を選抜して突入部隊に加えましょう」

 

ドワーフの重装兵長がどっしりと頷く。「我らが誇る盾斧兵も送ろう。必ずやお主らの盾となろうぞ」  こうして、人間・エルフ・ドワーフをはじめとする全種族の盟約が結ばれた。かつてない強大な連合軍が結成され、闇に立ち向かう準備が整ったのだ。広間に満ちる士気は高く、誰もが長き闇の時代の終焉を信じ始めていた。

 

「世界の未来のために!」老王の発した言葉に続き、出席者たちは口々に勝利への誓いを叫んだ。「我らは一つ!」「闇を討て!」その声は城砦の外にまで轟き、集結した兵士たちの歓声に迎えられた。  ゼオはアレンの肩に手を置き、静かに言った。「いよいよだな、アレン」

 

「ああ……」アレンは感慨深げに頷いた。「みんなの力を合わせれば、きっと勝てる」

 

遥か遠く、北方の空には黒い雲が渦巻いているのが見えた。最終決戦の火蓋が切って落とされる時は、目前に迫っている——。  


その日の夕刻、連合軍は城砦を出発した。数え切れぬほどの松明が夕闇に揺れ、人間、エルフ、ドワーフ…あらゆる種族の軍勢が一つの長い列となって北方へと進軍していく。先頭にはアレンやゼオたち精鋭の姿があり、彼らを導くかのように西風が背中を押した。アレンは行軍しながら振り返り、延々と続く連合軍の列を見渡した。胸に熱いものが込み上げ、こみ上げる涙を慌てて拭う。こんな未来を誰が想像しただろうか——かつて分かたれていた種族が今、一丸となって闇に挑もうとしているのだ。その行進の中、誰かが古い戦歌を歌い始めた。世界樹の伝承にも謳われる勝利の歌だ。やがてそれは隊列全体に広がり、力強い合唱となって荒野に響き渡った。

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