第24話 重要な伏線回収と試練
紫の光弾が炸裂し、凄まじい衝撃が広間を満たした。アレンはとっさに転がって回避し、石柱の陰に身を潜めた。頭上から岩の破片がぱらぱらと降り注ぐ。司祭長の一撃で壁が抉れ、床には焦げた痕が残っていた。耳鳴りがする中、僅かに遅れて仲間たちの姿を探す。「リアナ! エリーナ! ゼオ!」と叫ぶと、煙の向こうから三人それぞれ無事を告げる声が返ってきた。胸を撫で下ろす間もなく、再び無数の光弾が降り注ぐ。闇の司祭団の司祭たちが一斉に呪文を放ってきたのだ。
リアナとエリーナが素早く障壁を張り直し、無数の光弾を弾き返した。眩い火花が散り、一瞬視界が白く染まる。「くっ、このままじゃ守りきれない…!」エリーナが苦しげに呻く。盾となる魔力障壁がじりじりと押され、ひび割れが走り始めていた。ゼオが歯噛みしながら叫ぶ。「攻めに転じるしかねえ! このまま的になってちゃ埒が明かない!」その言葉にアレンは頷いた。「ああ、一点突破する! 俺たちで道を開こう!」彼は石柱の陰から身を乗り出し、眼前の敵を射抜くように睨みつけた。
「今だ、かかれ!」アレンの号令一下、四人は同時に飛び出した。ゼオは雄叫びを上げ、迫り来る司祭の一人に猛然と斬りかかる。重々しい剣撃が相手の杖ごと胴を叩き折り、黒衣の司祭は断末魔とともに地に崩れ落ちた。リアナが閃光の槍を呼び出し、エリーナも聖なる炎を解き放つ。光の槍と黄金の炎が司祭たちを次々に貫き、闇の呪文ごと焼き払っていく。悲鳴が上がり、包囲網が乱れた。
アレンは一直線に司祭長を目指して駆けた。司祭たちの包囲網が乱れたこの瞬間を逃すまいと、敵の間を縫うように疾走する。その途上、横合いから襲いかかった司祭がいたが、アレンは迷わず剣を振り抜いた。「邪魔だ!」鋭い斬撃が相手の胸を捉え、司祭は呪詛の言葉と血を吐いて倒れ伏した。呼吸が荒くなるのも構わず、アレンは司祭長へ距離を詰める。仮面の奥に光る赤い瞳が、ふっと嘲笑うかのように細められた。
「愚かな…」司祭長が短く吐き捨てると、彼の掌に黒い球体が生まれた。それは周囲の光を吸い込むような深淵の闇。次の瞬間、闇の球はアレンに向かって撃ち出された。直撃すればひとたまりもない。だがアレンは立ち止まらない。腹の底から力を振り絞り、渾身の跳躍でそれを避けた。背後で石床が砕け散り、漆黒の煙が噴き上がる。宙に舞うアレン目掛け、司祭長は更に追撃の呪文を解き放った。「墜ちるがいい…!」禍々しい雷光が迸り、空中のアレンを狙い撃つ。
「アレン、危ない!」リアナの叫びとともに、眩い光の壁がアレンの前に展開した。リアナの防御魔法が間一髪で雷撃を受け止める。轟音とともに光の壁は粉砕されたが、その一瞬の猶予でアレンはなんとか着地に成功した。「助かった、リアナ!」アレンが礼を叫ぶ間にも、司祭長は新たな呪文を紡ぎ始めている。
ゼオとエリーナも必死に司祭長へ迫ろうとしていたが、周囲に残っていた司祭たちが盾となって行く手を阻んでいた。狂気の唱和を続ける者、短剣を抜き放ち肉迫してくる者——アレンたちは徐々に消耗していった。司祭たちの数は次第に減っているものの、司祭長本人の圧倒的な魔力が彼らの頭上に重くのしかかる。床に描かれた魔法陣からはなおも黒い霧が立ち上り、世界樹の根に瘴気を送り込んでいるのが見えた。儀式はまだ生きているのだ。「はぁ…はぁ…」アレンは荒い息をつき、剣の柄を握る手に力を込めた。なんとしてもこの場で闇を食い止めなければならない。それなのに——。
「力が欲しいか?」不意に、司祭長の低い声が広間に響いた。その言葉は呪術のように重く耳に残る。アレンはぎょっとして顔を上げた。司祭長は祭壇の前に悠然と立ったまま、仮面の下から声だけを響かせていた。「惨めだな、世界樹の迷い子どもよ。己の無力を噛み締めるがいい」男が片手を上げると、祭壇の上空に黒い霧が渦を巻き始めた。次の瞬間、霧から無数の腕のような影が伸び、アレンたちに襲いかかってきた。
「くっ…!」アレンは剣で薙ぎ払おうとするが、その影は実体を持たず、まとわりつくように四肢に絡みついた。ゼオが怒号をあげて引き剥がそうとするも、影は彼の身体にも巻き付き、動きを封じる。リアナとエリーナも同様に捕らえられてしまった。冷たく嫌な感触が肌から染み入り、心までをも蝕んでいくようだ。アレンは必死に抗おうとするが、影の拘束は次第に強まり、ついに彼らは地面へと押さえつけられた。
司祭長が仮面の奥で嘲笑する。「見るがいい。これが闇の真の力だ」黒い霧の中心、虚空の穴からぞろりと現れたのは巨大な黒い眼球だった。それは憎悪と嘲りに満ちた赤い瞳孔を持ち、アレンたち一人一人を覗き込んだ。「我が主、冥皇の御目覚めだ…」司祭長の声が陶酔に震える。その瞬間、黒い眼球から放射状に闇の光が奔った。
アレンは目を見開いた。意識が暗転し、全身が凍りついたように動けなくなる。視界を満たすのは深淵の闇——いや、光景が変わっている。ここは…どこだ? アレンは自問した。先ほどまでの広間ではない。薄暗い霧が立ち込める荒野に、アレンはただ一人立っていた。
「これは…幻覚なのか?」辺りを見回すが、仲間たちの姿はない。手に握った剣すら見当たらなかった。だが妙にリアルな感覚がある。足元の土、吹き付ける冷たい風——現実と寸分違わない感触だ。「ゼオ! リアナ! エリーナ!」必死に呼びかけるが、返事はない。
不安が胸を過る中、霧の向こうから足音が聞こえた。アレンははっとして身構える。白い霧の中から現れたのは、一人の少年だった。ボロボロの服をまとい、こちらに手を伸ばしている。アレンの記憶が激しく揺さぶられた。「嘘だ…ラン!?」少年の名を口走った瞬間、喉が強く詰まった。ラン——それは、かつてアレンが守れなかった幼い友の名だ。
ランは怯えた瞳でこちらを見つめている。かつて守れなかった幼い友。その姿にアレンは膝が震えた。激しい罪悪感が胸を苛む。
続いて師匠グレゴールの幻影が霧から現れた。初老の男は悲しげに首を振り、「なぜ大切なものを救えなかった」と静かに問いかける。その一言が、アレンの心臓を握り潰した。守れなかった過去の記憶が次々と押し寄せ、彼は耐えきれず膝を突いた。絶望と悔恨が心を覆い、立ち上がる気力を奪っていく。
「アレン!」突然、遥か遠くから声が響いた。顔を上げると、霧の彼方で光が瞬いている。その光の中に人影が立っていた。柔らかな黄金の輝きを纏う誰か——。「リアナ…?」アレンは呆然と呟いた。否、リアナではない。光の中の人物は性別も年齢も曖昧な、不思議な存在だった。だがどこかリアナに似た穏やかさを感じる。「あなたは…誰だ?」アレンが尋ねると、光の人影は答えずに片手をこちらへ伸ばした。その手には蔦で編まれた冠のようなものが握られている。アレンの耳に、不思議な声が直接語りかけてきた。
『お前は誰のために戦うのか』——優しくも凛とした問いかけだった。アレンはハッとして涙を拭った。誰のために? 答えは決まっている。「僕は…仲間たちと、皆の未来のために戦う!」叫んだ瞬間、胸の奥で何かが弾けた気がした。そうだ、自分は一人ではない。ゼオ、リアナ、エリーナ…大切な仲間がいる。彼らと誓い合った未来がある。立ち上がらなければ!
アレンが決意を固め顔を上げると、霧の中の幻影だったランと師匠の姿は消え去っていた。代わりに、光の人影がゆっくりと近づいてくる。『ならば行け。お前の剣で未来を切り拓け』穏やかな声がそう告げると、編まれた蔦の冠がスッと宙を舞ってアレンの頭上に降りてきた。すると冠は淡い輝きとともに形を変え、固い金属の感触へと変化する。アレンは目を見張った。霧の中で自らの姿が黄金の鎧に包まれ、手には光り輝く剣が握られている。世界樹の葉脈を象ったかのような美しい紋様が刃に浮かび上がっていた。
『世界樹はそなたと共にある』頭の中に声が優しく響いた。その瞬間、アレンの身体を縛っていた闇の影がパッと霧散した。視界の霧も晴れていき、現実の広間が像を結んでいく。アレンは自分が床に倒れていたことに気づいた。腕も脚も自由だ。幻覚から解放されたのだ。
「う…あ…?」周囲から戸惑う声が漏れ聞こえる。ゼオ、リアナ、エリーナもそれぞれ闇の影を振り払って立ち上がろうとしていた。皆、各々の幻と戦っていたのだろう。顔には涙や苦悶の跡が残っているが、その瞳には闘志が灯っていた。アレンは三人の姿を見て強く頷いた。「もう大丈夫か?」ゼオが気丈に笑う。「ああ、しぶとく目を覚ましたぜ…どんな悪夢も俺たちは乗り越える」リアナは頬の涙を拭い去りながら微笑んだ。「ええ…闇に負けるわけにはいかないもの」エリーナも決意に満ちた面持ちで杖を握りしめる。「皆さん…行きましょう!」
司祭長は驚愕に身をすくませていた。「馬鹿な…冥皇の幻惑を破るとは…!」そしてすぐに激しい怒りに駆られたように、声を張り上げた。「ならば次は肉体ごと潰してくれる!」仮面の男が両手を挙げ、闇の力を凝縮させる。広間全体が軋み、世界樹の根が黒い電光を帯びて震え出した。すさまじい魔力の奔流に、空気がビリビリと震える。
「皆、僕の後ろに!」アレンは叫んだ。今や彼の全身は淡い黄金の光に包まれている。先ほど幻の中で与えられた鎧と剣が、現実にも顕現していた。驚く仲間たちだったが、すぐにアレンの背を守るように布陣した。司祭長が闇の奔流を一気に解き放つ。「滅びるがいい、光の愚か者ども!」黒い稲妻が幾重にも重なって四人を襲う。
アレンは導かれるように剣を振りかざした。「はぁぁっ!」彼の一声とともに、黄金の剣から眩い光が奔流となって飛び出した。それは稲妻の闇を一直線に切り裂き、広間を二分する光の壁となった。闇の稲妻はことごとく光の壁に吸収され、消滅する。「なっ…何!?」司祭長が絶句する間に、アレンは仲間たちと共に前進を開始した。アレンの剣先から伸びる光のオーラが彼らを包み込み、闇の破片を跳ね除けていく。
「押し返すぞ!」ゼオが吼えるように言い放ち、再び大剣を構え直した。リアナとエリーナも口々に浄化と封印の呪文を唱え始める。四人の周囲に聖なる光の渦が巻き起こり、世界樹の根にまとわりついていた黒い霧が音を立てて剥がれ落ちていった。司祭長はなおも抵抗しようと、狂気の表情で呪文を詠唱する。だが彼の周囲に立っていた他の司祭たちは既に大半が光に焼かれ倒れていた。勝敗はもはや明白だった。
その時、広間の入り口付近から怒号と共に矢が一斉に放たれた。「今だ、討てーッ!」ガルン率いるエルフの援軍が駆けつけたのだ。遅れていた追撃部隊がついに到着し、残る司祭たちを背後から攻撃する。矢の雨が降り注ぎ、闇の司祭団の残党は悲鳴を上げた。戦況は完全に逆転した。
アレンは司祭長に一直線に歩み寄った。黄金の光を身にまとった青年の姿に、仮面の男は怯んで後ずさる。「貴様…何者だ…?」動揺で声が震えていた。アレンは静かに名乗りを上げる。「僕はアレン。この世界に生きる全ての人々の未来を守る者だ!」振り下ろされた剣からほとばしる光が、司祭長を直撃した。男は仮面を弾き飛ばされ、素顔を晒した。驚愕と怒りに歪んだ人間らしい顔。その瞳に初めて恐怖の色が宿った。
「馬鹿な…この私が…闇の力が…!」司祭長はなおも呪文を唱えようとしたが、その声はもはや力を持たなかった。アレンは容赦なく剣を突き出した。「これで終わりだ!」黄金の刃が男の胸を貫いた。司祭長は目を見開き、口から黒い血を溢れさせた。「ぐはっ…我が…野望は…」言葉は途切れ、やがて男の身体は黒い灰となって崩れ落ちた。
その瞬間、祭壇を覆っていた黒い霧がふっと晴れ上がった。赤く燃えていた魔法陣の輝きも消え失せ、広間に静寂が訪れる。世界樹の根に絡んでいた禍々しい気配が消滅し、代わりに淡い緑光が脈打ち始めた。まるで樹が安堵の息をついたかのように。
アレンは全身の力が抜けるのを感じ、光の鎧と剣がゆっくりと消えていくのに任せた。駆け寄ってきたゼオがアレンの肩を支え、大きく笑った。「やったな、アレン!」リアナは瞳に涙を浮かべながらも晴れやかな笑みを浮かべている。「終わったのね…本当に…」エリーナは信じられないといった様子で祭壇を見つめた。「闇の気配が消えています…世界樹も、きっと…」彼女の言葉に応じるかのように、黒ずんでいた根が徐々に瑞々しい茶色に戻っていく。かすかだが、緑の芽のようなものが根の先端に現れたのが見えた。
「世界樹は生きています」リアナがそっと根に触れ、微笑む。「感じます…温かな鼓動が伝わってくるわ」彼女の頬をまた涙が伝い落ちた。今度は安堵と喜びの涙だった。アレンも震える息を吐き、根に手を置いた。「守れたんだな…俺たちで」胸に熱いものが込み上がり、自然と涙が浮かぶ。「皆…ありがとう」アレンは振り返り、仲間たちに声をかけた。「君たちがいてくれたから勝てたんだ。ゼオ、リアナ、エリーナ…本当に」言葉は涙に震え、うまく続かなかった。しかし、仲間たちは黙って頷き合った。全てを言わずとも、想いは共有されていた。
やがて、ガルン率いるエルフ兵たちが駆け寄ってきて周囲の警戒にあたった。「アレン殿、大丈夫か!」ガルンが気遣わしげに尋ねる。アレンは涙を拭い笑みを作った。「ええ、おかげさまで…」祭壇の上には、奪われていた各地の聖なる宝が全て無事に揃っていた。ガルンは全種族を代表してアレンたちに深く礼を述べる。
闇の司祭団の脅威は去った。しかし世界樹に刻まれた傷が癒えるには、なお長い時がかかるだろう。アレンは祭壇の根にそっと手を触れ、静かに誓った。「世界樹よ、どんな困難があろうと必ずお前を守る」と。その胸には、確かな使命感が宿っていた。
ゼオが肩を叩き、「いつからそんな神々しい存在になったんだ」と茶化した。アレンは苦笑しつつ首を振る。「やめてくれ、皆で力を合わせた結果さ」。リアナとエリーナも笑みを交わし、四人は強く頷き合った。
広間の天井に空いた亀裂から、一筋の朝日が射し込んできた。長い夜が終わり、夜明けが訪れたのだ。冷たい雨も止み、雲間から黄金の陽光が差し込んでいる。
「さあ、帰ろう」アレンが仲間たちに微笑みかける。「私たちの守りたい世界へ」ゼオが大きく頷き、リアナとエリーナも明るい笑顔を浮かべた。戦いは終わり、また始まる。守るべきものを胸に、未来へ歩み出していった。




