エスカレートしていく自分
さとしは、鏡の前で深いため息をついた。
身につけているのは、母に買ってもらったばかりの可愛い下着——淡いピンクのキャミソールとショーツ。小さなリボンの飾りがついていて、どう見ても女の子のものだった。
「‥着心地は良く内心は最高に嬉しかった‥」
母はすっかり”女の子としての自分”を受け入れてしまったらしく、「これからはちゃんとしたものを着なさい」と言って、何の迷いもなく買いそれを渡してきた。
そして——
「さとしー! 入るよー!」
「えっ!? ちょ、待っ——!」
バタンッ!!
扉が開いた瞬間、そこにはかすみが立っていた。
「……」
「……」
「……なにそれ!? さとしくん、めっちゃ可愛いじゃん!!」
「ち、違う! これは、その……!!」
「お母さんに買ってもらったの?」
「うぅ……」
「へぇ~……そっかぁ……」
かすみの目がキラキラと輝き、さとしは嫌な予感しかしなかった。
「ねぇ、せっかくだから、もっと可愛くなろうよ!」
「……は?」
「ちょっと待ってて!」
かすみはそう言うと、一度家を飛び出し——しばらくして戻ってきた。手にはいくつもの洋服の入った袋。
「え、ちょっ……まさか!?」
「そう! 私の服、貸してあげる!」
「いやいやいや!! そんなの着るわけ——」
「じゃあ、着せちゃおっかな?」
「や、やめろぉぉぉ!!!」
結局、かすみの勢いに押し切られ、さとしは観念することになった。
——数分後。
「……ほら、やっぱり似合う!」
鏡の中には、かすみのプリーツのミニスカートとブラウスを着た自分がいた。
スカートは膝上どころか太ももの半分くらいまでしかなく、風が吹いたら一発でめくれそうな危うさがある。
「な、なんでこんな短いスカート……!?」
「せっかくだから、可愛くしないとね♪ それに、スカートの扱いも覚えなきゃ!」
「そんなの覚えたくない!!」
「ほら、せっかく可愛くなったんだから、このまま外出しよう!」
「は!? 何言って——」
「大丈夫だって、誰も男だなんて思わないよ♪」
「そ、そんな問題じゃ……」
「ほら、行くよ!」
さとしはまたもや強引に手を引かれ、外へ連れ出された。
春の風がスカートをふわりと揺らし、普段とは違う感覚に心臓が高鳴る。
「……なんか、変な感じ……」
「でしょ? でも悪くないでしょ?」
「……まぁ、なんというか……」
思わずスカートの裾を指先でつまんで揺らしてみる。
(……意外と、楽しいかも……)
気づけば、気分が盛り上がってきていた。
「ちょっと、カフェでも行こうか?」
「え、そんなところ行くの!?」
「もちろん♪ せっかく可愛いんだから、おしゃれなとこ行かなきゃ!」
さとしは驚きつつも、心のどこかでワクワクしている自分に気づいた。
——そのときだった。
ふわっ
「えっ!?」
突然の風が、二人のスカートを大きくまくり上げた。
「きゃっ……!? じゃなくて、うわああ!!!」
「ちょっ……!! もう、やだぁ!」
かすみが慌ててスカートを押さえるのを見て、さとしも必死に裾を押さえる。
(やばい……本当に女の子みたいな仕草になってる……)
いつの間にか、自分が”スカートを押さえる動作”を自然にやっていたことに気づき、さとしはドキッとした。
「……さとしくん、それ、もう完全に女の子の反応だね♪」
「ち、違う!! これは反射的に……!!」
「いやいや、スカートがめくられて咄嗟に押さえるなんて、立派な女の子の仕草だよ?」
「ぐぬぬ……」
かすみの指摘が、なぜか否定できなかった。
そして——
「……あら?」
聞き覚えのある声がした。
ゆっくり振り向くと——
「お母さん!?!?」
そこには、驚いたように目を丸くする母の姿があった。
「……さとし?」
「ち、違う、これは……!!」
「まぁ……そんなに楽しそうにしてるんだから、普段から全て女の子でいればいいわね!」
さとしの女の子への道は進んで行く