母に見られた日
かすみちゃんの部屋で、僕は鏡の前に立っていた。
吊りのプリーツスカートに、フリルのついたブラウス。
ふわっとした布の感触が心地よくて、鏡に映る自分をじっと見つめる。
「さとしくん、すっごく似合ってる!」
かすみちゃんが笑顔で言う。
(僕は――可愛くなりたいだけ。)
それなのに、心の奥がざわつく。
バレたらどうしよう。
誰かに見られたら――
ガチャ
「さとし?」
その声に、全身が凍りついた。
振り向くと、そこには母が立っていた。
驚いたまま、僕をじっと見つめる母。
かすみちゃんも息をのんで固まった。
「さとし……それ……かすみちゃんの?」
「……っ」
何も言えなかった。
怒られるかもしれない。否定されるかもしれない。
でも、母は何も言わず、ただ少しだけ寂しそうな目をして、こう言った。
「……帰るわよ」
僕はすぐに着替え、母と一緒に家へ帰った。
⸻
スーパーの下着売り場にて
次の日、母と一緒にスーパーへ買い物に行った。
昨日のことがあって、なんとなく気まずい。
でも、母は何も言わないままだった。
食材を選び、最後に日用品コーナーへ向かう。
そして、その途中にあるのが――下着売り場。
(まただ……)
僕は、気づかれないように目を向けてしまう。
レースのついたショーツ、可愛いキャミソール。
ふわふわのパジャマみたいなナイトウェア。
(僕も……こういうのをつけてみたい……)
でも、そんなこと言えない。
男の子なのに。
そう思いながら眺めていると、不意に母と目が合った。
「……っ!」
僕は慌てて目をそらした。
母は少しだけ考え込むような顔をして、それから静かに僕の隣に立った。
「さとし」
「……なに?」
少し間を置いて、母はぽつりと呟いた。
「……もしかして、つけてみたいの?」
その瞬間、心臓が跳ねた。
「えっ……?」
僕は何も答えられなかった。
母は、ただ静かに僕の顔を見つめている。
「昨日のこともあるし……なんとなく、ね。」
「……」
バレてたんだ。
でも、母は怒ってもいないし、呆れている様子もなかった。
ただ、少し寂しそうな、それでいて優しい顔をしていた。
「……わかんない。でも……」
僕は自分の手をぎゅっと握りしめた。
「可愛くなりたい、って思うことは……ダメなの?」
小さな声でそう聞いた。
母は少し驚いた顔をしたあと、ふっと微笑んだ。
「ダメなんて、言わないよ。」
優しい声だった。
「でも、さとしがどうしたいのかは、ゆっくり考えればいい。」
そう言って、母はふわっとした素材の可愛いキャミソールを手に取った。
そして、その隣に並んでいたお揃いの柄のショーツをそっと手に取る。
「これなら、お家で試してみてもいいかもしれないね。」
「えっ……?」
母の思わぬ行動に、息をのむ。
「いきなりは難しいかもしれないけど……さとしが本当に試してみたいなら、買ってみてもいいんじゃない?」
僕はしばらく迷った。
でも――
(試してみたい。)
心の奥から、そんな気持ちがわいてきた。
「……うん」
小さく頷くと、母はキャミソールとショーツをカゴに入れた。
それが、僕の中の「何か」が動き出した瞬間だった。