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冬来りなば、恋遠からじ  作者: 当麻月菜
横浜と振袖新造
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8

 無駄に緊張されると、まるで自分が飢えているようで不快だが、男として見られないのも、それはそれで面白くない。


 複雑な男心を抱える雄斗は、もやもやした気持ちを振り落とすように軽く頭を振る。


「ところで、瑠華」


 コホンと軽い咳払いをすると、雄斗は長いすに肘を付きながら本題に入る。


「お前は探し人を見つけて、どうするんだ?」


 帰る場所もなく、ただ一心に男を探しているというからには、相当の理由があるのだろう。


 寄る辺もない少女の目的は、援助か、それとも他の何かか。まさか生き別れの異母兄弟を探していますなんていうオチは、なしにしてほしいが。


 不安を覚えた雄斗に、瑠華の表情が硬くなる。


「それはご本人にしか言えません」


 強情なヤツだと、雄斗は心の中で軽く舌打ちする。しかし、ここまで強情だとある意味天晴れだと、乾いた笑みを浮かべる自分もいる。


 一方瑠華は、雄斗はまるで当人を知っていて、それを確認するために探りを入れていることに、気づいたようだ。


「心当たりがあるとおっしゃっておりましたが、もしかしてその方は……雄斗さんのお知り合いなのですか?」


 確信にせまる質問に、雄斗は不覚にも白を切ることができなかった。


「あー……まっ……まあな」


 雄斗が観念して是と頷いた途端、瑠華はざっと雄斗の膝に縋りつく。


「本当ですか!?お願いします!私、どうしても、そのお方に会わなければいけないのです!!」


 雄斗の腕を両手で掴み、瑠華はぶんぶんとその腕を揺する。


「うわ!お前そんな大声出すな!」


 血相変えた雄斗が、慌てて瑠華の口を塞ごうとした。しかし瑠華は、それを拒むかのように身を捩ると、再び雄斗に向かって懇願する。


「お願いします!!」


 その必死な表情に気圧された雄斗は、ぽんぽんと瑠華の頭を軽く叩いた。


「先ず聞け。確かに、お前の言う通り心当たりはある。が、しかし、そいつは相当の人嫌いだ。そして岩よりも硬い頑固者なんだよ」


 雄斗は、思い当たる人物を思い出し、苦笑する。


 あなたを探してました!といわれても、そいつは間違いなく「生憎、俺はお前なんか探していない。帰れ」と、一蹴して終わりだろう。


 瑠華には気の毒だが、会ったところで望みはない。早々に諦めたほうが身の為だ。


「……そう……そうです……か……」


 消え入りそうな小さな声で呟くと、瑠華は目を伏せ、そのまま俯いてしまった。


 重い沈黙が、二人の間に流れる。沈黙に耐え切れなかったのは雄斗のほうだった。


「あんまり、落ち込むな」


 なるべく明るい声で笑みを作り、雄斗は瑠華の腕を掴んで、隣に座らせる。


「考えてみろ。人嫌いじゃなくても、偏屈者でなくても、こんな夜中に尋ねてみろ”このジョーシキなし!”って激怒されるのがオチだろ?……一先ず、今日は寝ろ。考えるのは明日だ」


 雄斗の言葉に、瑠華はこくりと頷いた。


 それを確認した雄斗は立ち上がると、瑠華を寝台に連れていく。しかし自分はそこには上がらず、長椅子に戻った。


「じゃあな、おやすみ」


 ごろりと横たわった雄斗は、瑠華を背にして目を瞑った。


「あの…」

「……何だ?早く寝ろ」


 ベッドの前で右往左往している瑠華に、雄斗は面倒くさそうに首を捻る。


「私、どこで寝たらいいですか?」

「目の前にあるだろ」

「え?ここで?あの……どうやって寝ればいいのですか?」

「草履縫いで、敷布と掛布に潜り込んで目を閉じれば自然に寝れるだろ。言っておくが寝巻きなんぞ用意してねえからな」

「でも、こんなに高い寝台ですと、落ちた時危ないと思います」

「……なら、真ん中で寝ろ。そして動くな」

「わかりました。あ、枕が沢山あるんですけど、どれを使えばいいのですか」

「好きなものを使え」


 なんだかんだと質問して、なかなか眠ろうとしない瑠華に、とうとう雄斗は痺れを切らした。


「うるさい!早く寝ろ!」


 雄斗の大喝に瑠華は、びくっと身を竦ませたが、それでもベッドに上がろうとしない。


「今度は何がわからないんだ?」

「あの、そうじゃなくって……お願いがあるんです」


 なんだろうと、雄斗が首を傾げる間もなく、瑠華は願いを口にする。


「一緒に寝てください」

「っ……は?……は??はぁぁぁぁぁ!?」


 雄斗は思わず、長椅子から転げ落ちそうになった。想像もしなかったことだけに、衝撃が大きすぎる。


「ばっ馬鹿!お、お、お、おっ、お前、何言ってるんだ?」


 冷静を装うことなど、できそうもない。二十歳をとうに過ぎた男が、16歳の小娘に狼狽えるなんて情けない。だが、今までの人生の中で最も動揺している。


 平常心を保てない雄斗に、瑠華は指をモジモジさせながら付け加えた。


「雄斗さん、とても窮屈そうです。あの……このベットというものですが、とても大きいです。……二人で寝ても、大丈夫なような気がして……」


 いらぬ気遣いに、雄斗は思わず半目になった。


「気持ちだけもらっておく。俺は、ここで寝るのが好きなんだ」


 そう言い捨てると、雄斗は再びソファに寝そべり、瑠華に背を向けた。


「そうですか……でも、いつでも来てくださいね」


 雄斗の耳元で囁いた瑠華が、ベッドに移動したのが気配で伝わった。それからすぐ、しゅるしゅると衣擦れの音が聞こえてきた。帯と上衣を脱いでいるらしい。


 瑠華に背を向けている雄斗にとっては音だけで判断するしかないが、成人男性にとっては、これはまさしく拷問だ。


「雄斗さん、おやすみなさい」


 控えめな声で就寝の挨拶をした瑠華は、ベッドに潜り込むと、瞬く間にすやすやと寝息を立て始めた。


(あああああああああ!!)


 反対に長椅子で背を向けている雄斗は、寝息を立てる瑠華に別の意味でイライラを抱え、しばらくもぞもぞしていた。けれども──


「寝れるわけねえだろっーー!」


 跳ね起きると、そのまま部屋を飛び出した。


(行水でも、何でもいい。とにかく気を静めろ、俺っ)


 雄斗の夜だけは、まだまだ続くようだった。

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