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「つまり、お前は、胸に傷がある陰陽師みたいなやつを探しているってことだな」
魔祓師など、市井の人は知らないだろうと説明をしていたが、雄斗さんは適当に納得して、無理矢理話を終わらせようとしている。それでは困る。
「陰陽師と、魔祓師は違います。確かに、今の感覚では近いと思います。でも大きく異なる点がありまして……それは──」
「ああ、もういい。陰陽師が違うなら、祓い屋ってことだろ?」
めんどくさそうに片手を軽く払う雄斗さんに、私は困惑の表情を浮かべ、思わず「本当に解っていますか?」と訊きたくなる。
でもそんなことをしたら、さすがに気を悪くするだろう。廓生活のおかげで、それなりに空気は読めるようになった。
「あの、それだけの手がかりで探してもらえますか?」
手がかりは、たった二つ。肩から胸に袈裟懸けに傷があり、魔祓師という職についている男性。
魔祓師を理解してもらえたかどうか微妙な状況なので、正直言って、かなり不安だ。
しかし雄斗さんは、目を逸らしつつ、嬉しい返事をくれた。
「ああ。まあ……心当たりは、ないわけじゃねえ」
予想もしなかった雄斗さんの言葉に、気づけば私は身を乗り出して、彼の両手を掴んでいた。
「ほ、ほ、本当に?本当ですか!?」
目を輝かす私に対して、雄斗さんは、あからさまに溜息をつきながら口を開いた。眉間にも、深い皺が寄っている。
「アテはある。が、そいつを探し出すのはなぁ……そうとう面倒だぞ」
「……そうですか」
面倒でも何でも、絶対に探さなくてはならない。
そう言い募ろうとしたけれど、彼の深い深い眉間の皺を見て……諦めた。今は素直に頷いておこう。
それでも、想いは募る。私はそっと雄斗さんから手を離し、窓に視線を移して、思いの丈を口にする。
「私の探している人は、幻でもなく、雲の上の人でもなく、ちゃんとこの地に……同じ空の下にいるんです。手の届かない存在なんかじゃないんですから、絶対に探し出します」
つられるように、雄斗さんも無言で窓に目を向ける。
窓から見える横浜の街は、いつしか日が落ち、海と空との区別が付かないほど深い闇に覆われていた。
もし仮に、私が選びたいと思える人を探してください、とお願いしたら、彼らはどんな顔をするのだろう。
◇
瑠華につられ窓に目をやれば、もう既に夜だった。ついつい話に夢中になり、思わぬほど時間が過ぎていたようだ。
「雄斗さん、馬車が到着しましたよ。スー・山田さんに、待っててもらうよう伝えましょうか?」
佐野の提案に、雄斗は少し悩んで首を横に振った。午後からの荷物の運搬に加え、とんでもない身の上話を聞かされたのだ。正直、今から残った仕事を片付ける気にはなれない。
「……今日はもう、帰るか」
瑠華を一瞥した雄斗は、軽い気持ちで声を掛けた。
「お前、ところで帰るところはあるのか?」
手っ取り早くこの依頼を解決するのは、瑠華を郷里に戻すことだ。
売られたわけではないのだから、女衒も郷里までは追ってこないだろう。もしかしたら、人探しと言いながら、実は家出少女なのかもしれない。
そうなれば、雄斗は人探しを手伝う以前の問題となる。
無事に郷里に戻った後は、親御さんに説教されるなり、もう少しマシな人探しの方法を模索すればいい。
これも何かの縁だし、馬車ぐらいは出してやろうと思って声をかけた雄斗だが、すぐに後悔する。
瑠華の表情は硬く、大きな瞳は、小刻みに揺れていたのだ。
「もう……ありません」
擦れた瑠華の声は、聞き取れないほど小さかった。けれども、雄斗の胸に疼くような痛みを残した。
もう、ない。それは、今では決して手の届かないもの。
年端もいかないこの少女は、もうすでに心に癒えぬ傷を負ってしまったのだろう。
(ほっとくわけにも……いかねえよな)
とはいえ、瑠華の為にできる選択肢は、限られている。
しばらく雄斗は腕を組み、渋面を作っていたが、思い切ったように顔を上げた。次いで、有無を言わせぬ口調で、瑠華に向かってこう言った。
「なら、俺の所に来い」
瑠華は知らない言葉を聞いたように、きょとんとした顔をしたまま、雄斗を見つめるだけ。うんともすんとも言わない。
説明するのも面倒だ。何より自分からこんな提案をしたことに驚いている雄斗は、瑠華が口を開く前に腕を掴むと、事務所を後にした。
瑠華を引き連れ、馬車に乗り込もうとした途端、御者であるスー・山田から「オッ、ダンナァー、ヤールネェー」と爽やかな笑みを向けられた。
瑠華に気付かれないよう、眼力だけで黙らせておく。
御者であるスー・山田の本名は、アンドレアス・ディカヴィ・スー・山田。その容姿は、大層な名に恥じない美男子だ。
褐色の肌に、癖のある黒髪は、日ノ本では珍しい紺碧色。28歳の彼は洋装を当たり前に着こなし、既婚未婚問わず、道行く女性を振り返らせる罪な男である。
彼は出島の出身の混血児。職を求めて、横浜で彷徨っていたところを、雄斗に拾われた。
初めて名前を聞いたとき、残念ながら雄斗は「スー・山田」しか聞き取ることができなかったので、それがアンドレアスの通称になってしまったのだ。
アンドレアスは桐嶋家の使用人となって一年が経つ。訂正する機会はいくらでもあったのだが、それをしなかったのは、アンドレアス自身が”スー・山田”という名を気に入ったからである。