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冬来りなば、恋遠からじ  作者: 当麻月菜
冬来りなば、恋遠からじ

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2

 師走に入ってすぐ、雄斗は久しぶりに食堂で朝食を取っていた。


 充芭が勝手に始めた試験の後、雄斗は傷だらけの状態で教会の敷地内で倒れていたらしい。発見したのは、何故か警察官の指宿圭護だった。


 元旗本の次男坊が傷だらけで倒れているのを発見されたら、それはそれは新聞の一面を賑わすものになる。


 しかし指宿は、どう誤魔化したのか知らないが、密かに自分を屋敷へと連れ帰ってくれた。


 一体どう誤魔化したのか謎は残るが、大きな借りができたことは間違いない。早めに返済したいものだ。茶屋に一声かけておくか。


 とはいえ百日紅の館に運んでくれたのはいいが、魔物から受けた傷は相当深く、雄斗は幾日も目を覚まさなかった。


 意識が戻ったあとも高熱にうなされ、体を起こすことすらままならない状態だった。


 半月以上経った今でも、まだ傷は塞がっただけの状態である。朝食を食べている雄斗は、洋装姿だが、その下は包帯がぐるぐる巻きになっている。


 入院するほどの大怪我なので、医者は傷が完治するまで、仕事は休業するよう訴えたが、雄斗はそれを無視した。


 寝ていても、仕事をしていても、さほど完治する時間は変わらないだろう。


 そんな持論を展開する雄斗に、千代は顔色を変えて叱り飛ばしたが、荘一郎は、いつものように笑顔を浮かべるだけだった。


 今朝の食堂には、瑠華の姿はない。


 それどころか、魔物騒動の後から一度も瑠華を見ていない。荘一郎に、目を覚ましてすぐ瑠華の安否を尋ねたら、彼は渋面を作り「ここにはいません」と首を横に振るだけだった。


 どこに行ったのか、どうしていないのか、雄斗は深く尋ねることができなかった。瑠華は、ふにゃふにゃの大福のように見えて、恐ろしく芯の強い少女だ。


 瑠華が自分の意思で出ていったというなら、もう二度と戻らないだろう。そして許嫁でも、恋人でもない雄斗には、連れ戻す権利はない。


(それでいいさ。今のところは)


 そう遠くない未来、会いたくて会いたくて、たまらなくなる日が来るだろう。


 その時は迷わず、瑠華を探しに行く。そして見つけたら、二度と離さない。

 

 朝食を綺麗に食べ終えた雄斗は、外套を羽織り、帽子をかぶると、銀杏堂に向かうために玄関に向かう。


 見送りに来た千代は、鬼の形相をしている。怖くて目を合わせることができない。


「い、行って……くる」

「お気をつけて。今日は、どうかお早いお帰りを……お願いします。早く帰ってきてください」


 二度繰り返す荘一郎に、雄斗はしつこいとは言えない。


「ああ、もちろんだ」


 軽く帽子を上げて、荘一郎に笑みを向けてから、玄関扉を開けた。


「オ!ダンナ、ヒサシブリネー。イキテテヨカッタヨー。アラ、ソノカオ……ドンマイ。ボッチサビシイネー。デモスグニ、イーコトアルヨー」


 なんてことだ、スー・山田に慰められてしまった。


 傍から見てもわかる程、意気消沈していたのだろうか。我ながら情けない。


 肩を落とす雄斗だが、せめていつも通りスー・山田の戯言を黙殺することで、精一杯の虚勢を張ってみた。


「御託はいい。早く馬車を出せ」

「アイアイサー」


 なんか意味の分からない掛け声を出したスー・山田は手綱を握る。一拍して、憎たらしいほど丁寧に馬車が動き出した。




 揺れがほとんどない車内で、窓枠に頬杖をついた雄斗は、外の景色をぼんやりと眺める。


 窓から見える横浜の街は、短い秋が過ぎ去り、冬を迎えている。


 馬車が走るこの道は、かつて瑠華と並んで歩いた道。あの時、二つの影が伸びて……。


(やめよう) 


 胸の痛みを覚えた雄斗は、静かに目を閉じる。


 初めて出会ったあの日、路地裏で見つけた時は単なる気まぐれだった。深く関わるつもりなんてなかった。……まかり間違っても、好きになることなんてないと思っていた。


 実際に誰かを好きになって、気づいたことがある。恋なんて、事故のようなものだ。


 突然すぎて予測もできないし、勝手にやってきた分際で、とことん心をかき乱す。しかも心の一番奥に居座り、そう簡単に消えてくれるものではない。


 でも、疼くようなこの胸の痛みは、生きている証。生死を彷徨った今だから言える。生きていれば、再び巡り合える可能性はある。


 絆は鎖の当て字。その絆を追えば、必ず巡り合える。この瑠華との絆は、容易に切れるものではない。


「束の間の自由を味わっとけ、瑠華」


 雄斗は頬杖を解き、前を向く。馬車は定刻通り、銀杏堂へ到着した。 

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