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冬来りなば、恋遠からじ  作者: 当麻月菜
一夜限りの関係

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10

 うつろな表情になった雄斗を無視して、充芭は淡々と語りだす。


「この国からたった一人、鍵を託すのにふさわしい人間を選ぶのは、かなり骨が折れる。いわば、胸に傷のある男というのが、巫女たちにとって灯台のようなものだったんだ」


 充芭の言いたいことは、なんとなくわかる。


 最初の足掛かりとして、巫女は胸に傷がある男を探すのだろう。そして、そこから縁を繋ぎ、鍵を持つに相応しい者を見つけるのだ。


 錠は当て字。本来の文字は鎖だった。


 つまり絆錠の法師とは、絆という鎖で常盤の結界を締め、その生涯を鍵として生きる者。


「まぁ、案外こいつのおかげかもしれないな」


 一つの答えにたどり着いた雄斗の胸を、充芭は人差し指でつついた。瑠華は、冥鈴斬に呼ばれたとでも言いたいのか。


「はっ、そんなわけないだろう……多分……」


 鼻で笑いつつも、雄斗は心の中では完全に否定できないでいる。


 冥鈴斬は、そうとう短気なお方なのに、十年以上待たされたのだ。堪忍袋の緒は、間違いなくブチ切れていただろう。


 充芭の言う通りなら、自分は目を覚まさせるためなら、どんな手段も厭わない奴を相棒にしてしまったとなる。ちょっと背筋が寒くなった。


「まぁ、深く考えるな。神は、人と人の縁までは干渉できないから、なるようになっただけだと軽く受け止めるのが一番さ」

「他人事だと思って、適当なことを言うなよ」 


 拗ねる雄斗にクスクス笑う充芭だが、急に真顔になった。


「適当なことは言ってない。人と人との絆で繋がり、絆錠の法師は選ばれる」


 なるほどとは、言えないが、一理ある。曖昧に頷く雄斗に、充芭はパンッと手を打った。


「と、いうことで、お前は選ばれたんだ。もう一度言ってやる。おめでとう、お前が絆錠の法師だ」

「おめでたくないわ!」


 晴れやかな充芭の笑みが恨めしくて、雄斗は、思わず叫んだ。


 しかし充芭の笑みは消えない。暖簾に腕押しとは、まさにこのことだ。


「そう言うな。なかなか名誉なもんだぞ」

「じゃあ、お前にくれてやるわ!こんなもの!」


 喚く雄斗を鼻で笑った充芭は、真顔になり目を細めた。


「勘違いするなよ、坊や。お前には選択肢なんかない。お前は瑠華に選ばれ、俺から鍵を受け取った。この時をもって。桐嶋雄斗、お前が絆錠の法師となったんだ」


 それは、抗う事の出来ない、神託。人はただ、それを受け入れることしかできない。


「結界は今をもって、修復された。しかし、破れた結界から溢れた悪しきものは、ごまんといる。お前は人の世に出たそれを、ひたすら刈るのが使命だ」


 この身に背負ったものは、想像できないほど重い。そして、想像できないものほど、恐ろしいものはない。


「そう深く考えるな。お前が少々難儀を抱え込んだだけのこと。大したことじゃない」


 軽く肩を叩いて終わらせようとしているが、受け取った側としては大したことである。


「俺にどうしろって言うんだよ……くそっ!あ、でも結界が修復されたってことはのなら、一番大事な神様も封印されたってことだよな?ってことは、これ以降のことは、さほど問題じゃないか。あはっ、はは……」


 気持ちを前向きにしようと、雄斗は無理矢理笑みを作った。笑う門には福来る作戦である。


 神が封印されてないなら、間違いなくこの国は神罰が下るだろう。雄斗の難儀もろとも、一瞬で藻屑となってしまう。


「さぁ、それはどうだろうね?」

「……嘘だろ。まさか結界は修復されたけど、封印された神様はどっかに行ったとか……?」


 雄斗の顔が、これ以上にない程引きつる。冗談というなら、あまりに質が悪い。


 しかし、充芭はそれ以上、何も言わない。


「おい、ちょっと何か言え、充芭。あっ……充…芭?ミツハって……まさか!?」


 この日ノ本には、八百万の神がいる。魔祓師である雄斗でも、その全ては知らない。しかし、ミツハという名に思い当たる神がいたことを思い出した。


 闇御津羽神(クラミツハ)──水や雨を司る水神。


 神話にも登場する、由緒正しい神である。


「おい、ちょっと待て待て待て待て。お前、ま、まさか……」


 信じたくはないが、充芭の時折醸し出すものは、妖気ではなく神気だった。そして、一度だけ助けられた際に見た、銀色の粒子はまるで雨のようだった。


「お前、結界を……抜け出したのか?」


 なんのために。どういう目的で?その言葉は、喉が震え言葉にならなかった。


「っぷっ。そう、身構えるなよ。別に厄災なんて振り撒こうとは思っていない」


 そんな器の小さいことなんて、と充芭は笑い飛ばした。有難くも水神さまは、寛大でいらっしゃる。


 しばらく渋面のまま黙っていた雄斗だが、おもむろに口を開いた。 


「なあ、充芭。その……絆錠の法師ってのは引き受ける。その代わり、一つ頼まれてくれないか?」


 雄斗の提案に、充芭は片眉を上げてこちらを見ている。今回も内容によるということだろう。


「瑠華に会ってやってくれ」


 腕を組んでいた充芭の指先が、ぴくりとはねた。それを隠すように、充芭は軽く笑った。


「お前、随分と余裕だな。いいのか?瑠華は、郭上がりとはいえ、二心を持てるほど器用な女じゃないぞ」

「うっ、うるせぇ!俺のことはどうでもいいじゃねえか」


 そんなこと言われなくてもわかってる。瑠華がどういう女性かだなんて、十二分に知っている。


 惨めな自分が辛くて、雄斗はぎりぎり奥歯を噛む。余裕など何処にあるものか。


「……しょうがないだろ……俺じゃ駄目なんだよ。瑠華は、無意識にお前を探しているんだ。一目だけでも会ってやってくれ。どういう経緯で別れたか知らねえが、安否くらい知らせてやってくれ。それが、大人ってもんだろ」


 雄斗の言葉に、充芭はため息を一つ吐くと、雄斗から目を逸らし、天を見上げた。


「お節介、どうも。でもなぁ……逢えねえよ」


 雄斗を見ず、充芭はそう言い捨てた。それは投げやりな口調でもなく、切り捨てるほど冷たいものでもない。強いて言えば、諦めきったものだった。


 その言葉の意味が判るのは、もう少し先のこと。


 かつて同じ時を過ごした二人の関係は、今は封印するものと、封じられるものに変わってしまっていたのだ。想いあう二人でも、再会は叶わない。


 それを知ったとき、雄斗は人を想う痛みを知った。


「──そろそろ、現世に戻る時間だな」


 充芭の声で雄斗は、はっと我に返った。


 死んだと思い込んでいたが、どうやら生きているらしい。そうと分かった途端、自分が作った異空間が気になる。


 魔物は消えたので、少々の時間ならそのままにしておいても害はないはずだが、如何せん、放置しておくのは性に合わない。


「ああ、そうだな。二度と会わないと思うが、月並みに元気で、とでも言っとくぞ」

「そりゃ、どうも。目が覚めたら、色々たいへんだろうからな。月並みに、頑張れと言っといてやろう」


 薄っぺらい激励に青筋を立てつつ、雄斗は来た方向へと踵を返した。


「まあ、ご褒美は他にも考えてある。楽しみにしとけよ、坊や」

「坊や、言うな!」


 しっかり訂正を入れた雄斗は歩き続け──光に溶け込むように、現世へと帰って行った。

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