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冬来りなば、恋遠からじ  作者: 当麻月菜
一夜限りの関係

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8

 目を覚まして、一番最初に雄斗の視界に飛び込んできたのは、こちらを見下ろす充芭の姿だった。まったく目覚めが悪い。


 充芭を睨みつけながら、雄斗は折れた太刀を支えに、なんとか立ち上がる。


「雄斗、太刀を抜け」


 充芭の静かな声音が、耳朶に響く。


「は?見ての通り、抜いてるだろ?折れてるけど……」

「違う!そんなものは、どうということはない。目に見えるものに騙されるな!……お前は、()()()()()()()()()()()


 全てを見透かしているような充芭の視線を受け、頬を打たれたような衝撃が雄斗に走った。


「その身に封じた太刀を抜け。今のお前なら抜けるはずだ」


 今のお前なら。その言葉に雄斗は、はっと息を呑んだ。今、とても大切なことを言われたような気がする。


「あ……」


 眼前には魔物、そして自分は未だ魔霧をまとわりつかせている状況なのに、雄斗は太刀を手放した。


「そうか……そういうことか……。あいつの居場所はここだったのか」


 雄斗は全ての意識を集中させるため、胸の傷痕に手を当て目を閉じた。


「来い、冥鈴斬!」


 胸の奥に潜む、小さな灯を呼ぶ。すぐさま、掌に軽い衝撃を覚えた。


 目を開けた雄斗の手には、折れた太刀ではなく、青白い輝きを放つ太刀が握られていた。それこそが、本当の退魔刀”冥鈴斬”。


「久しぶりだな。随分と待たせてしまったようだ。許せ」


 雄斗の声に応えるように、冥鈴斬がリーンと鈴の音を奏で、強い光を放つ。一瞬で、冥鈴斬は、雄斗の魔霧を消し去った。


「おっ、なんだお前、やればできる子だったんじゃねえか」


 充芭のその言葉で、雄斗のやる気が一気に失せた。


「……充芭、頼むから黙っててくれ」


 気を取り直し、冥鈴斬を構える。しかし、雄斗の眼には殺意がない。切っ先は魔物ではなく、魔霧に向かっている。


「昇華!」


 地面を蹴った雄斗は、一気に魔霧を薙ぎ払う。冥鈴斬に触れた魔霧はその姿を、禍々しきものから、桜花へと姿を変える。


 花は桜木、人は武士。


 もう侍は必要ないのかと絶望し、自ら死を選んだ芳之助にとって、これが一番相応しい最後だろう。


 雄斗の振り上げた冥鈴斬が弧を描く度に鈴の音が鳴り、辺り一面に桜花が咲き乱れる。


 全ての魔霧を桜花に変えると、暗く淀んだ空間が一掃された。雄斗は息を整え、再び冥鈴斬を構えた。


 桜花は、この異空間を薄紅色に染め上げている。その光景は、純粋に美しいと思えるものだった。


(さあ、訣別の時だ。散り際は美しくあれ。この国で最も愛される花のように)


 リーン、リーンと、冥鈴斬は鎮魂の祈りを奏でる。それに応えるように、はらはらと花びらが舞う。


「散華!」


 雄斗が一閃すると同時に、桜花が一気に咲き散る。花びらを受けた雄斗の法衣が、墨色から白へと変わる。


 それは、全てを無に還す浄化の色。”本物の魔祓師”だけが纏うことを許される、法衣の色でもあった。




「お、終わったかぁ……」


 花びらが消え、静寂が戻ったのを確認すると、持てる力の全てを使い果たした雄斗は、膝から崩れ落ちた。


 できることならひと眠りしたいが、まだやることが残っている。


 冥鈴斬を支えに再び立ち上がろうとした雄斗だが、力を籠めようとした瞬間、冥鈴斬は胸の傷へ吸い込まれてしまった。


 十年以上待たされたお怒りはごもっともだが、できればあと三秒待ってほしかった。


「ったく、つれない奴だなぁ」


 支えを失ってしまった雄斗は、大の字に転がった。虎もどきの妖も、魔霧が消滅したのと同時に消えてしまった。揃いも揃って、冷たいものである。


 仰向けに転がった雄斗は、空を見上げて大きく息をついた。


「へへっ。でも、やりきった……」


 満足感で笑みがこぼれるが、疲労と負傷で、体の感覚は麻痺している。これは、ひょっとして、いや、ひょっとしなくても、死ぬかもしれない。


(……残念だ。せめて、もう一度、瑠華に会いたかった)


 瑠華の洋装はよく似合っていた。誠心誠意謝って、もし許してもらえたなら、二人で洋装のまま港の公園に行こうと誘ってみたかった。


 応じてくれたら、まだちょっと自分にも脈があるかもしれない。


 いやその前に、もっと、とりとめのない話がしたかった。いっぱい笑わせてやりたかった。置いていかないと、信じて欲しかった。


 それからそれから……何よりも、もっと、もっと美味しいものを── 


「……腹いっぱい……食わせてやりたかった」

「何言ってんだ、お前?」


 充芭の呆れた声が頭上から降ってきた。


 黙れ。今わの際まで、恋敵尽くしなんて、本当に最悪だ。余力が残っているなら、張り倒したい。そう雄斗が顔をしかめた瞬間、意識が遠のいていった。

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