表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
冬来りなば、恋遠からじ  作者: 当麻月菜
一夜限りの関係

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

42/49

7

 時を同じくして、雄斗は夢を見ていた。魔霧に取り込まれた者が見る、終わりのない悪夢を──。


「……斗、雄斗!」


 誰かが、自分を呼んでいる。いや、この声を自分は知っている。けれど、こんなに焦燥としている彼の声は……ああ、一度だけ聞いたことがある。


 雄斗は、真っ暗になった周囲を見渡す。


 暗闇のずっと奥には、若かりし頃の師匠と、地面に仰向けに転がっている幼い自分がいた。二人とも揃いの法衣を身に着けている。


(これは夢か?……それとも魔霧の幻か?)


 どちらにしても、一番見たくない光景だ。


 幼い雄斗の胸のあたりは、ひどく濡れている。……違う。法衣が黒いからそう見えるだけで、幼い自分を抱えている師匠の手は真っ赤だ。


 自分が魔祓師を辞めるきっかけになった、あの時の光景だ。


「雄斗、死ぬな!……頼む……頼むから……目を開けてくれっ」


 こちらの胸が苦しくなるような師匠の声が、暗闇に響く。


「死ぬんじゃない!ただ……お前は気付くのが早すぎただけだったのに……」


 荘一郎はそう呟き、唇を噛む。いつも穏やかな笑みを浮かべている彼からは、想像もできない焦燥とした表情だ。


「駄目だ。この子を失うわけにはいかない。……絶対に」


 荘一郎は、絞り出すような声で、雄斗を強く抱きしめる。次いで、腰に差していた太刀を抜いた。


 それを目にした雄斗は、なりふり構わず荘一郎の元へと駆けだした。これが夢であっても、この先は何としても阻止しなければならない。


「やめろ!やめてくれ、師匠!!」


 無我夢中で手を伸ばすが、雄斗の手も、声も、荘一郎には届かない。


「師匠、頼む!行くな……行かないでくれっ」


 声の限り叫ぶ雄斗は、この先のことを知っている。


 師匠である荘一郎は、雄斗を救うために、魔霧の元凶となった人を斬るのだ。そして、彼は二度と退魔刀を持てなくなる。


「悪あがきはやめろ。失ったものは戻らないし、過去はどうあがいても覆せない」


 再び魔霧が、雄斗に囁く。その言葉は、つい先日、雄斗自身が浪士の残党──芳之助に吐いた言葉だった。


「お前の言う通りさ。でも何もかも失っても、生み出せるもんだってある」


 魔霧の声は、芳之助の声に変わり、実体のない彼は壊れたように笑い出した。


「あはっはははっはっはははっ。呪いだよ、呪い!さぁ恨め、恨め、恨め、恨め、恨め、呪え、呪え、呪え、呪ええーー!!」


 耳を劈くほどの、芳之助の言葉に意識が呑まれていく。抗う自分が、ひどく愚かに見えたその時──


「させるかぁ!」


 その声は、まるで雷のような男の怒号だった。辺りの空気が震え、魔霧に呑まれ掛けた雄斗の意識が鮮明になる。


 しかし声の主は、姿として確認できない。魔霧と同じように、雄斗の内から聞こえてくる。


 それでも、雄斗は声の主を探そうと声を張り上げる。


「誰だ!出てこい!」 

「うるせえ、ガキがっ。粋がってんじゃねえよ、ちっ」


 盛大な舌打ちをした声の主は、魔霧とは違う意味で気性が荒いようだ。


 凄みのありすぎる声音に、雄斗は何も言い返すことができない。その姿を見ているのであろうか、声の主は再び舌打ちをしてから、口を開いた。


「雄斗、目を逸らすな。この先を見届けろ」

「っ……ぃ……」


 拒む声すら出せず、雄斗の全身が強張る。嫌だという代わりに。身体が震える。


「真実を知る機会は一度しかない。怯えるな、お前の知らない歴史がここにある」


 その言葉に導かれるように、雄斗は震える身体を叱咤して、再び師匠へと視線を戻した。


 薄暗い空間の先にいる荘一郎は、手にした太刀を抜き、天にかざした。


「冥鈴斬、私の声が聞こえていますよね?今こそ、伝承の刻です」


 荘一郎の言葉に応えるかのように、太刀は青白く輝く。眩しくて目がくらみそうになった瞬間、太刀は球体に形を変え、幼い雄斗の胸に吸い込まれていった。


「お別れです。雄斗のことを頼みましたよ。これまで、ありがとうございました」


 頬に赤みがさした幼い雄斗の額をひと撫ですると、荘一郎は立ち上がった。


「いつか雄斗は、全てを知ったとき、私を軽蔑するのだろうか……」


 淋しそうに目を細める荘一郎だが、背筋は伸びていた。それは、全ての業を背負う覚悟の表れ。


 荘一郎は、瞠目する。再び開けたその瞳は、凪いでいた。心を決めた顔だった。


「もう私は、太刀は握れない。それでもね、私はずっと魔祓師でい続けるよ。だって祓うことは────だから」


 ああ、思い出した。祓うこと──それは赦すことだった。


 ただ悪しきものと一括りにしてはいけない。この魔霧の一つ一つに、悲しみや苦しみが込められているのだ。


(やっと、わかった)


 胸をかきむしりたくなる程のこの感情は、かつて誰かが抱えていた苦しみだったのだ。


 どうでもいいものなど、何一つないのだ。


 だから魔祓師は、この痛みに寄り添うのだ。そして消す方法は一つだけ、全てを赦す覚悟で太刀を持ち、矛盾する現実を受け止めること。


(今、改めて誓う。俺は魔祓師となり、全ての罪を赦そう)


 雄斗が胸に手を当て己の進む道を決めた瞬間、胸の内から、それはそれは不機嫌な声が聞こえてきた。


「なぁ、もういい加減に目を覚ましてくれよ」


 お前、ほんと誰なんだよ?と問う前に、雄斗は現世に引き戻されてしまった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ