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冬来りなば、恋遠からじ  作者: 当麻月菜
一夜限りの関係

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6

『お前、どうしたんだ?』


 初めて来た横浜の路地裏で、怖くて不安でうずくまっていたら、突然、男の人に声をかけられた。


 反射的に顔をあげると、そこには不思議な恰好をした青年がいた。


『……逃げたいのか?』


 すばやく周囲を警戒した後、青年はそう私に問うた。


 なりふり構わず頷いたら、厚い布に覆われ、悲鳴を上げる間もなく身体が宙に浮く。


『大丈夫だ、安全なところまで逃がしてやる』


 青年はそう囁くと、私を肩に担いだまま、疾走した。


 そして青年のいう通り、私は安全な場所を与えてもらった。


 けれど私は、彼の人の良さにつけこんで、厄介事に巻き込んでしまった。それなのに──


『ああ、また逢えたな』


 魔霧の苦痛で、現実に引き戻されたら、私の視界に彼が映り込み、優しい言葉をかけてくれた。微笑む彼を見て、私は嬉しかった。とても、とても。


 それから、懐かしい夢も見た。あの人の傍にいた、もふもふした可愛らしい妖たち。もう二度と会えないはずなのに、変わらぬ姿でそこにいた。


(ああ……夢なら、どうか覚めないで)


 願う気持ちとは裏腹に、私の意識は覚醒してしまった。


「瑠華さん、良かった。目を覚ましてくださって……」


 薄暗い部屋の中、荘一郎さんが心配そうにこちらを覗き込んでいた。


「……ここは……どうして?私……」


 外で意識を失ったはずなのに、百日紅の館の自分の部屋で寝かされている。


 状況がわからずオロオロする私に、荘一郎さんは雄斗が運んでくれたと教えてくれた。信じられない。


 驚愕する私を見て、荘一郎さんがどう思ったのかわからないが、安堵した表情から、困り顔になった。


「……瑠華さん、夜中の散歩は感心しませんよ」

「あ……ごめんなさい」


 咄嗟に謝ってしまったが、言い訳ぐらい聞いてほしい。そう思ったけれど、荘一郎さんの方が先に口を開いてしまう。


「どうしても散歩に行きたい時は、屋敷の者と一緒にお出かけください。あっスー・山田はいけません。それ以外でお願いします」

「スー・山田さんは、どうして駄目なんですか?」

「素行が悪いからです」


 容赦ない評価を荘一郎さんが下せば、頭の中にいるスー・山田さんがしょんぼり肩を落とした。元気を出してほしい。


 ……違う、違うっ。私はスー・山田さんに同情している場合ではない。


「荘一郎さん、雄斗さんは?」


 私の言葉に、荘一郎さんは小さく首を振った。


「雄斗は今、ちょっと野暮用で外出しています。すぐに帰ってきますから、今はお休みください」


 荘一郎さんの口調は、とても穏やかなのに、凄く嫌な予感がする。それは、あの時と同じ大切なものが消えてしまう感覚と同じだった。


「い、嫌です。私、会ってお願いしたいことがあるんです」


 落ち着いてと、両肩を押さえ込む荘一郎さんを振り切り、私は身を起こす。たったそれだけで息が切れるが、今はそんな事はどうでもいい。


「雄斗さんを連れ戻してきます。何処へ行ったか教えてください」


 縋りつくように訴えたら、荘一郎さんの表情が変わった。


「落ち着いてください。巫女さま」


 ”巫女”という言葉に、心臓が嫌な音を立てて跳ねた。


「どうして……それを?」


 青ざめる私に、荘一郎さんは苦笑を浮かべ、懐からあるものを取り出した。


「なんで知っているかといいますと……私も、一応、魔祓師なんですよ」


 荘一郎さんが手にしていたのは、雄斗さんと同じ裏山桜の家紋が刻まれた懐剣。しかしまったく同じではない。荘一郎さんの懐剣には、凌霄花の蔦も刻まれている。


 数少ない私の知識でも、その紋が何を意味しているかわかっている。


 凌霄花は、蔓が空に向かって伸びて行く様が、天を支えているようだと言われている。そして、その紋を持つ者は、この国を支えるに値する者の証。


 荘一郎さんは、高位の魔祓師で、常盤の結界の秘密を知る数少ない一人だった。


 そうか。荘一郎さんは、私に会った瞬間から、全てを理解していたのだ。


「荘一郎さん……どうして何も訊かずにいてくれたんですか?」


 私の問いかけに荘一郎さんは、何も言わない。


 けれど常盤の結界が破れたことも、私が要の巫女だということも知っていて、受け入れてくれたことは間違いない。


 私と関われば、何かしらの危害が及ぶこともわかっていたくせに。


「雄斗さんを巻き込んで、ごめんなさい……」


 荘一郎さんとって、雄斗さんはかけがえのない存在だ。荘一郎さんと雄斗さんには、二人だけの長い歴史がある。私はそれを知らず、知ろうともせず、雄斗さんを厄介事に巻き込んでしまった。


 私は雄斗さんを失いたくない。けれど、荘一郎さんは、もっと雄斗さんを失いたくないに決まっている。


 そんな私の心を読んだかのように、荘一郎さんは静かに首を横に振る。


「大丈夫です。雄斗は消えたりしませんよ」

「……本当に?」


 もっと確証が欲しくて、私は荘一郎さんの腕を掴む。


「本当です。何も心配することはありません。雄斗はすぐに帰ってきますよ。それまでに、元気になっておきましょう」


 荘一郎さんは、そう言うと私をゆっくりと横たえた。そして、片手で私の両目を覆う。


「今は、ただ眠ってください。目が覚めたら、雄斗は戻ってきてますよ。あなたが不安になることは何もないです。それに……」


 含み笑いをした荘一郎さんは、こう付け加えた。


「彼は一人ではありませんから」

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