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「……で、お前なんで足抜けなんかしたんだ?」
相当な遠回りの末、やっと、本題に入ることができた。
雄斗の問いに、瑠華は言葉を探すように視線を彷徨わせた。
瑠華は親に売られたわけではなく、目的を持ち、自ら郭に飛び込んだ。だからなのか、彼女からは悲壮感は伝わらない。郭での生活が、辛くて逃げ出したとは思えない。
(なぁーんか、匂うんだよな)
これは、なんでも屋の勘である。真相を突き止めたい雄斗は、あえて問うた。
「お前、横浜だから、足抜けしたのか?」
きゅるるるるるー。
雄斗への返答は、瑠華の口からではなく、瑠華の腹からであった。
(嘘だろう……?こんな返答されるのは、初めてだ)
なんというか、どっと疲れが出た。雄斗は、ソファに深く背を持たれ掛け、ぐるりと首をまわす。
一方、瑠華は、瞬きを繰り返した後、はぁーっとため息をついた。
年頃の女性なら、はしたないと頬を赤らめるはずだが、しょんぼりとした肩が「あーお腹すいた」と、強く訴えている。
「わかったから、そんな顔するなよ。佐野さん、何か食べるものあるか?」
「はい、どうぞ」
こめかみを揉みながら雄斗がに声をかけた途端、まるで予期したかのように、佐野はカステラが乗った皿を瑠華の前のテーブルに置く。
「佐野さん、すげぇ……気が利くなぁ」
「いえいえ、そんな。ちょうど戴き物があっただけですよ」
謙遜する佐野は、すぐにテーブルから離れる。そうしなければ、瑠華が遠慮して手を付けないと思ったのだろう。
過剰な気遣いかもしれないが、一刻も早く食べさせてあげないと罪悪感を覚えるほど、瑠華の目はカステラに釘付けになっている。
「待たせてすまなかったな。ほら、食べろ」
「はい、いただきます!」
行儀よく手を合わせた瑠華は、大きな口を開けてカステラを頬張った。
あっという間にカステラが皿から消えたあと、二人はしばらく、無言のまま茶をすする。窓の向こうでカラスがカアカアと鳴いたのを機に、雄斗は口を開いた。
「で、その探し人には逢えたのか?」
雄斗の質問に、瑠華は俯き、無言で首を横に振る。
「……そうか。で、その男の特徴ってのは何なんだ?顔はわからねえが、身体には特徴があるんだろう?」
一体どんなやつなのだろう。かなり興味を持ってしまった雄斗に気圧された瑠華は、少し迷いながら呟いた。
「えっと……左の肩から胸にかけて……袈裟懸けに傷があります」
その説明に、雄斗は僅かに眉を寄せる。
「お前なあ…今がどんな時代かわかってるのか?動乱がやっと終わったこの昨今、武士を志したもんなら、傷だらけだぞ。肩から胸にかけて傷がある男なんて、どんだけいると思ってるんだ」
呆れ混じりに溜息を吐く雄斗に対して、瑠華は「……でも」と、言いよどむ。
「他に特徴はないのか?例えば、そいつの職業とか、おっさんなのか若いのかさあ」
「あることは、ありますが、これ以上は見ず知らずのお方にお話することはできません」
取り付く島もなかった。きっぱりと言い切る瑠華に、雄斗は軽く息を呑む。このふにゃふにゃ娘は、意外に芯はしっかりしているらしい。
態度の悪い爺なら、青筋立てて事務所からつまみだしているところだ。だがこの好奇心は止められない。
その後もなんとか情報を引き出そうと、思いついたまま質問を投げてみた。が、瑠華は、肝心な部分では「ところどころは合っている」「そうとも言えます」「そうだったような気がします」と、三つの返事だけを使い、のらりくらりと雄斗の質問をかわしていく。
苛立ちはもちろん生まれるが、謎深い探し人を何としても探し出したくなるのは、いわゆる職業病というやつだ。
「見ず知らずってのは、確かにその通りだな。でもなあ、お前はある意味、運がいい。ここ”銀杏堂”は、平たく言えば、なんでも屋。お前ずっと吉原で、その男を探してても見つからなかったんだろ?餅は餅屋ということわざもある。俺はその道のプロだ。これも何かの縁だ。お前の探し人、俺に任せろ。きっと見つけてやる」
気まぐれにも程がある。しかし、雄斗は見てみたくなった。自ら郭へと飛び込み、そして足抜けまでして探し続けている男とは、一体どれほどの者かと。
一気に言い切ると、雄斗はニヤリと口の端を持ち上げる。
「まあ、ただ働きとはいかないけどな」
瑠華は、軽く息を呑んで、まじまじと雄斗を見つめた。どうするべきか悩んでいるようだ。
「あ、あの……こんな事を言っても、信じてもらえるかわかりませんが……」
「いいから早く言え!」
煮え切らない様子の瑠華に、とうとう雄斗は痺れを切らし語尾が荒くなった。
それに気付いた雄斗は、慌ててコホンと咳払いをして、ぎこちなく微笑を浮かべる。
「あーその、何でもいいんだ。そいつの特徴を教えてくれないか?」
なるべく優しく問いかけた雄斗に、瑠華は意を決したように両手を堅く握り締め、もう一つの手がかりを口にした。
「その方は、魔祓師という職に就いているはずです」
「……はぁ?何言ってんだ、お前」
手がかりどころか、ますます謎が深まるだけだった。