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冬来りなば、恋遠からじ  作者: 当麻月菜
恋敵登場!?

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7

「あの馬鹿!!」


 雄斗は思いっ切り舌打ちした。瑠華の文はひどく素っ気無いものだった。


『こんなことに巻き込んでごめんなさい』


 そっけない文章の中に、瑠華の責の念がひしひしと伝わってくる。


(何が”巻き込んでごめんなさい”だ。馬鹿野郎!)


 瑠華は一度だって、自分に「助けて」と言ったことはなかった。


 事の全てを聞いたわけではないが、もし仮に瑠華が気に病んでいるのだとしても、それは瑠華の責なんかではない。


 雄斗自信が、勝手に首を突っ込んだことなのだ。


「ふざけるな……!」


 呻くように呟いて、街路樹の幹を殴りつける。


 ふがいなさと、悔しさで雄斗は拳をぐっと握り締める。爪が掌に食い込んで、ぬるりと血が滲む感触がするが、痛みは全く感じない。


(勝手に決めるなよ)


 心の中で悪態をついた瞬間、苛立ちがこみ上げる。


 雄斗は既に選んでいるのだ。瑠華にかかわる全てに、巻き込まれることを。


「……落ち着け、落ち着くんだ」


 声に出して、雄斗は焦る心を無理矢理に鎮める。


 瑠華の足では、そう遠くへは行けないはずだ。しかし、ただ闇雲に走ったところでは、見つけるのに時間がかかりすぎる。


 手っ取り早く瑠華を見つける方法は、あるにはある。あまり……いや、かなり気は進まないが。


(……やるしかねえか)


 今なら、脇差はない。あの脇差は、いわば雄斗の法力を押さえる蓋のようなものだった。


 魔祓師であることをやめたのに、法力だけは無尽蔵に溢れてくる。


 法力が足りないと嘆く魔祓師がごまんといるのに、不要になった自分だけは、この力を持て余している。


 分け与えられるものなら、いくらでもくれてやりたいと思っているが、こればかりはどうすることもできない。


 雄斗は異国の軍地に続く坂道を駆け上がると、軍地ぎりぎりで足を止め、港の方向へと振り返る。


「開け、我が心眼。悪しきものをこの目に映せ」


 印を結び、真言を唱える。刹那、雄斗の瞳は紅の色彩をおびる。これは、心眼の術。魔物を確実に仕留める為、雄斗は普段は押さえ込んでいる眼力を開放したのだ。


 漆黒の瞳に微かに紅色が滲む瞳で、横浜の街を見渡す。


 一際魔霧が蠢く場所を見つけ、雄斗は眉間に皺を寄せた。


(頼むから、あそこにだけは、いないでくれ)


 祈りにも似た願いを胸に、雄斗は駆け上がったばかりの坂道を、一直線に駆け下りていった。


 坂道を下り、港へと駆け抜ける。辿り着いたところは、異国の神を祀る”教会”とよばれる場所だった。


 左右対称の重厚な造りの建物には、色とりどりの硝子がはめ込まれた窓がある。瑠華は、そこの石段に倒れていた。


 雄斗の瞳が、絶望の色へと変化していく。願いは届かず、瑠華は一番居て欲しくない場所で、うつぶせに倒れていた。


 瑠華の手には、雄斗の懐剣がしっかりと握られている。それを見た雄斗は、怒りよりも深い悲しみに包まれた。


「……瑠華」


 壊れ物を扱うように、雄斗はそっと瑠華を抱き起こし、その名を呼ぶ。


 何度か名を呼ばれた瑠華は、瞼を震わしうっすらと瞳を開けた。


「……あ……雄斗……さん?」


 目を開けた瑠華は、握ったままの懐剣を、少しだけ持ち上げる。


「雄斗さま……これ、取り返してきたよ」


 お使いから帰ってきた子供のように、瑠華は誇らしそうに微笑むと、雄斗が口を開く前に再び意識を失った。


「……瑠華、お前……馬鹿だな……」


 本当に馬鹿なのは自分だ。嗚咽を堪える為、雄斗は瑠華を一層強く抱きしめ、震える唇をそっと瑠華の唇に重ねた。


 瑠華を抱きかかえたまま顔を上げると、教会の門には異国の文字が書かれていた。何とはなしに、その文字を追う。


『剣を取るものは、剣によって滅びる』


 何て皮肉な言葉なのだろう。瑠華の手にある脇差を握りしめ、空を見上げた。


 本当に神がいるのだとしたら──どこの神様でもいい。この少女を救ってくれるのなら、自分は今すぐにでも、その神に首を垂れよう。




 瑠華を抱えたまま屋敷に戻ると、荘一郎も千代も変わり果てた瑠華の姿に、狼狽を隠しきれなかった。


 千代も雄斗と共に看病していたが、雄斗と二人きりにしたほうが良いと判断したのか、いつの間にか姿を消していた。


 雄斗は、寝台の脇に腰掛け、瑠華の髪を撫でる。せめて、魔霧に蝕まれる瑠華の苦しみが和らぐようにと。


 その願いが通じたのか、瑠華はふっと目を開けた。


「……また会えたね。嬉しいな」


 魔霧に蝕まれ、体は相当に辛いはずなのに、瑠華は雄斗を見つめ、眩しそうに目を細めた。


 その言葉は、充芭に向けてのものなのだろう。改めて思い知らされる。瑠華の心には充芭という男の存在しかないということを。


 胸が痛い。この痛みは、血を流す痛みとは、別の痛み。それでも、雄斗は微笑み瑠華の頬に手を添える。


 今の今まで、自分が他の誰かを好きになるなんて思ってもみなかった。


 こんなもの、ただ苦しいだけだ。


 荘一郎も千代も──街で見かけた恋人たちは皆、幸せそうなのに、自分だけはどろどろと醜い感情しかないのだろう。それでも、今だけは。


「ああ。また会えたな。俺も、嬉しい」


 今だけは、瑠華の想い人になろう。それが、どんなに苦しくても。


 雄斗は夢で見た充芭の仕草を思い出し、瑠華の頬を撫で、髪を優しく梳く。


 瑠華はふふっと笑みを漏らし、再び深い眠りに落ちていった。


 ずいぶんな道化だ。惚れた女の想い人の代わりをするなんて。でも、瑠華の苦痛が少しでも和らぐなら、それでいい。


 そっと瑠華の手を取り、優しく包み込むと、雄斗は、この華奢な手の持ち主の幸せを祈る。 


 心なしか和らいだ瑠華の寝顔を見つめ、そっと息を吐く。次いで、窓に向かって自嘲気味に呟いた。


「お前なら、きっと上手く伝えることができるんだろうな」


 一旦言葉を区切ると、雄斗は尖った声で再び口を開いた。


「そうだろ?──……充芭」


 雄斗がその名を口にした途端、ふわりと銀髪の青年が舞い降りた。

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