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冬来りなば、恋遠からじ  作者: 当麻月菜
恋敵登場!?

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31/49

5

 さわさわと、柔かい風が木々ゆする。どこからか甘い香りが漂う。これは菓子の香り?違う、花の香りだ。


 なんの花かと鼻をひくつかせていたら、高緒姐さまが、唄うようにこんなことを呟いた。


『唇と唇を合わせたら、言葉にしなくてもわかるもんだねえ』


 時々姐さまは、突拍子もないことを口にする。


 この前は、困ったときは「初めてなんで、上手くできるかわからない」と言えばいいと言っていた。どちらも、使い方がよくわからない。


『何ですか、それ?』


 振り返った先には、花が綻ぶような高緒姐さまの笑顔があった。それは、お座敷で見せる完璧な微笑とは違う、こちらまで幸せになれるそんな笑顔。つられて、私も笑顔になる。


『うふふ』

『えへへ』


 二人で意味もなく笑いあう。


 今は昼見世と夜見世の間の中休み。私は、高緒姐さまの衣をたたみ、姐さまは私の簪を選んでくれている。太陽は西に傾き始め、二人っきりの部屋を橙色に優しく染めている。


 こんな穏やかな日が来るなんて思ってもみなかった。それが嬉しくて、でも少し不安で猫のように姐さまにすり寄る。


『高緒姐さま、さっき言ってたことって本当?』


 二人っきりの時は郭言葉を使わない約束。だから、わからないことは、素直に口にできる。


『ああ、そうさ。想いを伝えたいときはこれが一番さ』


 そう言って姐さまは、白くて細い指先を私の唇に当てた。どうもいまいち、意味がわからない。


『……そういうものなのですか?』


 首を傾げながらも、私は決心する。それは、とても便利なものだ。絶対に覚えておこうと。


 ふんすっと鼻息を荒くした私に、姐さまは声をあげて笑った。


『ふふっ。間違いないよ。どうしても言葉にできなくて、もどかしいと思った時にやってみてごらん。きっと伝わるよ』


 そう言って艶やかに笑う姐さまにつられ、私も再び、えへへと笑った。


 いつか、私も言葉にできない想いを伝える日が来るのだろうか。その想いとはどんなものだろう。悲しいのか、辛いのか、それとも、嬉しいものなのだろうか。


 期待と不安を抱えたまま月日が流れ、とうとうそれを使う時が来た。


 雄斗さんに、結界の修復を望んでいないのかと問われ、すぐに否定することができなかった。あの箱庭のような世界には二度と戻りたくなかったから。


 けれど、あの人とずっと一緒には居れない。彼は私にとって、ほんのひと時、傍にいてくれて、温もりを与えてくれただけの人。彼には彼の望みがある。


 あの人はずっと、私を通して別の人を見ていたのを知っていた。


 だから、遅かれ早かれ別れが来ることを覚悟していた。そして、別れが来たら、あの人とは二度と会えないことも。


 けれどそれを言葉で伝えるのは、とても難しかった。だから、姐さまの言う通りに、唇を合わせてみた。


 今、自分が傍にいてほしいのは、雄斗さんであって、あの人ではない。私が探していたのは雄斗さんだということを。


 その結果、見事に失敗に終わった。……姐さまの、嘘つき。




 霧雨の中、私は裸足で横浜の街を歩く。


 横浜の地理は、百日紅の館で過ごしている間に、だいぶ詳しくなった。不安はない。私の足は、しっかりと目標の場所へと進んでいる。


 歩を進めながら、私はさっきの雄斗さんとのやり取りを思い出す。


 胸の傷を見る前からすでに、私は雄斗さんを選んでいた。


 今にして思えば、魔祓師かどうかなんて、どうでも良かったのだろう。あの人は、ただ単に、そう簡単に死なない人を選んだだけ。選んで直ぐに、いなくなってしまわないように。


 雄斗さんの胸に傷があり、魔祓師と知ってすごく嬉しかった。


 これでいいよと背中を押してもらえたようで、嬉しくて嬉しくて──あの広い胸に、全てをあずけてしまいたかった。 


 でも、雄斗さんは違った。選んだのは私だけれども、差し出したものを受け取るかどうかは、彼が決めることだったのだ。


 雄斗さんには、雄斗さんの生き方がある。私の自分勝手な都合で、彼を縛ることなんてできない。


 なのに私は、彼の意思も、何の説明もせず、選んでしまった。


 狡いことをした。私はこの選定において、彼が何も知らないことをいいことに、卑怯で最低なことをしてしまった。


 けれど、私はどんな手を使っても、彼との絆が欲しかった。言葉だけではなく、確固たる切れない絆を得たかった。でもそれは、独りよがりの我儘でしかなかった。


「……ごめんなさい」


 そう呟いた瞬間、涙で視界が滲む。これは後悔と、憂慮の涙。


(……それでも……それでも)


 ちゃんと伝えよう。拒絶されたら消えたいくらい辛い。もうどれだけ辛いか想像できないくらいに。


 そうされた時のことを考えると、不安で胸が押しつぶされそうになる。またあの日と同じように、突き放されてしまうのだろうか。


『ここでお別れだ』


 二度と聞きたくない言葉を、再び耳にしないといけないのだろうか。

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