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冬来りなば、恋遠からじ  作者: 当麻月菜
恋敵登場!?

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30/49

4

 雄斗はそのまま、長椅子で寝てしまい、浅い夢を見た。


 夢の中のそこは、初めて見る山間の静かな季節の花々が咲き乱れる地で、湖と呼べそうなほど大きな泉がある。


 まるで空を飛んでいるように、雄斗はその場所を高いところから見下ろしていた。


 良く目を凝らせば、中央に浮島がある。橋はないが、桟橋があるということは、船で行き来しているのだろう。


 浮島の中央に小さな社があることに気付いた途端、雄斗は吸い寄せられるように、社へと引き寄せられた。


 社の中に入った瞬間、クスクスと少女の笑い声が聞こえた。その声を頼りに、雄斗は社を歩き回る。


 見た目は小さいと感じた社だが、中は意外に広かった。室内は、欄間や柱に見事な彫刻がされている。ここはかなりの、高位の身分の者が建立した社なのだろう。


 社に響く少女の笑い声が近くなり、雄斗は息を吞む。聞き覚えがあるこの声は、間違いなく瑠華だ。


(つまり俺は、常盤の結界にいるってことなのか!?)


 慌てふためく雄斗の視界に、瑠華らしき人影が視界をよぎった。影を追うと、泉に面した板張りに、笑い声の主である瑠華がいた。


 雄斗は、突然明るくなった視界に目を細めながら、板張りへと歩を進める。そこに足を踏み入れた途端、雄斗に背を向けていた瑠華はくるりと振り返った。


「見て、見て!これ、蝶々」


 振り返った瑠華は真っ白な巫女装束を纏い、下ろした髪に花簪を差している。


 瑠華が少し動く度に、花簪がシャラシャラと涼やかな音をたてている。


「きれいね」


 にっこりと無垢な笑みを浮かべる瑠華は、横浜で出会った頃より少しあどけない。


 これは雄斗が見ている夢だから、瑠華が雄斗の姿を視界に収めることはできない。


 そうわかっていても、無邪気な瑠華の笑顔は、まるで自分に向けられているような錯覚に陥ってしまう。


(触りてぇな)


 ついさっき酷い言葉を吐き、傷つけてしまったというのに、許してもらえるような気がするのは、あまりに傲慢だとはわかっている。


 でも、そんなふうに錯覚してしまうほど、瑠華の笑みは温かかった。


 思わず手を伸ばしかけた雄斗だが、次に瑠華が放った一言に手が止まり、盛大に舌打ちした。


「充芭の瞳と同じね」


 まぁーた、充芭かよ!会ったこともない男に、雄斗は心の底から怒りを覚える。むっとして、くるりと踵を返したけれど、雄斗の足がすぐに止まる。


 雄斗の真後ろには、銀髪の異形の男が欄干にもたれながら、腕を組み、微笑んでいた。


 腰まである銀髪を背の中ほどで緩く結び、錆色の単を粋に着こなしている。


「ああ、きれいだな」


 充芭はそう穏かに言うと、雄斗をすり抜けて瑠華へと近づく。そして二人は、当たり前のように寄り添った。


「ずっとこうしてたら……いいね」


 瑠華の言葉に充芭はそうだなと頷き、抱き寄せる。


 幸せそうな光景だが二人の笑みは翳りがあり、胸が締め付けられる。どこか終わりに向かっているようにしか見えないのだ。そこで雄斗は、やっと己の勘違いに気づいた。


 二人は、この常盤の結界に護られている間だけ、一緒に居ることができたのだろう。


『何も知らないのに、勝手なこと言わないで』


 瑠華の言葉の、本当の意味が分かったような気がした。


 静かで虚空の世界に縛られながら、ただ一人、妖という存在以外に何もない世界で、彼女は育ち、生きてきたのだろう。


 瑠華は、いつか離れてしまうことを知っていて、妖である充芭を一途に想い続けていたのだ。


 その一刻、一刻を慈しみ、充芭と時を重ねていた。いつか消えてしまう恐怖を胸に仕舞い込んで。本当に心の強い少女だ。


 改めて、自分の犯した罪に痛みを感じた雄斗は、再び身体が宙に浮く。そして見えない大きな力によって、雄斗の身体は現世へと引き戻されていった。


 みるみる間に小さくなっていく社を目にしながら、最後の最後に充芭が天を仰ぎ、ニヤリと笑った……ような気がした。




 雄斗はこめかみに鈍い痛みを覚え、目を覚ました。


「──夢……か」


 呟きながら雄斗は長椅子から身を起こすと、窓へと歩を進めた。


 ガラス越しに映る横浜の街は、まだ暗い。しかし、それは夜明け前だからではなく、雨雲のせいだろう。横浜の街は、薄墨を刷いたかのように重く沈んでいた。


 まるで、あいつの衣のようだな。


 雄斗は先ほどの夢を思い出し、渋面を作る。あれは夢であって、夢ではない。術師の自分が見た、瑠華の過去だ。


 常盤の結界で、二人は悲しげではあるが、それでも幸せそうに微笑み合っていた。


『ずっとこうしていれたら……いいね』


 瑠華の切なさと慈しみが溢れた言葉がよみがえる。


 二人は知っていたのだろう。そう遠くない未来、常盤の結界が破られることを。幸せな時間は、有限であるということを。


 あの寂しく暖かい場所は、永遠に消えてしまったのだ。


「本当に、俺……酷いこと言っちまったな」


 雄斗は腕を組んで、窓にもたれ掛かる。


 橋の無い湖の中央にある社は、巫女を閉じ込める檻にも見えた。


 静まり返ったそこで、瑠華は孤独の中、ずっと常盤の結界を守っていたのだ。唯一、傍にいてくれた充芭という男は、瑠華にとって何より大切な存在だったはずだ。


 まったく最悪だ。大人気ないのにも程がある。つまらない嫉妬で、瑠華を泣かせたまま部屋に逃げ戻るなんて。ちゃんと瑠華の話を聞くべきだった。


 まずは、瑠華が目を覚ましたら、謝らなければならない。そして、きちんと尋ねなければならない。なぜヘタレ法師である自分を、探していたのかを──。


「雄斗さま!」


 バンッと勢い良く開けられた扉で、雄斗の思考は途切れた。


 血相変えて飛び込んできた荘一郎に、苛立ちより、不安が勝る。


「ど、どうした?」


 雄斗に問いかけられた荘一郎は、すぐには答えない。どう、言葉にすればよいのかわかりかねているようだ。


「もしかして……瑠華に何かあったか?」


 それは絶対に否定してほしかった問いだが、荘一郎は苦し気な表情で肯定した。


「姿が見えないのです。先ほど千代が、瑠華さまの部屋に入ったときには……すでに……」


 申し訳ありません、と荘一郎は深く雄斗に頭を垂れた。


 雄斗は大股で近づくと、荘一郎の肩に手を置き、首を振る。


「お前のせいじゃない」


 そう、誰のせいでもない。瑠華がここを出たのは、他ならぬ自分のせいだ。言葉とは裏腹に雄斗は激しく後悔する。


「千代さんにも、そう伝えてくれ。あと、瑠華が好む朝食も整えておいてくれ」


 早口で言い捨てた雄斗は、長椅子にかけてあった羽織に袖を通すと部屋を出た。


「雄斗さま、お待ちください。こ……これを……」


 雄斗が廊下に出ると、追いかけるように千代の声が背後から聞こえた。


 振り向いた雄斗に、千代は一枚の便箋を手渡す。それは、瑠華が書いた雄斗宛ての手紙だった。


 雄斗はたった一行の手紙を読み終えると、あの馬鹿野郎と吐き捨てて、外へと飛び出した。

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