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冬来りなば、恋遠からじ  作者: 当麻月菜
横浜と振袖新造
3/49

3

 詳しい場所はわからないが、瑠華は帝都からも、この横浜からも遠く離れた場所で生まれ育ったらしい。


 遊女になった経緯は、人探しのために何とか自力で帝都までは来たのはいいが、気付いたら吉原の門をくぐってしまったとか。


 そんな馬鹿な話があるか!と、雄斗は思わず声に出してツッコミを入れた。そして詳細を聞いていくうちに、今度はめまいを起こしそうになった。


 瑠華が語る話は、出だしから信じ難いものだった。 


 帝都にやってきた瑠華は、あまりの人の多さに慄き、とりあえず街行く人に、こう声を掛けた。


『帝都で、たくさん殿方が集まる場所はどこですか?』


 捜索の範囲を絞るのは、人探しの常套手段だ。しかしその質問の仕方は、誤解しか生まず、質問に答えた奴もかなり始末が悪かった。


『そりゃ、お前さん。吉原しかないだろう』


 確かに、吉原は遊郭。間違いなく”殿方”が集まる場所だ。もっと言うなれば、殿方しか集まらない。


 信じられないことに、瑠華はその時、吉原という存在を知らなかった。せめて、吉原がどういう場所なのか質問をしなかったことが大変悔やまれる。


 今更後悔しても遅いが、世間知らずの少女は、なんの疑問も持たずに、てくてくと吉原の門をくぐろうとしたらしい。


『でも、大門の門番はとても怖い方でした。私が一歩門から足を踏み入れた途端、凄い形相で、ここから出て行けと私を追い出したんです』


 哀しそうに、目を潤ませる瑠華に対して、雄斗は乾いた笑いを漏らすことしかできなかった。逆である。門番は、かなり”親切な人”である。


 それにしても、門番は相当驚いたはずだ。情報通の雄斗ですら、自分から、のこのこと大門をくぐった少女の話など、見たことも聞いたこともない。


(こりゃあ、先が思いやられるな……)


 雄斗は既に頭痛を覚えているが、瑠華の身の上話は、まだ序の口だった。


『門から締め出され途方に暮れていたところを、親切な人に声を掛けてもらいました。門番の方は、そいつとは口をきくな、今すぐ帰れと叫んでいましたが……。その親切な方は、私の事情を聞いて、やっぱりこの門をくぐるしかないと教えてくれたんです』


 嫌な予感がする。瑠華のいう”親切な人”とは、きっとろくでもない奴であろう。


 頭を抱えたくなる雄斗だが、ここでふと瑠華の事情というものが気になり、一応、尋ねてみた。


『とある男性を探しています。でも顔はわかりません。身体に特徴があるので、裸になってくれたらすぐにわかります』


(……こいつ、アホなのか!?)


 声に出さなかった自分を、雄斗は褒めたくなる。そんなことを言ってしまったら、その先は目に見えている。それなのに瑠華は、嬉しそうに目を細めた。


『その親切な方は、難題ではあるが、一つだけ方法があるといって、私を吉原の中に引き入れてくれたんです』


 はい、女衒で決定だ。雄斗の予想通り、その男は、女を郭に売ることを生業とした者。正真正銘のろくでもないヤツだ。


 瑠華は、身の上相談に乗ってもらったと感謝しているが、女衒からしたら、「鴨がネギ背負ってきた」と内心、手を叩いていたに違いない。  


 見事なほど誤解が産んだ、奇跡的な状況だ。


『あの、知っていましたか?吉原の女性は皆、この門をくぐる為に、借金をしているそうなんです。でも、私はお金を借りる人がいなかったので、置いてもらえる置屋が見つからなくって……』


 雄斗は思わず額に手を当て、天を仰いだ。大いに間違っている。


 ”門をくぐるための借金”ではなく、”借金の為に門をくぐらなければならない”というのが、正解だ。瑠華は、どんなところで育ったのであろうか。


 隣に控えている佐野に、意見を聞こうと視線を送る。だが佐野は、眉間に手を当て俯いている。よほどの衝撃だったのだろう。まったくもって同感だ。


 瑠華のその後は、すったもんだの挙句、気のいい太夫に拾われ、振袖新造として太夫の代理を務めるようになったらしい。


 横浜にいたのは雄斗の予想通り、横浜遊郭でその太夫の代理を務めるためだった。

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