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冬来りなば、恋遠からじ  作者: 当麻月菜
灯台下暗し

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22/49

4

「釈放されたあと、何が……あったんだ?」


 芳之助の死因を突き止めたい雄斗が固い声で尋ねると、権三郎はお茶を一口飲んでから続きを語りだした。 


「その後は……そうですねぇ、あっしの目には何もなかったように見えました。芳之助には妻とその間にできた乳飲み子がいましたから……職を探すように、あっしが説得して、芳之助は頷いてくれました。酒でだいぶ身体を悪くしていても、手先は器用な奴だったから下駄屋の仕事を紹介しようと思っていた矢先、報せが届きましてねぇ。そこで、あっしも芳之助が死んだと知ったんですよ……」

「そうか……そうだったのか」


 おそらく最初に芳之助の遺体を発見したのは、妻だろう。乳飲み子を抱えた芳之助の妻は、どれだけ辛かっただろう。


「芳之助の妻は、あんな男にゃもったいないほど出来の良い女でねぇ、まだ若いし後家のままでは不憫だと思うが、気丈にも一人で子供を育てると言ってねぇ……泣かせてくれるよ。くずっ」


 鼻をすする権三郎に、雄斗は無言で立ち上がると、棚からちよ紙を取り出して手渡す。


「ありがとうございます……そういうわけで銀杏堂の旦那、芳之助の妻になんか割のいい仕事を見つけてくださらねぇか?あっしの方で世話をしたいのは、山々なんですが、かみさんが好女ができたのかと疑って、動けねぇんだ」


 宇佐屋の奥方は、商売上手な反面、気性が荒いことで有名だ。権三郎は婿という立場もあり、家の中では肩身が狭いのだろう。


 丁稚奉公から豪商の主人となった成功者であるのに、幼馴染という理由だけで野党の残党の死後まで面倒を見ようとする心意気は気に入った。


「なるほど。事情はわかった。依頼は受けるが、どんな仕事がいいか希望はあるか?」

「そうですねぇ。多くは望みませんが、乳飲み子を抱えてるので……身体に負担が少なくて、実入りが良くて、人様に後ろ指を刺されない……ぐらいで」

「十分、多いぞ」

「いやぁ、銀杏堂さんを信用してますんで」


 ぺちっと己の額を叩いて、おどける権三郎は根っからの商売人だ。こちらの限界ギリギリを攻めてくる。


 悔しいがこの案件、無理ではない。しかし、今すぐとなると骨が折れそうだ。


「佐野さんにこれ以上、負担かけるのも悪いしなぁ」


 適当に懇意にしている場所を回れば、2、3日中には紹介できるだろう。その代わり、事務所に泊まり込みになりそうだが。


 ガシガシと頭をかいて、今後の算段を立てる雄斗だが、突然手がピタリと手が止まった。


「瑠華、まだいたのか?」


 お盆を両手で抱えて立っている瑠華は、完全に壁と同化していることに気づかなかった。


「あの、お話を聞いてしまって……すみません」

「あーいや、別に構わないだろ?宇佐屋の旦那?」

「え?ええ……もちろんです」


 洋装の瑠華を銀杏堂の従業員と信じ切っている権三郎は、逆になんでそんなことを訊くのかと訝しそうに首を傾げる。千代の作戦は、成功したようだ。


 瑠華は立ち去る時機を逃してここにいたわけではなく、雄斗に伝えたいことがあったよう

だ。


「雄斗さん、あの……近所のケイズックさんが、姪御さんに着物を仕立てたいっておっしゃってました。ただ細かい指示を出したいのですが、意思疎通ができなくて……それで、芳之助の奥様にお仕立てをお願いされたら……どうですか?私、ケイズックさんとお話しできますし」

「は?今なんて言った?」

「え?だから、芳之助の奥様にお仕立てをお願いを──」

「そうじゃなくって、今、お前、ケイズックって言ったよな?それ、ウィリアム・ケイズックで間違いないよな?そいつと会話できるって言ったよな!?」

「え?あ、はい……時々、間違えちゃいますが……」

「時々かよ!?」


 雄斗が驚くのも無理はない。瑠華がさらりと口にしたケイズックという人物は、海の向こうの英国の貿易商経営者の姉の子。日ノ本に一番最初に進出したジャーディン・マセソン商会の責任者である。


 彼とは接点を持ちたくても、持てなかったというのに、まさか瑠華がご近所付き合いをしていたとは。世間は広いようで狭い。そして異国人と会話ができる瑠華の可能性は、未知数である。


 しかも仕立ての仕事なら乳飲み子を抱えていても、さほど無理な仕事ではない。しかもジャーディン・マセソン商会の責任者からの注文となれば、高値で取引できるだろう。


 これほど条件に合う仕事はないが、相手が相手だけに、慎重にならざるを得ない。


「宇佐屋の旦那、芳之助の妻の仕立ての腕はどうだ?」

「あー……いやぁ……人並みですかねぇ」 


 歯切れ悪く答える権三郎は、雄斗と同じ気持ちなのだろう。尋常じゃない汗をかいている。


「あ、ケイズックさん、とってもいい人です。百日紅の館の近くにお妾さんがいらっしゃるので、ちょっとなら日ノ本の言葉も──」

「瑠華、それは他言無用だ」


 危うく知ってはいけない事実を知らされそうになった雄斗は、慌てて瑠華を止める。


 外国人居住地に住んでるはずのジャーディン・マセソン商会の責任者が、どうして家の近所にいるのか、ちょっと疑問に思ったけれど。


 謎が解けた雄斗は、気合で忘れることにする。権三郎も、己の保身の為に念仏を唱えて忘れる努力をしている。頑張れ。


「まぁ、あれだ……一先ず、やってみるか」


 しばらく権三郎を放置していた雄斗だが、悪い話ではないという結論を下す。


 少し悩んだ権三郎だが、呉服屋として利を得ることを期待したのか、最終的には頷いた。


「芳之助の妻には……あっしの方から伝えておきますよ。で、ではこの辺で」 


 そそくさと立ち上がる権三郎は、一刻も早く朗報を伝えたい気持ちが見え隠れしていた。


 引き留める理由がない雄斗は、儀礼的な挨拶を交わし、権三郎を見送った。

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