表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
冬来りなば、恋遠からじ  作者: 当麻月菜
横浜の日常と、雄斗の非日常

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

18/49

10

 スー・山田に「後で話がある」と囁き、馬車に乗り込む。車内は薄暗くて、瑠華は項垂れてはいないけれど、表情が良く見えなくて、雄斗は不安になる。


 怒鳴りつけるほど心配していたけれど、もっと他にやりようがあった。今更悔やんでも遅いとわかりつつ、雄斗は自分自身を責めまくる。


 馬車が止まり、二人そろって落ち込んだ表情のまま百日紅の館に戻り、玄関扉を開ける。真っ先に出迎えたのは、荘一郎ではなく、千代だった。


「瑠華ちゃん、お帰りなさぁーいっ」


 もちろん荘一郎も出迎えてはいる。が、千代に押され、三歩後ろで見守っている。


「瑠華ちゃん、今日は大変だったわね。佐野さんから連絡があったのよ」


 千代はそう言うと膝を折り、両手を瑠華の頬に添えた。


「怖かったでしょう?ほんと、怪我がなくて良かったわ。ったく、雄斗さんがついていながら、瑠華ちゃんを危険な目に合わせるなんて、男の名折れだわ。情けないったらありゃしない」


 ごもっとも過ぎて返す言葉も見つからない。それに、たとえ反論しようとも、口で千代に勝てる気はしない。


 それにしても、佐野はこんなにも過保護だったのか。柔和だが、そこまで世話焼きではないと思っていたけれど。


 帰宅した途端に千代から叱られた雄斗は、幼いころのように助けを求めて、荘一郎に視線を送る。それに気づいた壮一郎は、目が合うと、一つ頷いた。


「どんまいです。雄斗様」


 声としては聞き取れなかったが、荘一郎は間違いなくそう言った。でも、援護する気はさらさらないらしい。 


 瑠華はというと、馬車の中でも始終俯き無言だったが、千代の声でやっと顔を上げた。


「あの……すいません。今日もお邪魔します」

「もう!瑠華ちゃんったら、そんな他人行儀なこと言わないでちょうだい。瑠華ちゃんのお部屋は、もう整えてあるのよ。さぁさぁ、お部屋に案内するわっ」 


 かいがいしく瑠華に言葉をかける千代であったが、屋敷の主である雄斗は無視されたまま。外套すら脱げず、ただただずっと立ち尽くしている。


「瑠華ちゃん、お部屋を案内したら、少し休む?それとも、湯あみする?あっもちろん、夕食はいつでも食べれるわよ」

「私……あの……千代さんの、お手伝いをしたいです」


 瞬間、瑠華は千代に抱きしめられていた。


「もう、瑠華ちゃん、可愛い!!」


 夫の荘一郎よりも、熱い抱擁を交わしているだろう。荘一郎は、遠くを見つめている。


(どんまい)


 今度は、雄斗が荘一郎に向かって、いたわりの眼差しを送った。


 何はともあれ、瑠華の顔に笑みが戻って良かった。


 安堵した雄斗は外套を自分で脱いで、荘一郎に預ける。それから自室に戻る為、千代と瑠華の後ろを歩いていたが、瑠華が自室に入るのを見るなり脱力した。


「……何でまた、ここに……」


 二階に用意された瑠華の部屋は、雄斗の隣だった。


 これではまるで、瑠華と自分が許婚同士のようではないか。決して嫌ではないが、せめて一言断りを入れて欲しかった。


「何か?」


 雄斗のボヤキをしっかりと耳に入れた千代は、振り返って雄斗に笑いかける。


「…………いや、別に」


 文句はないが、すぐ隣に瑠華が居ると、ひどく落ち着かない男心をわかってほしい。


 それから雄斗は楽な格好に着替えると、瑠華と共に夕食を取った。


 落ち込み続けていた瑠華だが、千代の手料理が口に合ったのか、食べ終える頃には笑みを浮かべるようになってくれた。


 安堵した雄斗は、自室に戻るとそのまま長椅子へと倒れこんだ。睡魔が一気に押し寄せてくる。本当に今日は、ひどく疲れた一日であった。


 それもこれも全て、昨日拾った野良猫ならぬ、瑠華のせいである。


(あいつは、本当に猫みたいだな)


 こちらの思慮を無視して、勝手気ままに行動する。本当に目が離せない。


 住むところをなくし、人探しのために郭に流れ着いて、横浜で自分と出会った。そうとう波乱万丈なのに、瑠華は五体満足で、重い病にかかっている節もない。


 今日の一件といい、随分と強運の持ち主だ。まるで、何か見えないものに護られているように。


(……やめよう)


 雄斗は軽く首を振り、起き上がると、窓を見つめた。


 目に見えることが全てで、それ以外のことを考えるのは詮無きことである。


(胸に傷がある男……か)


 夜空を見上げて、その男を思い出した雄斗は、すぐに苦笑した。


(お前、いつから小娘ひっかけるような男になったんだよ)


 記憶にある傷の男は、何も言わない。さも嫌そうに、顰め面をしただけだった。雄斗も、同じような表情を浮かべている。


 瑠華には悪いが、探し続ける理由も、その男に何を望んでいるのかも教えてくれないなら、探し人は絶対に見つからない。


 ただ、どう傷の男を探すのを諦めさせるか────それを考えると頭が痛い。できることなら、瑠華の泣き顔だけは見たくない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ