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冬来りなば、恋遠からじ  作者: 当麻月菜
横浜の日常と、雄斗の非日常

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15/49

7

「……え?」

「……は?」

「……ん?」


 辺りが、一瞬にして、しんと静まり返った。一体誰が、こんな結末を予想できたであろうか。


「はーい、捕獲」


 沈黙を破ったのは、一人の警官だった。


 いつの間に、駆け付けたのだろう。若い警官は慌てた様子などなく、腰に下げていた手錠を男にかけると、後から来た警官に引き渡した。


 その間、ほんの二、三分の出来事。まさしく風のようであった。


「えーっと、逮捕の協力をしてくれたのは誰ですかぁー?」


 騒ぎで、ごった返す民衆に向かって、警官はのんびりと声を掛けた。野次馬たちは一斉に、「この人です」という視線を雄斗に送る。


 しかし雄斗は、それを無視して、瑠華の元へ一直線に駆けだした。


「おい、無事か!?どこも怪我してないか!?」


 雄斗は、荒々しく瑠華の両肩を掴んだ。瑠華は怯えたように身を竦ませるが、小さく大丈夫と頷く。


「ったく、何考えてるんだ。言っただろっ、ここは危ないって!そんな場所に一人で……何かあったらどうするんだ!!」


 無事とわかった途端、激しい感情がうずまく。本当に運が良かっただけだ。掴んだ肩は細く頼りなく、目の前の少女がとても脆い存在であったことに改めて気付く。


 もしあの時、男の太刀が瑠華に届いていたらと考えるだけで、背筋が凍りつく。


「……ごめんなさい。私……ただ……じっとしていられなくて……」


 瑠華は震える声で、雄斗に言葉を紡ぐ。が、決して目を合わせようとしない。それが無性に腹が立つ。


「大人しくしていろって言っただろ!?なんで待てないんだ!一人でフラフラと──」

「あのぉー、お取り込み中すいませんねぇ」


 突然、緊張感のない声が割り込んできた。


「何だおまっ──……あっ……いえ」


 雄斗はほぼ八つ当たりに近い感情で、声の主を睨みつけた。だがそれは一瞬で、すぐに営業用の笑みを浮かべた。


「これはこれは、警察官どの、大変失礼いたしました」


 慇懃無礼に雄斗は姿勢を正し一礼する。はっきり言って、浪士の残党なんかより、こちらの方がもっと厄介な存在だ。


 態度を改めた雄斗に、男を捕縛した若い警察官は目を丸くする。


「ああ、なんだ。誰かと思えば……銀杏堂の雄斗さんでしたか。いやはや、本日もご協力ありがとうございました。今日は可愛らしいお嬢さんをお連れなんですね。ご親戚ですか?」


 この警官、名を岡倉圭司という。雄斗と年が近い彼は、農民から徴募された敬語隊ではない。廃刀令が発せられても、堂々と帯刀できる警察官なのだ。


 彼らは気分と機嫌次第で、誰でも簡単に犯罪者にできる権力を持っている。よろずやを営む雄斗は、時として警察官の手柄を奪ってしまう。


 恨みを多く買っているという自覚がある雄斗は、警察官との接点は最小限に留めたい。


「協力?いえいえ、ただ市井の義務を果たしただけですから。礼には及びません」


 そう短く答えると、雄斗は瑠華の手を引き、銀杏堂へと歩を向けた。しかし、岡倉が壁となり先に進めない。


「他に何か御用でも?」


 あるわけないよな?さっさと退け。そう口にこそ出さないが、雄斗は苛立ちを隠せない。


 一方、岡倉は、不機嫌な雄斗に気を悪くすることなく、チラリと瑠華を見た。


「いやぁ……雄斗さんには用はないんですが、こちらのお嬢さんにはありましてね」

「っ……!」


 顎に手を当て、意味深な笑みを浮かべる岡倉は、逃げ出した振袖新造を捕まえようとする警察官にしか見えない。


 民を守るために存在する警察官だが、袖の下を受け取り、その権力を私用する輩はいる。岡倉が、その類の者という確証はないが、清廉潔白な男という噂も聞いたことがない。


「どんな……要件か、先に教えてもらおうか」


 探りを入れる雄斗は、最悪の事態を想像し、どう切り抜けるかで頭がいっぱいだ。


 奥の手である桐嶋の名を使うことに抵抗はないが、ここは帝都ではなく横浜だ。絶大な効力を発揮するかどうかはわからない。


 不安と緊張で、雄斗はついごくりと唾を飲んでしまう。


 その仕草をどう受け止めたのかわからないが、岡倉はくすりと笑った。


「男が女に興味を持つのは、一つしかないでしょう?ただ、このお嬢さんがあまりに可愛らしいから、紹介いただきたかったんですよ」

「なっ……し、仕事中だろ、お前!!」


 思わず怒鳴りつけた雄斗に、岡倉は歯を見せて笑うと、こんな返答をした。


「ははっ、役得な仕事ですよねぇ」

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