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冬来りなば、恋遠からじ  作者: 当麻月菜
横浜の日常と、雄斗の非日常

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3

 グラグラに揺れる雄斗と、己の魅力を存分に発揮する瑠華。決着は目に見えているが、ここで瑠華に加勢する者が現れた。女中頭の千代である。


「瑠華ちゃん。お出かけするなら、こちらも持っていきなさいな」


 大島紬の肩掛けを腕にかけて、小走りで近寄ってきた千代は、見つめ合う二人を見て首を傾げた。


「あら、お出かけする時間はとっくに過ぎているのに、今日はお休みなさるの?雄斗さん」

「いや、行く」


 即答する雄斗に、瑠華はぐっと身を乗り出す。


「私も行きます」

「いや、お前は留守番だって言ってるだろ!」

「嫌です。私、探し人を見つけないと……!」

「まぁ、瑠華ちゃん、どなたか探しているの?」


 割って入った千代に、瑠華は救いを求めるような眼差しを向ける。


「はい、そうなんです。私、この横浜である人を探しているんです」

「あら、そうだったの……ねえ、良かったら、どんな方か教えてくださらない?ご近所さんに、思い当たる人がいるかどうか伺ってみるわ」


 親切心で尋ねる千代に悪気がないことはわかっているが、雄斗はげっと心の中で呻く。


「ちょっと待て、瑠華。お前、昨日は安易に教えられないって言っただろっ」

「はい。でも、千代さんなら大丈夫です」

「俺にはすぐに教えなかったのにか!?」

「雄斗さまったら、ふふっ……拗ねないでください。女同士の方が、打ち解けるのが早いだけのことですわ。ふふっ」


 雄斗を嗜めた千代は「それで、どんな方なの?」と詳しく聞き出そうとする。瑠華も瑠華で、今にも口を開きそうだ。


「あーもー!わかった、わかった!!」


 探し人の特徴を知られたくない雄斗は、瑠華の背に手を当て歩き出す。


「二人とも、気を付けてね」


 笑顔で送り出す千代に、逃げるように玄関に向かう雄斗は罪悪感で胸が痛い。


 しかし何としても、千代に知られるわけにはいかなかった。


 なぜなら瑠華の探し人は、雄斗と同様に千代にも思い当たる人がいるからだ。万が一にも知られたら、とても厄介なことになる。


 雄斗は苦渋の決断で、瑠華と一緒に銀杏堂に行くことを選んだ。


 人と会う予定がなければ好きな時間に職場に行ってもいいのが銀杏堂のいいところだが、雄斗の性格上、きっちりと定刻に出なければ落ち着かない。


 それを知っている百日紅の使用人たちは、抜かりなく馬車を用意している。


 玄関扉を開ければ見送りのためだろう、荘一郎は馬車の前に立っていた。


 御者席から飛び降りたスー・山田は、いつもより遅れて姿を現した雄斗に驚く様子はなく、ニヤリと意味深な笑みを浮かべると、グッと親指を立てた。


「オッ、ダンナァー、ドウハンシュッキン?イイネェー、ヤッルネー!」


 絶好調に逆鱗を撫でたスー・山田に、雄斗は眼力に加え、盛大な舌打ちをおまけした。


「ダンナ、オカンムリ?コワイネェー、バシャダスヨー」


 ブルブル震えながら御者席に戻るスー・山田を無視して、雄斗は瑠華を馬車に乗せると、荘一郎に声をかけた。


「それでは、行ってくる」

「お気をつけて」


 荘一郎の手で馬車の扉が閉まり、ゆっくりと馬車は港の方向へと走り出す。


 滑るように走り出すスー・山田の御者の腕前は大変素晴らしいが、余計な事を言うのが玉に瑕である。


 車内で流れていく窓の景色を見ていた雄斗だが、視線を感じて向かいに座っている瑠華に目を向ける。


 昨晩、馬車に乗り合わせた時は落ち着き無く、きょろきょろと視線を彷徨わせていたのに、今朝の瑠華は、おどおどした様子は微塵も感じられない。とてつもない順応力である。


 雄斗は関心半分、呆れ半分で苦笑を漏らす。瑠華といえば、照れくさそうにえへへと笑みを浮かべた。能天気さも、兼ね備えているらしい。


「言っておくが、事務所に行ったところで、外にはださないぞ」


 この調子で、瑠華に好き勝手に動かれたらたまらないと、雄斗は釘をさす。


 威圧的とまではいかないが、真剣な雄斗の表情に、瑠華は神妙に頷いた。


「はい。わかりました。あの……」

「なんだ?」

「怒ってます?あ、いえ……わがままを言ってしまったから、怒ってますよね……すみません」


 行きがけのやりとりのことを、今更謝られても困る。


「別に、いい」

「でも、姐さまが”別に”と言う殿方は、大抵怒ってると仰ってました」

「なら、俺は例外だ」

「……はぁ、そうですか」

「ああ、そうだ」


 強く頷いた雄斗は、この話はこれで終わりと言いたげに、腕を組んで目を閉じる。


 雄斗は、決して怒ってはいない。だが、千代の方が自分より早く信頼を得られた事実に、ちょっとだけ拗ねているだけなのだ。

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