2度あることは
タノスが銃を取り出し、銃口を商人の男へ向けた。
「えっ、えぇっ!」
「わータノス!何してんのさ!」
近付こうとしていたセロットは止まり、タノスは少し後ろの方から銃口を向けたまま近付こうとはしなかった。
「どう考えてもおかしいだろう。
こんなところに普通店を出すか?」
「出すかも知れないじゃん」
「追手のうちの一人だと考えるのが妥当だろ」
「お、お客さん落ち着いて!
そんな物騒なもん向けられたら話も出来やしない!」
「そうだそうだ!
岩に囲まれて落ち着いた状態じゃないと商売出来るわけないって言ってるじゃん!」
「違いますよ!?」
「何を言ってるんだお前は」
困惑する商人と銃口を向けたままのタノス。
セロットはタノスの横に来てやや手を上げ、銃口を手で塞ぎながら喋る。
「まぁまぁ、そもそもだよ?
このおじさんはあの街でたまに店を開いてるって衛兵の人が言ってたでしょ!ほら、街を出る時にさ」
「追手だったら僕らの通るルートを先読みなんてわかるわけないし、仮にそこでマーキングされてたとしたらもっと早く追手は僕らに追い付いてるはずだよ!」
(待ち構えてるかもって言ってただろ……)
「マーキングしたことを悟られないためだとしたら?」
「もしそうだったらそもそもこんなあり得ない場所に現れないでしょ!」
手のひらを返したセロットに怪訝な顔をする商人の男。
「いいや……」
「もしも能力の条件が『何回か会う』ことだったらどうする?」
「ははーん。
タノスもちょっと賢くなってきたねぇ!」
疑い続けるタノス、余裕さが一向に崩れる様子のないセロット。
「でもねぇ、それも違うんだな!
回数で発動する能力はね、終了回数に近付けば近付く程魔力の独特の波が強くなっていくんだ!」
「!」
「丁度首のあたりを見ると一番よくわかるんだ、体内を巡る魔力の速さも変わるからね」
タノスは銃口を下ろし、商人の男の首元を見る。
目を凝らして見るが、そもそも魔力の揺らぎも強弱も感じ取れなかった。
(街の中で見た時と同じだ)
「……」
商人の男は、首をまじまじと見られ緊張する。
「そ、そんな能力ワタシにはありませんよ。
その様子だと、セロットさんが言ってる通りでしょう!?」
「……チッ」
軽く舌打ちをして下がるタノス。
「ごめんねぇおじさん、疑い深くってさタノスって!
さぁ見せて見せて!」
そう言うとセロットは店主の元へ駆け寄り、品々を吟味し始めた。
タノスはその様子をやや後ろの方からじっと見つめる。
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「もしそうだったらそもそもこんなあり得ない場所に現れないでしょ!」
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(……ん?)
タノスが何かに気付いたのと同じタイミングで、セロットは買い物を終えた。
「ではよい旅を!
流石にもう会うことはないでしょうけれども」
「そうだねぇ、3回目はびっくりしちゃうからね!」
「またね~」
崖の上の商人を背に、セロットとタノスが走り出す。
程なくして、タノスが口を開いた。
「……お前、何かわかってるんじゃないのか」
「え?何が?」
「とぼけるな」
「んっふふふ」
笑いながらセロットは話しだす。
「いやぁ、あのおじさんも出る"場所"が悪かったよね!
あの様子だと"いつも"そうなんだろうけどさ」
「何?」
「まぁそんなに経たないんじゃないかな!
僕もこれだけじゃおじさんが何なのか、何をしたいのかはまだハッキリ断言できないけどさ」
「"3回目"の時にぜーんぶわかるよ」
ニヤリと横を向きながら笑うセロット。
タノスは静かにため息をついた。
ついたため息の後に空気を吸い込んだ時だった。
セロットの身体が赤くなり、体長は一気に2m以上になる。
(ということは)
追手が来たことを悟ったタノス。
廃れた石の都市に既に入り込んでいた2人は一旦止まる。
「……あ、これ違う」
セロットは静かに呟く。
「教団側だ」
「!」
数分後、両者は出会う。
灰色のマントをまとい、フードを被り目元と鼻を覆うマスクをつけた者。
対するは、赤い皮膚に体長2m以上のままのセロットとタノス。
「君らがセロットとタノスか」
「どけ。
殺されたくなければ」
セロットが低い声で唸る。
「彼らはぬるかっただろう?
敵わないと知るや否や交渉に持ち込もうとしたと聞いた時は呆れたが」
「最後の通告だ。
今すぐ鍵を渡さなければ君達の命の保証は出来なくなる」
教団の男はセロットに対して臆する様子を全く見せず淡々と話す。
「……」
数秒押し黙ったセロットが、元の大きさに戻った。
「言葉が足りないんじゃない?
"命は保証するけど能力は貰う"、でしょ?」
元の話し方に戻ったセロットを横目で見るタノスは、セロットの意思を読み取る。
(この話し方は――)
「なんのことかさっぱりだが」
「ふふ、まぁいいさ。
命の保証、ねぇ」
セロットはニヤニヤ笑いながら言う。
「心配するところが違うんだよね~。
僕とタノスの命の保証は僕が出来るからいいけどさぁ」
「君ら教団達の命の保証は誰がしてくれるのかな?」
「今すぐ諦めてくれるなら、僕が命の保証屋さんになってあげてもいいよ」
少し顔を横に傾けながら言い放ったセロット。
教団の男からほんの僅かに放たれた殺意を、タノスも感じ取った。
「これ以上の会話は不要と見た。
"また会おう"」
「はいはい、また後でね~」
男は目の前から姿を消した。
(嘘だな。
俺達を逃すわけが無い……これから俺達が向かうルートを見に来たんだろう。
ということは既に先のポイントいくつかで待ち構えている、か。
……とはいえどのみち)
タノスが口を開く。
「お前がそう言うってことは――」
「はい、ぴんぽーん」
「教団、全員ぶっ飛ばしコースで~す」
両手の親指を立てて笑うセロット。
そう決めた後、相手がどうなったのかタノスは何度も目の前で見ている。
「まぁ……」
「気の毒とは思わん」
そう言ったタノスは、セロットについていきながら全身を流れる魔力をほんの少し強めた。
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洞窟の入口前で、タノスが口を開いた。
「おい……セロット」
タノスは既に右手に銃を持っていた。
「うん」
洞窟の入口に店を構えた商人の男がこちらを見て笑う。
「2度あることは……そうでしょう、あるでしょうね。
運の巡り会わせというのは――」
チラリと下を見た商人の男が一瞬だけ目を丸くした。
「いやぁあるんじゃないの!3度目って意外とあるある!」
「偶然だなんて今言ったら、誰にだってバカにされちゃいそうだけど」
セロットは商人の男の仕草を見逃さなかった。