行商人
先の町で手に入れていたこの国の通貨とお菓子を門番に見せたセロット。
銀の甲冑、銀の兜を被った門番達はセロットとタノスの顔を見た後、そのお菓子を見て思案する。
「少しここで待て」
手渡した通貨とお菓子を持っていった門番2人。
残っている1人に話しかけるセロット。
「どのぐらいかかりそう?」
「さぁな」
「よしわかった。
タノス」
「なんだ」
「どのぐらいかかるか3人で予想しよう。
一番近かった人が返って来たお菓子を食べる権利を貰える!」
「……」
怪訝な顔をして何も言わないタノス。
2秒経ってから気付いた門番の男が口を開いた。
「……今俺を巻き込んだか?」
「え?そりゃここには3人しか居ないじゃん」
門番の男はタノスと同じ表情をしてセロットを睨んだ。
「おっ……これはタノスの負けだな」
「何がだよ」
「眉間に寄ったシワの数!」
「もうあいつらが戻ってくるまでお前黙っててくれないか……」
門番の男の小言に、セロットは両手で口を抑えた。
2人の門番が戻ってくると、両手で口を抑えたままのセロットが手以外を使って体操をしていた。
「どうした。
そいつ気が触れたか?」
「いや……元々こうらしい」
「そりゃ大変だったな。
おいガキンチョ、入国許可が下りたぜ」
「ン?
ンンー!」
「はははは!
ちゃんと返事しろっての」
戻って来たうちの片方の男はセロットの仕草が気に入ったようだった。
「本当にそんなものだけで許可が下りていいのか」
そう言ったタノスに、笑う門番の男はテンションを変えずに返事をした。
「そんなものなんて言っちゃいけないぜ!
この菓子は通行証代わりなんだ」
「何?」
「タノスには何も教えてないからね~」
口から離した両手を腰に当てて左右に揺れるセロット。
セロットと同じように左右に揺れる門番の男が説明する。
「外の世界から来た奴に入国許可を速やかに出す暗号みたいなもんだよ。
普通の菓子からはしない独特な香りが僅かにするんだよこれ」
「!」
「ガキンチョはただのガキンチョじゃないってことはよーくわかったからな!
くれぐれも面倒事起こさないでくれよ?」
「任せてよ!
って言っても僕らはこの国を通るだけなんだけどね」
「通るだけ!?
はーっ!後悔するぜ~うちを素通りしたこと」
「いやぁその勢いは確実に後悔するやつだね!
僕の顔を覚えておきな!もう一度来たり来なかったりするよ!」
「言ったな~!?」
テンションの高いセロットと門番の男。
「いいから早く行くぞ」
2人の横をスタスタと歩いて通り過ぎるタノスを慌てて追いかけるように小走りになるセロットは、振り返って門番達に大きく手を振り続けた。
やや早歩きで王都内の栄えた町を進み、人通りの少ない小路伝いに海を目指す。
その途中の出来事だった。
「そこの旅人さん達、ちょ~~っとばかし見て行きませんかね?」
通りがかろうとした、左奥にある小さな黒い屋台から聞こえて来た男の声。
台に敷かれた紫色の綺麗な布、その上に並べられた7つの商品。
店主と思しき男が手招きをする。
紫色の分厚いターバンで頭と後頭部を覆っており、黒ずくめの服を着ていた。
やや縦長の顔つきに少し伸びた顎鬚、目つきの悪い一重の瞼からは人相が良いとは言いにくい。
「思わぬ掘りだし物……見つけるかも知れませんね?
さぁさ、さぁさぁ」
店主を睨みつけるタノスとは対照的に、セロットは早歩きで店の前まで近付いた。
「おいセロット!」
「まぁまぁタノス。
ちょ~~っとばかしね?ちょ~~っと!
今から行く道が楽になる道具があるかもよ?」
「おぉ旅人さん、わかってらっしゃる!」
タノスは一度舌打ちすると、セロットからやや距離を置いて静観し始めた。
並ぶ商品はどれも手で持てる程の小ささだった。
陶器製の置物、楕円形の笛、灰色の淡く光る菱形の結晶……
それらの前に値札が置いてあり、セロットは通貨の種類に気付く。
「5つはこの国のお金で買えるんだね。
他2つは……どこの国の通貨?」
「こちらは"その国"で仕入れた物でしてね。
たとえ倍の額を出されても売れませんのでご注意下さいね」
「えー!?
おじさん儲かりたくないの?」
「ほら、ワタクシは行商人ですから。
あちこちのお金があった方が便利なんですよ」
商人はやや誇らしげにしながら言う。
「それに……これはワタクシの決めたルールなんです!
仕入れた物は仕入れた国のお金で売る、商人を始めてから一度も破ったことはありません」
「ほぉー……筋を通すことに余念が無いんだねぇ!」
「ふっふっふ」
和やかな雰囲気の2人を見るタノスの表情は変わらない。
「しかし参ったなー、この国の最低限のお金しか持ってないんだよねぇ。どうしよっかな。
これ、手に取って見てもいい?」
「ええ、どうぞどうぞ!」
セロットは置物を手に取りまじまじと見つめる。
タノスはその様子を見ながら思考を巡らせていた。
(商品に手をつけることをあんなにあっさりと許すのか……
ガラクタ売りだろうな)
(この店主からは強い魔力を感じない。
何か能力を発動してる様子も無いはず。そろそろ急かすか)
タノスが動こうとする前に、セロットが声を上げた。
「よーし決めた!」
(は?)
「この笛と、この綺麗なの頂戴!」
セロットはマントの内側からゴソゴソと貨幣を探し出す。
「本当に買うのかお前」
「えへへ、僕はお目が高いことで有名だからね」
「いつ有名になったんだ……」
商人はニコニコしながら代金を貰い、商品を2つ手渡した。
「ふふふ!ありがたい限りです。
ところでお客さん、これからどちらへ?」
「ん?
お城の横を通って出た後、確か海があるはずだからそれを越えるんだ!」
「海をですか?
それは奇遇ですね! 私もゆくゆくは海を渡るつもりなんですよ」
「船かい?」
「ふふ……
船よりも便利な代物がありまして」
「え!?
それ僕らにも――」
「一人用が一つしか無いのですよ、これは諦めて下さい……ふふ」
迫ったセロットに申し訳無さそうに言いながら薄ら笑いを浮かべる商人。
「ちぇー!
それなら仕方ないね」
すんなり諦めたセロットは身を引き、歩き出す。
「ありがとね店主さん!」
「えぇ!」
「また機会がありましたら是非ともごひいきに~」
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両足に魔力を集中させながら、海の上を走り続けるセロットとタノス。
夕方になりかけており、西日が左から2人を照らす。
「それにしたって警戒しなさすぎじゃないのか」
「んー?
さっきのおじさんのこと?」
「大丈夫だよ~!
行商人なんて珍しくも無いんだし、僕らは運が良かったってことでさぁ」
「普通、少しぐらい素性がわかってから取引するだろ」
「いいのいいの!
あのおじさんはね、良い人の顔してたから!」
「適当過ぎるだろ」
「そんなことよりも、だよ!」
「そろそろ面倒だからどうにかしよっか」
「この先森があるって言ってたし、そこでちょっとだけ痛めつけるしか無いな~」
呑気に言うセロットと、無言で肯定するタノス。
海の近くにある小屋の陰から、2人の男がセロットとタノスの気配を感じ取っていた。