甘さたっぷりの貝殻
「タノス、『朝焼けの貝殻』って知ってる?
知らないよねぇ~」
「……」
「陽が昇って眩しいどころじゃなくてね。
1か月に1回ぐらいかな? 気候の影響で朝日が昇った時にホントに肌が焼けるんだよ!」
昼下がり、石レンガで舗装された緩やかな坂道を下る2人。
左右に立ち並ぶのは一軒家、野菜を売っている屋台、卵売りの屋台等。
穏やかな風が南から吹き、寒くもなく暑くもない過ごしやすい気候だった。
得意気に話すのは、先端が尖っているこげ茶色の帽子を被った男、セロット。
帽子の先はややくたびれたように曲がっており、全体的にしわや薄汚れが目立つ。
大きめの黒いマントに、首元でマントを結ぶ赤いリボン。
先の丸まった茶色いブーツを履いた彼は、炎のように揺らめくオレンジ色の顔をしており異彩を放つ。
中心が白でその周りが黒い眼をしており、凸凹に見える口。
一般的な寿命の子供で言えば10歳程度に見えるような小柄な身長だった。
黙って話を聞くのは、肩程まである髪に前髪は目にかかるような暗い雰囲気の男、タノス。
首元まで隠れるジッパーで前を閉めた黒い服を着た彼は、左右の腰に一丁ずつ銃の入ったホルダーを付けている。
「朝焼けってそのままの意味なんだよね!
そういう国があってさ、朝焼けが来た時に灯台守は交代するんだけどね?
肌を露出させないように注意を払いながら、仕事を終えた灯台守はすぐ側の砂浜で貝殻を取るんだ!」
セロットとタノスの横を子供達が走り抜けていく。
「朝焼けの時だけ、貝殻に混じって滅多に取れない美味しい貝が取れるんだって~!」
味を想像しながら涎を垂らしそうになるセロット。
「……今その話、関係あるのか?」
「そりゃもう大アリさ!
朝焼けが来たら貝殻を拾う、そういうタイミングを……得を逃さないって意味の言葉さ!
つまり――」
「今の僕らにとっての貝は、"アレ"だってこと……ふふふふ」
セロットが見る先には、坂を下りきった場所にある広場。
広場は子供達の声で賑わっていた。
「まだ!?
まだお菓子ある!?」
「いやあるでしょ、いつも先に無くなることなんて無いんだからさぁ」
「違うよ!俺の食べたいお菓子が無くなったことあったって!」
広場に到着したセロットとタノスの左を駆け抜けた子供達の声が耳に入る。
広場の中心には若い者からお年寄りまで十数人の大人がおり、皆一様に黄色くて縦長の帽子を被っていた。
大人達は色とりどりの飾りつけがされたテーブルや、木で出来た2m程の塔のような模型に乗ったお菓子を子供達に配る。
「おいそこ!横入りしちゃダメ!」
「これこれ……喧嘩の種を撒いたら嫌な花が咲くだろう」
お菓子に群がる子供達、中心から少し離れたところでお菓子を食べながら話をする子供達。
建物の側で子供達を見守る親と思しき大人達も、親同士で談笑していた。
「じゃ、僕ちょっと行って来るね」
「待て待て……」
当然のようにお菓子を貰いに行こうとしたセロットを呼び止めるタノス。
「まさかこの町に立ち寄ったのはこれが理由か?」
「え? これ以外何かあったっけ?」
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数時間前。
「あの山超えた先にある町だよタノス。
目的地を知る重要人物に突撃だ!」
「また山か……」
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「人を探しに来たんじゃないのか」
「ん? 目的地はもう僕知ってるから探さなくてもいいかな」
そう言いながら振り向いたセロット。
イラつきを顔ににじませながらセロットを睨みつけるタノスがそこに居た。
「あっ待って! ちょっと聞いてよ!
ほらお菓子が手に入る機会なんてなかなか無いじゃん?
噂を聞いた時からどーしても行きたかったのさ! 旅の途中には甘い物が必須なんだってば!」
「最初からそう言えばいいだろ……」
「でもそんなこと言ったらダメって言うじゃん」
「言うに決まってるだろ。
依頼の途中でどうでもいい寄り道しやがって……」
「なら僕は嘘をつく以外無い!」
「寄り道するなって言ってるんだ俺は!」
「まぁまぁタノス。
僕のためだけってワケじゃないさ、依頼主にもお土産をとね……」
そう言いながらセロットは早歩きで広場の中心へ向かって行った。
「チッ……」
セロットはただでさえ高い声色をやや高めにし、控えめな言葉遣いでお菓子配りの大人へ話しかけた。
子供達の中には髪の毛から角が見えている者や目が複数あるヒューマンとは違う容姿の者達も居る。
燃える炎のような顔のセロットは、大人から見ても少し珍しい種族としか思われなかった。
タノスの元に戻って来たセロットは、薄い茶色の紙袋の中に小さなお菓子を十個程入れて持ち帰ってきた。
「えへへ! 旅してるって話したら多めに貰っちゃた!」
「さっさと行くぞ」
「あ、タノスも貰ってくる?
僕タノスが小さく見えるようになる魔法ならすぐに」
タノスは小路を目指して無言で歩き始めた。
「タノス?
違うんだよこの魔法凄いんだよ?
身長だけじゃなくて見た目も自動的にさぁ」
タノスを追いながらセロットは話を続けるが、タノスは当分返事をしなかった。