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プロローグ

ミュラは憂鬱だった。

フードを目深にかぶり、表情は見えなかったが。

はめられたことも忌々しいが、なんでこの男に頼らねばならないのか心外だった。

この馬車の真向かいにすわる男は自分を奴隷にして、インゲル王に差し出した張本人だった。

そうミュラの母国トルテアはインゲルに侵略されたのだ。トルテアの王宮に咲くしろいバラと称された頃と容姿は変わらない。

一児の母となった今もますます輝きを増している。

それを王妃に妬まれたのだ。

王妃には子供がいないことも理由のひとつかもしれない。

王妃の嫉妬は凄まじく王は王太妃に、ミュラを預けた。

ミユラ親子を守るためである。

そして王太妃のもとで暮らしていたのだが、はめられたのだ。

それにしても気掛かりなのはケネスのことだ。父親は王だが身分は安定していないし、まだ2歳になったばかりだった。

別れる時、侍女のステラに預けてきたがまだ母親が恋しいだろう。

彼のことを考えると涙がこぼれそうになる。


真向かいにすわるアシュリーもまた憂鬱だった。

彼もまたフードを目深にかぶり、顔左半分にある痣が表情をかくしていたが。

彼の仕事は王の守護と警備、および首都の安全なのだ。

王に言われた命令は、王の愛人の密通の疑いを晴らせというものだった。

もちろん断れるはずなどなく、なんとかしなくてはならない。

一向にめどはたたず、頭を抱えるばかり。

なんといっても、手掛かりが恋文一通だけなのだから。

しかし、仕事は山積だ。

かねてから噂ねあるジュリアン派の動きが気になる。

ジュリアン派とは王の甥であるジュリアンを擁立しようとする輩の集まりだ。

王座は安定しているわけではないのだ。

二人は気まずいなか馬車に揺られていた。


話は10日程前にさかのぼる。

王妃が嫉妬に駆られ、大勢で押し掛けてきた。

その際、ミュラや侍女たちの私物をめちゃめちゃにしたのだが、ミュラの箪笥のなかから恋文が発見されたというわけだ。

恋文はインゲル語で書かれ、良質の紙だった。

差出人はティルムとあり、同じく奴隷であったダナイ人のティルムが疑われた。

もちろん二人は否定した。

だがそんなことで引き下がる王妃ではない。

そんなこんなで王太妃もかばいきれなくなったのだ。

ミュラを信じる王はアシュリーにミュラを託したのだった。

そのため市中に身を隠すため馬車に揺られていたわけだ。


馬車は静かに止まった。

「到着しました。」

マークが声をかけた。

アシュリーはするりと馬車から降りた。

家は森のなかの一軒家でがっしりとした造りだった。

(思ったより悪くない。マークにしては上出来だろう)

そしてミュラに降りるように促した。

その際手を差し出して無視されたのは、まあ仕方ない。


家の中はわりと贅沢な造りで趣味のいい家具がおいてあった。

そこには娘が一人立っていた。

15、6だろうか。

髪を編み込みにして、ひとつに束ねていた。

目は緑色でくりくりっとしていた。

(こりすか?)

「いらっしゃいませ。

サラ・ダノアです。これから私がお世話します。」

その言葉を聞いてアシュリーはマークを睨み付けた。

マークはおもわず目をそらした。

それもそのはずダノア伯爵はジュリアン派の中心人物だからだ。

1年前まで領地のダノックスに軟禁の身だった。

解放されたのは、宰相ゴルゴンの力によるものだ。

ダノアとゴルゴンは姻戚であり、政治は駆け引きというわけだ。

サラは何か察したようだ。

「ダノアといっても皆がジュリアン派じゃないし、あたし厄介者だしね。

それにここは誰も近付かないと思うよ。

だってここ幽霊屋敷で有名なんだもの。

皆気味悪がって敬遠されているんだよ。」

ダノアに幽霊屋敷。アシュリーはまた憂鬱になった。




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