ハルカ
春の匂いがする。
窓から命の気配にまみれた空気が入ってきている。
3月の夜はまだ冷える。
けれど私は窓を開けた。
月が綺麗に浮かんでいて、ため息をつきたくなるような眺めだ。
静かな夜に春の大気が満ち、町にふわりふわりと不可思議な春の緊張感が舞っている。
学生の頃は1年というのは必ず4月から始まるものだったから春というのは理由もなく緊張し、理由もなく浮き足立った。
始まりに人間は期待してしまうものだからそれは仕方ないことだろう。
とっくに学生をやめてしまった今、春に何か特別を感じることは減った。
私の特別な春は、とっくの昔に終わってしまっている。
けれど今年も、名前も知らないどこかの誰かが特別な春を過ごしているのだろう。
そう思うと寂しさと、そして少しの期待、きらめきのようなものが胸の隅に現れる。
私には届かない春、遠い春。
けれども、芽吹いたばかりの新芽も、膨らみ始めた蕾も、今咲き誇る花もあるのだ。
今こそ花盛りの、美しい若者たちがいる。
どうか、短い春に最も美しく咲けますように。
どうか、その胸にこの短い春の香りが永遠に宿りますように。