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輪廻の圏士  作者: くろよ よのすけ
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09.宵闇の男②


「私、お酒がいいです、酒っ! あとは……、適当に食べれるもがあればなんでも!」

「じゃあ僕もお任せでお願いしようかな。ミカちゃんは食べてみたいのはある?」

「え、えと……。よくわかんないから、トーレスといっしょのがいい」

「そっか、分かった。この子に合ったものってお任せできるかな」

「———ッ!」


 右手、というか前足をビシッと頭に当てて敬礼のポーズ。……大丈夫そうだ。式神同士でしか分からない独特な文字を勢いよく書くと、背中に伝票を背負って店の奥、厨房に向かって走っていった。

 きっと、厨房を覗けば、これまたたくさんのうさぎたちが忙しなく調理をしているのだろう。店主であるナキに知り合いのよしみで一度見せてもらったことがあるけど、白い毛玉が厨房内を飛びまわる光景は、何とも幻想的……というか、愉快というか……楽しい光景といえるものだった。

 うん、ミカにも見せてあげたいな。

 件の店主もその内やってくるだろうし、その時にお願いしてみようか。


「すごい、みんなかしこいねっ。びっくりした」

「あの子たちは式神ですからね。このお店の店長さんが操ってるんですよ。ただ、こんなに精巧で、愛らしい姿なのはここの人だけですけど」

「……? しきがみ、って?」

「瞳士の人たちが使う、人形というか、傀儡ですね。力の使い方が上手であれば上手であるほど、いろんなことをさせることができるんですよ。このお店を営んでいる人も瞳士なんです。でも、ここまでの数を一斉に別々のことをさせるっているのはとてもすごいことなんですよ。うさぎなのは趣味、ですかね?」

「そうだろう、そうだろうとも。白く綿毛のようなその姿が跳ね回っては、癒しを与えてくれる。長い耳が全てを捉え、満月のような瞳は全てを見通す。あぁ、なんて素敵なんだろうなぁ。そう思うだろう? えーと……、アリ、アー……? アリストテレス!」

「……ッ! いつの間にいたんですか……、それと私はアリスです。トーレスさんと名前が混じってますよ」

「あなたが、あのこたちをうごかしてるの? すごいね」

「おぉ、おぉぉ……!!」

「ぅん? ぇ、え……? んっ……」


 いつの間にかミカちゃんの隣に座り込んでいた女性が、わなわなと両手を伸ばしてミカちゃんの頬を傷つけないよう慎重にさすっている。

 肩口まで伸ばされた灰の髪。

 研究者らしい白衣を(だらしなく)纏い、知的さを感じる(ヒビ入り)眼鏡。それらを気にさせないお淑やかさの塊(が砕け切って100年以上)。

 ナキ・ブルーマンその人であった。しかしその彼女というと、その顔は緩みきっていて、何も知らない人が見たら通報されかねない。


「あはは……、へへぇ、あーこれはこれは……!」

「ナキ、ミカちゃんが怖がってるから落ち着いて。はい、これでお終い」


 ナキという名のこの店の店主。僕の友人の中では唯一の瞳士であり、例にもれず変わり者で、可愛いもの好き。突然の思い付きで個性的な発明をしては皆に怒られている。そんな彼女がミカを見つけようものなら、こうなるのは道理だった……。


「あぁぁ……、良いじゃないかぁ。こんなかわいい子を触らない方が不謹慎と言うものだぞぉ……、むしろそれこそが罪と言って差し支えないだろう?」

「罪っていう自覚があるんだったな尚更やめた方が良いと思うよ。僕も友達を通報したくない、からっ、ねっ……! ちょ、いい加減諦めて……!」

「そんなぁ、もっと触ってたいー。撫でまわしたいし一緒にお風呂も入りたいー、いいだろういいだろう? ほら、衣食住全部面倒見るからさー。その辺の上流階級の連中よりもずっと待遇良くするからぁー」

「ダ、メ、で、すっ!」

「ぁぁ……」


 何とか引きはがして、アリスちゃんの隣に連行。

 ぶつくさ言っているけど、ミカの正面だというのが良かったのか、少しは大人しくなってくれた。気を抜くと、すぐに移動しているのだろうけど。


「うぅ、こわい……」

「ハハ……、ゴメンね。ナキは一度スイッチが入ると抑えがきかなくなるから」

「あぁ!? ゴメンよゴメンよ。そんなつもりじゃあ無かったんだ。だからそんなに怯えないでくれたまえ、ほら、今日は好きなもの何でも食べさせてあげるからっ!」

「はい、どうどう。そのにじり寄って行ってるのがダメなんですよナキさん……、近づくにつれてトーレスさんの後ろに隠れていっちゃってるじゃないですか」

「でもでも、あんなの反則じゃないか! 人間とは思えない美しさ可憐さいじらしさ艶やかさエトセトラエトセトラ……! 神から賜った芸術品そのものじゃないかぁ……! クゥ……ツライ…………、言葉でいい表せないことそのものがツライ……」

「そんなに床を叩かないで、店のことはいいの? ほら……、見回りとか、他のお客さんの相手とか」

「ん? あーいいのいいのそんなの、あの子たちがみんなやってくれてるから。むしろ私がここにいる必要すらないし。でも、今日は来てよかったなー、ミカちゃんっていうの? おねーさんと一緒に遊ばないかい? 楽しいぞー、もう好きなものなんでもあげちゃう!」


 誘拐犯としか思えない言い回し、背中に伝わる震えがより強くなっていってるのが分かってしまう自分としては、逆効果であることを伝えてあげるべきだろうか。

 悩んでいると、おずおずと顔を出した少女が声を発した。


「いらない……、トーレスがいる、から……」

「はぅ——ッ」

「ちょ、ちょっとナキさん?! 大丈夫ですか!?」


 胸を押さえて倒れ込でしまった。これは、何というか……ヒドイ。


「???」

「ハハ……」


 なぜ、そうなったのか分かっていないミカの頭をなでながら、ナキが目覚めるのを待つことにする。アリスちゃんはあたふたしていたけど、料理が運ばれる頃には元通り元気になっていたのだから、彼女も随分としたたかだ。


「いやー、あまりの健気さに胸を打たれたね。心臓が止まったかと思ったよ……、いやはやまさかここまでとは———」

「いきなり倒れられると、焦るんでもうやめてくださいよ……」

「や、それは本能みたいなものだからね。諦めてほしい。私としてももう少し落ち着いていれば、より堪能できると分かってるんだけどねぇ。いやはや、自分を律するというのは難しいものさ」


 三人だったはずの座敷にはもう一人増え、会話もにぎやかなものとなっている。その上、ミカちゃんの可愛さに免じて今日はタダ! などと言い出すのだから、まさに本能で生きてるんだと思わさせられる。


「おいしい?」

「うん、おいしい」


 まるでうさぎのように、小さな口で食べている少女の姿。その様子をニヘラニヘラと締まりのない顔で見つめるナキはご満悦。

 しばらくそうしていたのだけど、一旦は堪能しきったのか、落ち着きを取り戻してきた。彼女も酒をのでいるせいで顔が赤くなってはいるものの、喋り方そのものは僕の知る、いつも通りの彼女だ。


「にしても、その子どこの子? トーレスの家族はみんな死んでるし、子どもっていってもキミの遺伝子からではミカちゃんはムリでしょー」

「ちょっとナキさん、そんな風にいうのは——」 

「いいよ、アリスちゃん。まぁ、あまり言いふらすような話でもないし。とはいえ、ナキって中々に無神経な言い方するよね、いや君らしいんだけどさ」

「そういいながらも、怒ったりしないトーレスのことは好きだよ? 告白されたらとりあえずオッケーしちゃうくらいには。で、どうなのさ。実は突然変異の隠し子だったりするの?」

「それは年齢的に厳しいと思うんだけどな……。えーと、そうだな……詳しくは言えないんだけど、預かることになったっていうか、育てることになったっていうか」

「えー、つまんないなー。そこが知りたかったのに、残念残念。それじゃあさ、ミカちゃんはさ、トーレスと一緒でいいの? こう、私のところにきてくれたりなんかは———」

「いかない、トーレスといっしょがいい」

「そっかー、ホント残念だなぁ……。これほど君をうらやましいと思ったことは無いよトーレス。いやむしろ、私の人生においてすら、こんなにも惜しいと思ったことがないくらいさ……、でもそれでいいんだ。見つめることしかできないからこそ得られるものもあるからね!!」

「そうれすよー、ナキさんはもう触っちゃダメなんですー。もー私が死守しちゃいますよぉ。こう、近づく者はことごとくバッサリですっ!」

「ん……、アリス。へんなにおいする……」


 いつの間に移動したのか、この一瞬で酔っ払いと化したアリスちゃんは、ミカちゃんを後ろから覆いかぶさるように抱きしめている。

 はたから見ると、仲のいい姉妹のように……、見えなくも……ない、かな?


「そんにゃことにゃいれすー。私はいつも通りの元気いっぱいアリス・ナチュラレッサ一級圏士ちゃんですよー。もぉう、とりあえずなにかしらは任せてくださぁいっ!」

「あー! いけないんだぞー! 大人から小さな女の子に触るのは犯罪なんだぞー!? い・い・か・ら・離れろっ、私が護っておいてあげるから。キミは新局長といちゃついてればいいんだー!」

「やですよっ、それってつまり私に死ねって言ってるじゃないれすかー! そんなこと言う人にミカちゃんは渡しませーんだ」

「なにおう!? ほーらミカちゃーん。私の方が安全だぞー、護衛のうさぎたちが四六時中守ってくれるぞー? そんな酔っ払いに触られたくないよねー?」

「その……」

「へっへー、ナキさん触りたいんですかぁ? ふっふーん」

「なんだその余裕に満ちた表情は……、はっ! まさか!?」

「ふふ、気づいちゃいました? 気づいてしまいましたか!? そうです、実は私はミカちゃんとお風呂に入ってるんですぅー! 洗いっことまではいきませんでしたがぁ…、もう、全身くまなく綺麗にしてあげましたともっ! うらやましいれしょぉー?」


 そういえば、そうなるのか。彼女は面倒見がいいから、そういうこともちゃんとしてくれたんだな。でも……。


「もうねー、全身どことってもキレイなんですよー。髪はこんなに長いのにサラサラで、肌はすべすべもちもち、洗ってあげるたびにくすぐったがるところなんて可愛くて可愛くて……っ、なんていうんでふか? 天使、そう天使としか言いようがありましぇんっ! これはもう将来は女神ですよっ、私が言うんです。間違いないでしょぅ!」

「アリス……、はずかしい……」


 しかし、抗議の声はさらなる声で上塗りされてしまうのが世の常で。


「はーっ!? なんだ貴様、うらやま……違うっ! そんなことが許されると思うなよ?! そう、天使というなら皆すべからく平等にやって来るべきなんだ。将来女神になる下準備として、私のところに来たまえよ! …なんだいアリス、その目は? ……あぁそうだよ羨ましいよ!! 私も一緒にお風呂でキャッキャウフフしたいさ、丁寧に丁寧に体中洗ってあげて、控えめに文句言われたり、甘えてもらったりしたいとも!!」

「と、トーレスぅ……」


 そんな話を一人、男の僕が聞かされるというのは、どうにも居心地の悪さを感じてしまうわけで、男の僕では女性陣のパワーに押し勝つこともできないんだ。

 ゴメンよミカ。大変だと思うし、こっちに助けを求めてるのも分かってる。けど、しばらくそのままで我慢してほしい。また、お詫びに何でもお願い聞くからね……。


「フゥ……、なんだか疲れちゃったな。ミカ、無事だといいけど」


 トイレに行きたくなってしまったから席を離れてしまったけど、座敷からは二人の会話が聞こえてきている。……まだ続いてるのか。

 しかし、近づくにつれてあの二人以外の声も聞こえてきた。その中には男の声も聞こえてくる。ここの店員はうさぎしかいないはずだし、別のお客さんからの苦情が来てしまったのかな。


「離れるべきじゃなかったかなぁ」


 自分の生理現象を少し恨みながら、ふすまを開ける。


「すいません、連れが何か気に障ることでも……、あれ?」

「おお、来たかトーレス。遅いぞー」

「ナチュラレッサと一緒とは……、どういうことだ。説明しろ、今すぐに」

「キャー、かわいいー。ねえ、私たちにも触らせてよ。ね、いいでしょう?」

「ダメでーす。ミカちゃんは私が護るんでーす。それ以上近づこうものならこう……、ズバッと? 行っちゃいますからねぇ!」

「そうだそうだ! 私だって近づけないんだぞ、お前は後から来たんだから横入りするんじゃない!」

「こーら、余計怖がらせてどうするのよ……。ゴメンね、えーっとミカちゃん。酔っ払いしかいなくって……」


 しかし、そこにいたのは討滅局の仲間たち。圏士の皆だった。

 同期ではないけれど、数年程度の差だし年も近いから交流が多い4人。本人たち曰く、そのつもりは無くてもいつも一緒になってしまうらしい。

 言おうものなら否定されるのは分かり切っているけど、ああいう関係も羨ましい。


「あれ? みんなも来てたの?」

「そうなんだよ、今日のお仕事も終わったからな。仕事つっても、最近は式典の準備ばっかりで『穢れ』の討滅には全く行ってないけど。ま、出てきすらしないんだけどさ」

「そうなの、それで皆でご飯でもっていう話になって、ここに来たんだけど……。あの二人の声が聞こえてきてね……」


 大騒ぎしている2人、いや3人となっている様相に目を向けると、3人目がこちらに気づいた。


「ん? リベリカじゃーん。意識不明だったんだってー? 目ぇ覚めてよかったじゃん」

「ああ、はい。ありがとうございます。コナ先輩もお元気そうで」

「一つ違いで先輩なんて、相変わらずかったいなー。にしてもアイレンの攻撃受けたんでしょ? ホント良く生きてたよね」

「え、あの人が捕まったって話、そのせいかよ」

「簡易契約での攻撃と言っても、特級クラスともなると俺たちの比ではないからな。奇跡としか言いようがない。それで、なぜナチュラレ———」

「あー、っもう。ロブスタさんうるさいです!ミカちゃんが怖がっちゃうでしょう!」

「……すまん」

「くく……、そんなさ……気を、落とすなよっ。かはは……」


 ロブスタと呼ばれた彼の階級は僕よりも高い一級だけど、数度一緒の任務に向かったこともある。そしてその隣、ロブスタ君を笑うのは、この中で一番話す機会の多いフォムドだった。

 フォムドは誰に対しても気さくに話すこともあって、誰相手にも気遅れなく話す姿をよく見る。今だって、彼よりも先輩であるはずの、ロブスタ君の肩を叩きながら励ましている。

 そんなにアリスちゃんに八つ当たりされたのが傷ついたのかな。


「はいはい、アリスも落ち着いて。はい、お水飲んで。あなたもよ、ナキ。そんなだからその子に怖がられちゃうの」

「ぶーぶー」

「ぶーぶー」

「そんな安易なブーイングで対抗しようとしないの。はい、これを飲みなさいっ!」

「むぅ、仕方ありません。ナキさん、ここはユウキさんに従うとしましょう。下手に怒らせると後が危険です。ここはお互いに一度は手を引くということで……」

「仕方ない、休戦協定ということだな? ふっ、いいだろう、いいだろうとも。……その代わり、絶対にミカちゃんまた連れてくるんだぞ? 連れてこなかったら呪うからな?」

「ふふっ、良いですとも。私とナキさんの仲じゃないですか」

「ふふっ、キミのことを見くびっていたよ……、アリス」

「ナキさん!」

「アリスゥ!」


 なぜ、あの二人は抱き合っているんだろう。いや、酔っ払いの行動を考えていても仕方ないのだけれど……、アリスちゃんは後でちゃんと送っていこう。


「トーレスっ」

「ゴメンね、ミカ。席外しちゃって。大丈夫だった?」

「ん、だいじょうぶだった」


 アリスちゃんの拘束から解放されると、ミカは僕のところに駆け寄ってきた。心なしか髪の毛が乱れているようにも見える。

 その乱れを手櫛で直してあげるとくすぐったそうにうつむく。けど、その仕草はなんだか楽しそうで、彼女なりにこの雰囲気を楽しんでくれていると思うと、僕も……嬉しくなってくる。


「そっか、それならよかった。急に人が増えてたから少し心配だったんだ」

「その、このひとたちは、トーレスのともだち?」

「うん、そうだね。皆圏士の仲間だよ。頼りになる人ばかりで……今は、その、ほら。お休み中だから、変なだけで……」

「誰が変だー」

「そうですー」

「そこっ、静かにしてなさいっ!」

「ナキさーん、ユウキさんがイジメるんですー」

「なんだとぅ!? いかんぞユウキ、いくら階級で抜かされているからって後輩にあたるのは良くないぞ! 悔しかったら早く一級になればいいじゃないか!?」

「……すこし、お話ししましょうか。ねぇ、ナキ……?」

「へっへー、そうはいくものか。私には心強い仲間ができたからな……、カモォンッ、アリス!」

「もぉー、フォムドさんったら、ミカちゃんに変なこと教えないでくらさいよー」

「んなことないって、こんなかわいい子がトーレスと一緒なんだぜ? 怪しい関係としか思えねえだろうよ」

「あ、怪しい関係って。そんなことないよ、ただちょっと、僕のところで預かることになったっていうか……、ただあんまり人には言えないっていうか……」

「……それが怪しいってんだよ」


 しかし、彼女の望んだ仲間はすでに隣立ってはおらず、孤立無援。つまるところは絶体絶命。


「あれ……? あ、ちょっとユウキ。襟を掴まれると上手く息が出来なゴッホッ!! ゴメンって、ちょっとテンションがおかしかっただけだって、そう、お酒のせいなのさ。つまり、私に罪はな———」


 ピシャリと襖が閉められた音がしたと思ったら、ナキとユウキさんがいない。ひどく酔っぱらってたし、介抱しに行ってくれたのかもしれないな。その後、ユウキさんに連れられたナキが、やけに疲弊した状態で戻ってきた。最初は正座で水をチビチビとのんでいたのだけど、心配したミカが『げんき、ないけど……、いやなことあった?』そんな風に声をかけた。

 その言葉で舞い上がったナキは結局酒乱と化し、ユウキさんに怒られるという光景が何度も繰り広げられることとなった。


「んじゃなー、帰る途中に意識不明になるなよー」

「なったらお見舞い行ったげるかんねー」

「おつかれさまー」

「……またな、トーレス、ア、アリ———」

「ミカちゃーん、絶対にまた来てねえええ!!」

「………」


  □ □ □


「うん、それじゃあまた。それじゃミカ、僕たちも行こうか」

「うんっ」


 盛大、というか騒々しかった食事の時間も終わって、静けさに満ちた夜の空気に一転する。皆に会うとは、予想外の遭遇だったけれど、隣に目をやると、上機嫌そうなミカの姿。その姿を見れたんだ。ミカとの関係について、皆からの追求を避けるのは苦心したけど、その表情だけで心から良かったと思える。


「トーレスのて、あったかいね」

「そうかな、自分では良く分からないや。でも、ミカの手もあったかいよ」


 空いた手をつなぎ、隣を歩く少女は妖精のようで、その存在感があまりに現実離れしている。でも、その小さな手からは人としての温もりが伝わってきていて……。

 ただそれだけで、心まで温かくなるような——。


「わたしのはろうれふかぁー?」

「あぁ、起こしちゃったかな?」


 澄んだ空気にひと交じりした酒気が鼻をくすぐる。発生源は僕の肩口、正確にはそこに乗せられたアリスちゃんの頭だった。

 行きとは違って、背中と隣にいた人が入れ替わってしまった。

 ナキの次にはしゃいでいた彼女も誰より楽しそうに、そして誰よりも早く潰れてしまった。コナさんとユウキさんが送っていこうかと言ってくれたが、今日出会ったのも偶然だ。

 彼女がこんなになるまで飲んでしまったのも僕の責任だし、面倒を見たいというと引きさがってくれた。けど、その時のニヤニヤとしたフォムド君と絶望を瞳に宿したロブスタ君の相反した表情がやけに印象に残っているのは、なぜだろうか……。


「んん……、ちょっと分かんないかな。僕の手は両方ふさがってるからアリスちゃんの手は握れてないし」

「むぅ、ならこれでどうれすっ」

「むぐ……」


 顔を両手で押しつぶされる。その手は想像以上に小さく、そして硬かった。まさに剣を執り続けたが故のカタチ。手のひらや、指にはタコができている。それも、触れただけで一朝一夕にできたものではないと分かるほどの。

 一級圏士など、そう簡単になれるものでもない。天才と呼ばれるものの中からでさえ、一握りだ。だから、その手からは才能だけでない、彼女自身の努力が垣間見えた。


「んー、とーれすさーん。なにかこたえてくださーい」

「……うん、すごく、あったかい」

「へっへぇ、そうれしょー。ならもっと触ったげますよぉ」

「わ、わいすひゃん。ひっはらないで……」

「んふふぅ、伸びる伸びーる」

「……むぅ、アリス。トーレスがこまってる」

「いいらないれふかぁ。ミカちゃんもやりましょ、うよぉ……んむ……くー———」


 残った力を使い果たしたのか、ついに眠りについた。かすかに聞こえる寝息からして、もう朝まで起きそうな気配はない。風邪をひいてしまう前に早く送り届けよう。


『本編について』

・他の圏士

 ロブスタ、フォムド、ユウキ、コナについてはトーレス達とも仲のいい、一般的な圏士と思ってもらって構いません。(名前は全員コーヒー関係そのままの名前です)

 ロブスタよりもフォムドが年下ですが、任務もよく一緒になるためいい友人関係になります。またフォムドは元気さとお馬鹿さが取り柄なので他の先輩からも可愛がられています。


『定期連絡』

・高評価、いいねなどいただければ、皆様には特に見返りはありませんが自分が喜びます。

・更新日の後にそのことを伝える呟きをしているので、思い出す用にツイッターフォローいただけると幸いです。

・細かい設定や反省点等々は完結後にでもおまけでまとめようとでも思っているので、質問をいただければまとめて回答します。よければどうぞお願いします。

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