05.灯日と影②
「起きろ」
「えっ……」
声を掛けられると同時、世界が元に戻った。いや、初めから見えていたものが間違っていただけだ。さっきのアレは、一体———?
「大丈夫ですか?」
「あ、ぁあうん。ありがとう」
「はいっ」
目の前には僕をかばうように剣を構えるアリスちゃんと、近づいてくる足音。
「また、厄介な奴だな。存在の偽装が異常に長けている。自然に溶け込むのが上手いな。多く見積もっても三級程度の反応が本部に直接届くわけがない。普通の『穢れ』とは違うらしい」
すでに彼の腰から刀は抜かれていた。なら、あの光はアイレンの放った斬撃か。
「さっき、不思議そうだったの。そういうことだったのか……」
どういう絡繰りか、忌まわしい悪夢に囚われていた。
「追います」
「分かった、気をつけろ。こんなところで死なれても困る」
「ハイッ!」
赤い髪の彼女が消え去った。いや、走り去っていく。
その姿を目で追いつつ、自分がしりもちをついてしまっていることに気が付いて、すぐさま立ち上がる。
「ごめん、足手まといになった」
「死んでないならいい。アレはさっさと討滅した方がいいな。瞳士共は連れて帰れというかもしれんが、わざわざ危険な奴を生かす必要もない」
「う、うん……」
アイレンがなにか焦ってる?
あの『穢れ』はそれほどにマズイのか。そうだとしたら、彼女が危ない。
「が、お前はどうする。戦えないというなら……」
「いや、行くよ。今度は、足手まといにはならない」
「なら、いい」
瞬間、風すら起こさずに、影を殺す猟犬と化す。
幸いなことに『穢れ』は街の方には向かっていない。これなら周囲の被害を気にする必要もないはずだ。傷を負ったからか、偽装がうまくいっていない。『穢れ』の存在を強く感じるようになっている。100メートル先、片刃の直剣、『原型』を鞘から抜く。
次は油断しない。誰かが傷つく前に一刻も早く滅しなければ!
□ □ □
気配が強くなる。
存在を視認すると同時に斬りかかろうと剣を構えて、しかし思考が一瞬止まる。
一際黒い中心部から、沸き立つように闇が生み出され、黒が氾がりつづけている。
先が見通せないほどに黒い霧状の瘴気が地上を覆いながら、触れた植物が朽ち、息絶えている。植物だけではない、触れた地面そのものが死んでいるのだ。
生者の世界を侵食する冥界の影。それが刻一刻と氾がり続けている。
「離れてっ! 触れるのは危険です!」
先に追っていた彼女が、瘴気によって撤退を余儀なくされている。彼女を追いかけるように氾がる瘴気。それに触れないよう、彼女がこちらまで戻ってきた。
「アレ、中々厄介ですね。思うように近づけませんし、風に乗って移動してるわけじゃないので、動きが読みづらい。しかも、触ったらそれで終わりです」
戻ってきた彼女の姿を見ると、手袋や隊服の袖が朽ちたかのようにボロボロになっている。
「なら、広がりきる前に一撃で仕留めた方が良いな。幸い、狙うのは楽だ」
自分自身の存在を象徴するかの如く、ひと際闇が空へと伸びている。それはまるで一本の樹だ。
そして、またしても聞こえてくる。
「……っ———」
耳を覆う、今度は覚悟していたこともあってか、あの世界に呑み込まれたりはしなかったが、歌声が延々頭蓋の中を反響している。
『lsgるな、えhjrlbm———』
何かを呪っているのか、言葉だというのなら何を伝えようとしているのか。
分からない、そんな闇の中からの声では、全ての要素が世界に害を為す者へと変質してしまうから。
「っ、トーレスさん。大丈夫ですか? さっきの攻撃がまだ続いてるんですか?」
「いや……、大丈夫。ただあそこから、声、みたいなのが聞こえてくるんだ……」
「声、ですか? 私には何も聞こえませんけど……、アイレンはどうです?」
「いや、聞こえない。声、か……。間違いないのか?」
「多分……、何かを伝えようとしてる、みたいな……」
今なお響く、観客も演者も互いに独りきりの音楽会。
「そうか、おかしな『穢れ』もいるものだな。意思疎通できるような奴なんて、俺も初めて見る。……トーレス、お前あの中心に行けるか?」
通常、『穢れ』が言葉を話すことはしない。精々唸り声や叫び声をあげる程度。それは人型のモノであっても例外はない。しかし、その例外が目の前に現れた。
そして、その声が聞こえているのは僕だけだ。
「ハァッ!? ちょ、アイレンっ、何言ってるんですか! 近づいたらマズイって私言いましたよね!? そんなところにトーレスさん行かせるだなんて危険です! こ、ここは私とアイレンで何とかしますから———」
「いや、行くよ」
「えぇ!?」
目の前の少女が自分の為に怒ってくれるのは嬉しいが、もしも、この救いを求めているかのような声が、僕だけに聞こえることに意味があるのなら、それは———。
「決まったな」
「ちょっ、ダ、ダメですってトーレスさん! 普通に倒せる相手ならまだしも、アレは不確定要素が大きすぎます。そういうのは、特級だなんて頭おかしいのがいるんですから、そっちに任せとけばいいんです」
「はは……、信用無いなぁ……。心配してくれて嬉しいよ。でも、僕だって圏士だからね。この手で守れるものがあるなら、守りたいんだ。……えと、ダメ、かな?」
どうにも上手く言えなくて、自分自身に苦笑してしまう。でも、これが僕の本心なのに変わりはない。例え、相手が『穢れ』と呼ばれる者であっても、救いを求めているのなら、可能な限り応えたい。
他のことなど在りはしない。そう、……それだけだ。
「でも、アレ、討伐対象だし……む、むむむむぅ……、それに……———」
続けようとした言葉は、しかし遮られる。
「トーレスが決めたことだ。この選択にお前の出る幕は無いぞ、アリス。なら、お前にできることはなんだ?」
アイレンに問いを投げかけられたアリスちゃんは、非常に複雑そうな表情だったが、どうやら最後には折れてくれたらしい。
「はぁ……、分かりました。分かりましたよぉ……。しっかり援護させていただきますよぉ」
「ありがとう、アリスちゃん」
「けど、一つ。危なくなったらすぐ逃げてくださいね。トーレスさんが死んじゃう所なんて見たくありませんから」
「うん、約束する」
「決まったな。俺が道を開く、アリスはその維持。その間にトーレスが中央に向かう。それでいいな」
「はーい……」
「分かった」
簡単な作戦会議に異論などない。あとは行動に移すだけだ。
闇の中央、黒い樹に向き直る。今なお成長を続けるその枝葉は、誰かに手を伸ばしているように見えた。
「ふぅ……、よし———」
作戦開始まで1分足らず、自分でやるといった以上、全力で務めるつもりではあるが、慣れないことに違いは無い。一呼吸入れて何とか気分を落ち着かせようとする。
何とか、心臓の高鳴りを気持ち落ち着かせて、持ち場に移動しようとした時、アイレンが話しかけてきた。
「トーレス、念のために言っておくが、お前は優しい奴だ。だからこそ判断が鈍ることもあるだろう。あの中央までたどり着いた時、『穢れ』との対話が無理そうならすぐさま殺せ、対話が成功しても殺せ。
どちらにせよ、生かしておいていい存在じゃない」
「それは……、分かってる。けど———」
「忘れるな、俺たちはアレを殺すことで、誰かを救っているんだ。……俺からはそれだけだ。悪いな、せっかくやる気になってくれたのに、それをそぐようなことを言って」
「いや、いいんだ。アイレンが正しいよ。でも、僕は限界までは粘ってみるつもり」
「……そうか、そういうことなら、それでいい。……俺が初撃を放ったらすぐに行け。後はアリスが何とかする」
「うん、頼りにしてる」
すでに彼はこちらを見ていない。背中越しに手を振るアイレンを見送り、覚悟を決める。
(よし……、君が何を伝えようとしてるのかは分からない。この声が、どうして悲しそうなのかも。だから、君の心を教えてほしい。例えこれが、世界を呪う詩なのだとしても———)
世界を蝕む黒が広がる。
それは、触れるもの全て、生物非生物問わず朽ちさせ、生命活動を停止させていく。
背筋が凍るようなおぞましさを覚える。さっきも、二人がいなければ自分は死んでいた。恐怖を乗り越えなくてはならない。努力や才能では説明できない精神性の部分において、足を前へ、心を先へ進めなければ———。
「『略式契約』代償をここに、代替により履行———」
ただ呟いただけ、しかし空には言葉が響く。
声を出したのはアイレン、圏士における最強の一角。その男が力を発揮する。
「———ッ」
ゆっくりと持ち上げられた刃に瞬きほどの雷光が奔る。離れていても空気を打ち震わし、ただそれだけで、いつでも瘴気の中央へ進む覚悟と体勢を取っていたはずの僕をのけ反らせる。
ここからでもわかる。あれは、天災の領域だ。自然現象における雷光、それを自身の刀に込めている。それも、とてつもなく凶悪な奴を。
『? lぐえなpぶえpgじぇht———!!』
圧倒的な力を前に、『穢れ』が気づく。すでに広がっていた瘴気をも一斉に動かし、アイレンを冥府へ連れて行こうとする。だが、それは悪手だ。
一つになるということは、滅ぼすべき領域も一か所に絞れるということなのだから。
雷光を刃に纏わせた男、彼は誰に聞かれることも無く独り言ちる。
「固まってくれたか、それならちょうどいい。お前にはやってもらうことがあるからな、この程度で消えてくれるなよ? ———ッ!」
地上に雷が落ちる。
瞬きすら許さぬ速度で光によって世界を白く塗りつぶす。音は数拍遅れてやってきた。周囲を巻き込む破壊を連れて。
「ぐっ———!?」
思わず腕で顔を覆い、膝をつく。
たった一人の手によって大規模な爆発が起こっている。岩を砕き、空気を殺し、白く染め上げたはずの世界を巻き上げた粉塵によって灰に染め上げる。
(『穢れ』は———)
まだ存在しているか? これほどの一撃、並みの存在では数度は殺されてなお余りある。
それほどの一撃だった。
自身の存在を偽装できる能力を持ち、生者を連れ去る冥界の影を操れるとはいえ、生きているかどうか———。
『———、khgl……』
「ッ———!!」
飛び出す。
アイレンの攻撃のせいで視界は最悪、心臓も早鐘を打っていて、うるさいことこの上ない。けど、場所は分かる。
声が聞こえるから。……救いを、贖罪を望むが如く、傷ついていたとしても紡がれ続ける歌声。それは当然、近づけば近づくほどにはっきりと鮮明に聞こえるようになる。
灰色の世界ですら隠すことのできない黒が存在している。
そこにはすぐにたどり着くことができた。彼の一撃によって朽ちかけている一本の樹、その中央からは先ほどよりも大分少ないけど、影が表出し続けていて、世界を殺そうとしている。
だが、それも僕に届くことは無い。
「私の『原型』……今の時間は略式契約の燃費悪いので、その……出来れば早めにお願いします……」
まるで何かにせき止められているかのように、広がらない。ただ樹の周りに留まって、どこへも行けずに漂っている。まるで、子供のようだと思った。
一人では寂しいから、誰かを連れて行こうとしているけど、それを止められてしまって、どうしたらいいのか分からずに蹲まっている。
『……gms———、dmb……』
「君は……僕に何を伝えようとしているんだい? 今のままだと、良く分からないんだ。だからちゃんと、教えてほしい」
「———、gけlpwj」
声をかけると、さっきよりも幾分か聞き取りやすくなった。でも、まだ良く分からないな。最初に現れた少女の姿は見えない。やっぱり、この樹の中に意志を持つ誰かがいる。
本当はゆっくり、時間をかけて分かり合えるようにしたいのだけど、生憎とそういった余裕もない。
「ごめんね、きっと僕の耳が悪いんだと思う。今はちゃんと聞き取れはしないんだ。でも、綺麗な声だっていうのは何となくわかる。だから、一度だけでもちゃんと聞きたいんだ」
声が止まる。風も吹いていないのに、ほんの少し枝葉がざわつく。そして、表出する影の量も少しだけ減った。しかし、それでもさっきの少女は姿を現さない。ボロボロになった樹の内側に身を隠している。そして、傷ついた表皮がゆっくりと修復を始める。
「どうしても、出てきてくれない?」
「ど、———か。わか———」
あと、ほんの少しなのに、この子は心の内に閉じこもろうとしている。ドアを閉めて鍵を掛けて、カーテンすら閉め切って、外界の光を見ずに世界を呪う言葉を紡ぎ続ける。
その姿があまりに重なってしまって、古い記憶が呼び起こされる。そう、そういうのは———。
「そういうのは、良くないよ。話があるなら、ちゃんと相手に伝えなきゃいけない。例え目を合わせられなくても、声が小さくても、上手く喋れなくても。相手は同じように考えて生きているから、上手にできなくて誤解もされるかもしれない。けど、そういう相手でもいつか分かってくれる時が来る。まぁ、ダメな時もあるんだけど……あぁ、違うんだ。不安にさせたいわけじゃなくって———」
「すいません、トーレスさん……。そろそろキツイです……、具体的に言うなら後3分くらいで略式契約切れそうです……」
振り返ると、息を荒げているアリスちゃんの姿。細剣を地面に突き立て、眉根を潜めている状態。彼女自身の体力というよりも能力の関係か。
さらにその背後では、アイレンが2撃目の準備を始めようとしている。アリスちゃんが能力を維持できなくなった瞬間、彼はこの樹を殺す。
きっとアイレンならば、相手の気持ちなど完全に無視して一切の躊躇なくやる。そういう男だ、やると決めたら容赦がない。きっと、局内で彼が嫌われているのはそれが原因だ。そしてそれすらも、「どうでもいい」と切り捨てることのできる精神性なのだからある種尊敬できなくもない。
「ゴメン、もうちょっとだけっ!!」
けれど、今はそれをされると色々と納得できない。改めて、樹に向き直る。
「えぇと、どこまで話したかな……。あぁそうだ、確かに失敗してダメになっちゃうときもある。でも、それで世界は終わらない。いいじゃないか、一人くらい嫌われても。仲間のほとんどの人に嫌われてるけど屁とも思ってないような人がいるんだ。いや、流石にそこまでいっちゃうのはどうかと思うけど……。でも、世界は続く。例え、君や僕が死んだ後も」
世界とは主観によって構築されている。だから、自分がいなくなってしまった後には何も存在しないと思っても仕方ない。けど、それは違うと思う。
だって、自分の残した何かがある。それは物だったり、誰かとの思い出だったり。見ることのできるもの、そうでないもの、いっぱいある。もしも、それが残っていくのなら、誰かの心の中にほんの少しでもいられたなら、世界に自分は存在している。
遠いいつかには無くなってしまうようなものだろうけど、誰かの世界に残していけるものがあるのなら、それでいい。
「それなら、せめて分かってくれる人を探すのも、悪くないと思う。君が一人の方が好きだっていうなら、それでいいと思う。でも、それは違うだろう?」
だって、救いを求めていた。手を伸ばして、声を発して。
その声が世界を呪うものだったとしても、『穢れ』という存在故にそういった方法しかとれなかったのだとしても。
「………———」
微かな震え、少女が息を呑んだような気がした。けれど、心の壁が開かれることは無い。
「ゴメンね、やっぱり僕じゃ説得力ないのかな。もうちょっと強そうだったらよかったんだけど……。はは、訓練が足りなかったかな」
最期に、左手を伸ばす。
アリスちゃんの能力もすでに限界だ。せき止められていた影が漏れ始めている。それは再度、周囲を覆い始め、僕の周りにも漂い始めた。
今はまだ濃度も薄いからか、僕自身が死んでしまうということにはなっていないが、伸ばした手の袖。かなり丈夫に作られているはずの隊服が音もなく朽ち、世界から消え去っていく。
ほんの少し、指先の感覚が鈍くなっていくのを感じる。
「トーレスさんっ、それ以上はダメです!」
彼女には悪いことをしているなと思う。能力の維持に限界が来たら、アイレンが2撃目を放つ。
いますぐ能力を解除して、僕を樹から離そうにも、僕と樹との距離が近すぎるせいで、解除と同時にせき止めていた影が一瞬で辺りを覆いつくす。そうなれば当然、僕は死んでしまうだろう。それが分かっているから、どちらにしても動けない。
「………、あ、な……たっ———」
「………うん、ゆっくりでいいよ。ちゃんと聞くから———」
あと、ほんの少し、ほんの少しだけ。
世界への一歩が踏み出せないだけ、『穢れ』にしてはあまりに純粋なその心。
樹の向こう側に輝く沈みゆく太陽と、見上げた空に広がる星空が、遠い風景に心を連れていく。なら、目の前の『穢れ』に殺されるのは僕の運命なのかもしれない。
「ゴメンよ……、———」
「ぃ…ぁ……、———?」
捨ててしまった物への贖罪は果たせそうになさそうだ。
でも、まだ助かる命があるのなら———。
「アイツだけでも上手くいくかと思ったんだが、……早かったか。一度はあった機会だ、次に期待するしかないな。『略式契約』代償をここに、代替により履行する———」
再び、雷光が刃に籠められる。今度は先ほどよりも強い。
彼は、既に交渉は決裂したとしている。
そもそも、対話しようというのがおかしいのだ。彼が言い出したことだが、本来『穢れ』にそんなことをしようものなら、周囲からは頭がおかしくなったと思われる。下手すれば前線を外され、『原型』も没収と言ったところか。
奴らは、僕たちの生きる世界に対する毒だ。自然現象と言ってもいい。台風や地震に対して、『もう被害を出さないでほしい』などと、真っ向から対話をしようとする者はいない。
それを大まじめにやっている僕は、きっと世界屈指の愚か者だ。とっととやめて、逃げかえるのが正しい対処というもの。
けど、まだだ———。まだ、彼女の答えを聞いていない。
抵抗してこない相手を確実に塵殺するために。より強く空気が震え、圧を感じる。放たれてすらいないというのに、目の前で巨大な雷が落ちているかのような錯覚を覚える。
「アイレン、よしてください! 私はっ、まだやれます、……っ!」
「アリス、そういう言葉は出来るようになってから放つものだ———」
天雷が地上より上り立つ。
初撃の比ではない出力、たった一本の刃から迸る紫電が地を這い空気を打ち震わせる、獲物を見定める獣のように、生者を探す神の雷光。
この攻撃がかすりでもしただけで、人は痛みを感じる暇もなく焼き殺される。それは機械に対して過剰に電力を与えて壊すことと、電源ケーブルを抜いて機能を停止させること、どちらの方が近いのか。
原理としては前者だが、攻撃を受ける方からすればどちらにしても同じだ。
そこにあるのは永遠の喪失。主観という意識が消えるのであれば、他者によって残る物があったとしても一つの世界が幕を閉じることに変わりない。
「あー……、時間切れみたいだ。えと、ゴメンね……。今からじゃ説得なんて間に合わないし、そういうのは気にしないから、彼」
空を見上げるとすでに夕方、到着が遅れちゃったからなぁ。鉄道で帰っても晩御飯の時間には少し遅くなってしまう。いや、もうそれも必要ないかな。
彼女の樹によって遮られているけれど、西日が少しだけ眩しい。
「最後に、君の声が聞けなさそうなのは残念だけど……、やっぱり迷惑だったかな?」
「……ダ———、げ、て」
「はは……、実は足の感覚がなくなっちゃっててさ。動けないんだ」
アリスちゃんも限界だ、すでに瘴気は元の濃度を取り戻そうとしている。伸ばした左手は、自分の目で見なければちゃんと伸びているのかもわからないし、視界自体が暗闇に融けこんできている。立っていられるのが不思議なくらいだ。
でも、その方がかえって良かったかもしれない。元々、動けたとしてもここから離れるつもりもなかったし、背後で唸り声をあげ続ける圧力の中で、膝を笑わせるようなカッコ悪いところを最後に見せてしまうところだった。
僕にだって、男の意地くらいはある。
「じゃあ、サヨナラかな……。うん……、でも……やっぱり、足搔かないとね。
————、————」
「———ダメッ!!」
「足搔くか、トーレス……ならば———!」
「ダメ———、アイレン……っ!」
そして、背後に振り返るのもはばかられる破滅の光が瞬いた瞬間、世界を染め上げ全ての色を拭い去った。
カメラのフラッシュがたかれたように、目の前から色彩と言うものが消失する。光を連れて、音は置き去りに。破壊は最後にやってきた。
疲労した体では立っていられないほどの衝撃が大地を揺らす。その中で一人、何事も起きていないというかのように、男が立っている。
その視線は、自らが放った一撃の先に向けられており、ひどく悲しんだような、惜しんだような。そういった面持ち。
夕暮れに照らされた粉塵が映写機のスクリーンの役目を果たす。初めは濃くて何も見えない。しかし、薄れていくにつれて爆心地が見えてくる。そして、彼にとって最も望んだ結果が映し出された。
「許せトーレス……、お前のことを一瞬でも疑った。そうか、やったんだな? 成し遂げたんだな? お前は、本当に凄い男だ……!」
その中にあったのは、彼にとっても信じられない光景だった。
確実に消し飛ばすつもりで放った雷撃。その中心にいた樹を友人ごと消し炭と化し灰へと殲滅するそれは、彼の実力であれば難なく為せる一撃だった。
「起きろ、アリス、 寝ている場合じゃない。今すぐに帰るぞ」
「う、ぅぅ……、ゲホッ、ゲホッ———、アイレン……あなたは、何をしたか、分かってるんですか———!? トーレスさんを!」
意識を取り戻すと同時、彼と幼馴染の少女が声を荒げる。しかし、そんなことは意にも返さず、爆心地へと向かう。
「アイレンッ!! 何を、言ってるの……か———」
少女の声が段々と小さくなっていく。彼女も見たのだ。破壊の中心、そこにいる存在を。彼を———。
「あぁ……、そんな、嘘———」
「嘘なんかじゃない、外傷はない、脈拍も正常だ。列車なんぞ待ってられない。走れるな?」
「えぇ、えぇ! もちろんです、ですが、さっきの行動は幾分、目に余ります。局長には、報告させてもらいます」
「勝手にしろ、俺もコイツも、やるべきことをやっただけだ、行くぞ」
「………はい」
夕闇の中、二つの影が地平を駆ける。
今度は正しい意味で、真っすぐに最短距離で。
『本編について』
・略式契約
詳細はまた後々出てきますが、彼らの扱う能力の基本的なものです。神威と呼ばれるエネルギーを武器に込めて飛ばしたりできます。ちなみにアイレンの放った雷撃は残存する『穢れ』のほとんどを消滅させるに足る程度には威力があります。
『定期連絡』
・高評価、いいねなどいただければ、皆様には特に見返りはありませんが自分が喜びます。
・更新日の後にそのことを伝える呟きをしているので、思い出す用にツイッターフォローいただけると幸いです。
・細かい設定や反省点等々は完結後にでもおまけでまとめようとでも思っているので、質問をいただければまとめて回答します。よければどうぞお願いします。